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第44話 許せない
◆◆◆
殴られた左頬がジンジンしていた。
痛みを感じる度に腸が煮えくり返るような気持ちにさせられている。
───ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!
どうしてこの私が、シンシアなんかに殴られなくちゃいけないのよ!
……なぜか威力だけはあったあんな細腕に!
(───許せない! シンシアなんか二度と笑えないようにしてやる!)
そう思った私は、とにかくまず、何よりもシンシアの傷付いた顔が見たいと思った。
あの腹が立つくらい可愛い顔が傷付いて歪むところがみたい。
そのためには───
シンシアの嫌がる話をすればいい!
知らなかったことも暴露されれば、ショックであの顔も大きく歪むはず─────……
だから、私は隠していた話をこれでもかと沢山することにした。
(めいいっぱい傷つけばいい! 私を殴った罰よ! ホーホッホッ)
でも、そうねぇ。
泣きながら「お姉様、やめてぇぇぇ」と見苦しい姿を皆の前に見せれば許してあげてもいいわね。
だって、私は“優しい姉”だから。
───さあ、シンシア。惨めに泣きわめきなさい?
そう思ったのに、シンシアは私の思う通りに動いてくれない。取り乱す様子すら見せない。
なんならお兄様まで私を止めようとしてくる。
ポンコツのくせにこういう時だけ出しゃばりやがって……!
私の邪魔をしないで、と振り払った。
(全然、思う通りに行かないわ)
──ああ! そうよ!
シンシアは大勢の前で私のことを殴ったわ!
あれは絶対に絶対に絶対に許される行為ではない。
……私は殴られた被害者よ。
まずはそのことを全面に訴えるべきだったわね!
ふふふふ、大丈夫! 目撃者はこの場にいる皆よ!!
(皆に冷たく見られて、罵られてショックを受けるシンシアの様子が見られるかも!)
そうよ、私が泣いて訴えればジュラール殿下だってシンシアは暴力的な女だったのか……と目が覚める可能性も……
───シンシア、バカな子。
「───それに!」
私は目に涙をためて、スッと一筋の涙を流す。
そしてシンシアに殴られた頬にはそっと手を添える。
少しでも痛々しく見せなくては。
「シンシアは……先程のように昔から気に入らないことがあると、すぐに手を出す癖があるのよ! ……それを止めようとすると、いつもこうやって私のことを殴……」
シンシアの行動に、より信ぴょう性をもたらせる為には適度の嘘も必要。
そうね、これをきっかけに“妹思いの姉”から“(暴力で)妹に虐げられる姉”になるのもいいかもしれないわ。
(──それにしても、これは嘘ではなく本当に頬が痛い……)
痛みと共にどんどんイライラが募っていく。
あんな音を立てて床を殴りつける伯爵に万が一にも殴られると命は無さそうだから、まだシンシアで良かったけれど、これはやっぱり屈辱だ。許せない。
───さあ! これで一気に同情の目を獲得よ!
そうなるはずだったのに。
「───?」
狙った通りに皆の視線が私に集中している。
やったわ!
そう思ったけれど。
私はギクッと身体を震わす。
「え……な、に?」
おかしい……
皆の視線がとても冷ややかに感じる。
なぜ……?
そう思った時だった。
憎い妹、シンシアが私に声をかけてきやがった。
「───お姉様、気付いていますか? ちゃんと周りが見えていますか?」
は? 何を言ってんの?
あんたはその顔を歪めていればいいのよ。早くその顔を見せて!
「もう、お姉様が何を言っても無駄です」
無駄なのはあんたの方よ、シンシア。
そんな思いでシンシアを睨みつけたけれど……
(あ……ら?)
シンシアの横には変わらずジュラール殿下がいた。
肩を抱いて大事そうに寄り添っている。
そのせいなのか、殴られたことを非難しているのにシンシアの様子はずっと変わらない。
ジュラール殿下の様子も。
(どうして? シンシアは私に手を上げるような女なのよ……?)
しかも拳よ、拳……!
メリッて音がしたのよ!? 殿下もその音を聞いたでしょう?
何で私の思ったとおりに事が進まないのよ!
───そう思った時だった。
「……エリシア王女殿下!見損なった!」
「何が妹思いの姉だ! 信じた時間を返せ!」
(───え?)
「これまで、シンシア殿下にしたこと──なんて陰湿なんだ」
「シンシア殿下に殴られた? あれは正当防衛だろう? 先に手を上げたのはエリシア殿下だったんだから」
「───自業自得」
(───は?)
「……我々はエリシア王女殿下の、くだらないシンシア王女殿下への嫉妬のせいで命の危険に晒されたのか……」
「ふざけるな……!」
あれはシンシアに同行した護衛騎士たち?
(どうして……)
なぜ、私が攻撃を受けるの?
なんでよ……非難の目が向けられるべきなのは私を殴ったシンシアでしょう?
「……そもそも、陛下たちにも責任があるのでは?」
「なぜ、エリシア王女の好きにさせて来た?」
「──シンシア殿下が可哀想」
そして彼らの怒りの矛先はお父様たちにまで及ぶ。
お父様はがっくり項垂れて覇気がないし、お兄様は私のことを睨んできた。
その目は“お前のせいだ”そう言われている気がする。
(なんで、なんで、シンシアばかり───)
その時だった。
「────好き勝手なことを言っているが……僕からすれば、ここにいる者たちはみんな同じに思えるんだが?」
そう口にしたのは、ジュラール殿下だった。
(は? みんな同じ……ですって?)
その言葉にこの場にいる者がみんなで首を傾げた。
◇◇◇
(……ようやく、見苦しい姉は、今、自分がどんな目で見られているか理解したようだ)
エリシア王女は、シンシアに殴られたことで、自分の悪事をペラペラ喋りだしたことは手間が省けて良かったが……
当の王女は悦に入っていて、自分がどんな目で見られているか全く見えていない。
それにしても、よくもまぁ、ここまで人を不快にさせられるものだと逆に感心してしまう。
(……シンシア)
姉に好き勝手なことを言われているシンシア。
姉が暴露している話には初耳の話もあっただろう。
傷付いてもおかしくないのに、取り乱すことなく静かに醜態を晒し続けている姉を見ていた。
僕はそんなシンシアが愛しくて、そっと抱き寄せる。
「ジュラール?」
「……」
「あ、わたくしは大丈夫ですよ! ちゃんと覚悟はしていましたから」
「シンシア……」
「それにほら、見てください。遂に皆がお姉様を責め始めました」
シンシアの言う通り、エリシア王女殿下に幻滅したものたちが王女を責めていく。
そして、その矛先はサスティン王国の王家にも及ぶ───
(だが……)
僕からすれば、今、エリシア王女を責めたてているこの者たちだって、全員ではないにせよ、シンシアを“当て馬”呼ばわりした者がいるはずだ。
(みんな同じだろう?)
そう思って口に出すと、皆ポカンとしている。
そして、自分だけは違う! そんな顔をする。
僕は深いため息を吐いた。
(そろそろまとめてくれないと困る)
「……国王陛下? ショックだったのは分かりますが、いつまでも項垂れていないでそろそろ何か言ったらどうですか?」
「ジュラール……殿」
おそるおそるだが、ようやく顔を上げた国王。
頼りなさすぎだろう。
だからこそ、エリシア王女がここまで好き勝手に助長したのだろうが。
「──シンシアの未来の夫として、プロウライト国の王子として僕はあなた方に二つ要求します」
「よ、要求……だと?」
「一つは、シンシアへの誠意ある謝罪を求めます。もちろん、陛下? あなたもですよ?」
「!」
その言葉に国王はぐっと押し黙る。
「もう一つは、そこのエリシア王女。彼女にはしっかりと自分のしたことを分からせるように、きちんとこの国の法に則って罰を与えること──です」
他の者は謝罪で許せたとしても、エリシア王女だけは謝ったからそれで終わり……になんてさせない。
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