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第46話 それから
◇◇◇
まさか……わたくしたちが席を外している間にスクワット百回分をさせられていたとは……
床に倒れ込んだまま、意識を飛ばしているお姉様に視線を送る。
(なるほど。物理的でボッコボコにすると言っても様々な方法があるものなのね……)
本当に伯爵の教えは奥が深い。まさか、トレーニングでボッコボコにするとは!
伯爵はダラスには拳を使っていた。
でも、さすがにお姉様に対して拳を使うことは出来ない。
だから、きっと肉体的にも精神的にも辛そうなこのような方法を───
「ははは……どうだ? ジュラール殿下も鍛える気になったか?」
「え! い、いや……僕は……遠慮しておく」
「むっ! 殿下は昔からそれだな。のらりくらりと逃げてばかりではないか!」
「はは……」
ジュラールは笑って誤魔化そうとしている。
「フィオナのおかげでようやくエミール殿下は筋肉に興味を持ってくれたというのに残念だ!」
「あいつはムキムキになることを望んでいるから、ぜひ、僕ではなくエミールをムッキムキにしてやってくれ」
「……ふむ。男女問わず新たに根性のある者は中々いないものだな」
こ、このような方法を……とったのよね?
ただ、単純に“鍛えがいのある人物”を探していただけでは……ない、わよね?
二人の会話を聞きながらそんなことを考えてしまった。
でも、前にジュラールが言っていたわ。
伯爵は愛する奥様がムッキムキ好きだから、ムッキムキになれる人をたくさん作ろうとしているのではないかって。
「……」
(───うん、深く考えるのはやめましょう)
そう自分に言い聞かせた時だった。
お父様たちが公開聴取の場となっていたここにぞろぞろと連れ立って戻って来た。
そして、床に倒れ込んでいるお姉様を見て小さな悲鳴をあげる。
「……なっ! し、した……違っ……これはエリシア……か!?」
「なんで床に倒れているんだ?」
「……」
ギョッとするお父様とお兄様。
そして、無表情、無言のままじっとお姉様を見つめるだけのお母様。
「エリシアには見張りをつけていたはずでは?」
「父上、ま、まさか……あまりにも周囲の反感を買いすぎて暗殺されたのでは……!?」
「なに!? まだ、罪を償わせていないぞ! これでは国民が納得するはずがない……」
軽くパニックになったお父様とお兄様がとんでもない早とちりを始める。
「───落ち着きなさい、二人とも! よく見て? ピクピクしているから一応生きてはいるわよ」
お母様の声で二人がハッと我に返る。
「……生きては、いる」
「一応でしょうけどね。精神と肉体の状態は知らないわ」
お母様にそう言われた二人は、なんとも言えない顔しながらこちらにやって来た。
そして、お父様が伯爵に訊ねる。
少し声が震えているのは、伯爵のことを怖がっているからなのかもしれない。
「エ、エリシアに何が?」
「待っている間に王女殿下の腐った根性を叩き直そうとしたら、肝心の根性が足りなかっただけです」
「……は」
お父様が、根性……? という表情になる。
「シンシア王女を陥れるためだけに我らの国に乗り込む行動力、そして遠慮のない失礼な態度、そしてこちらの国でも大勢の前であれだけの醜態を晒せるのだから、さぞかし根性が───」
「わーーーー、分かった、もう分かった!」
お王様は、もうやめてくれ! と慌てて伯爵を止めていた。
「……」
「シンシア? どうした?」
わたくしが黙り込んでしまったので、ジュラールが心配そうな表情になる。
「いえ……」
自分はずっとずっとこの国しか知らなかった。
身近にいた男の人と言えば、お父様やお兄様、ダラスくらいだった。
でも、ジュラールや伯爵と出会った今、こう思うわ。
(───頼りない)
同じ王族としてもジュラールには及ばないし、伯爵なんてもはや別次元よ。
先程の謝罪の席でお父様たちはわたくしに頭を下げた。
お姉様の言葉ばかりを鵜呑みにしてばかりだったこと、わたくしを軽んじる風潮を放置し続けたこと……などなど。
そしてきちんとお姉様を罰してこれからは……なんて誓ってくれていたけれど……
(やっぱり……頼りない)
「───シンシア、大丈夫だ」
「え?」
ジュラールがそっとわたくしの頭を撫でた。
「僕たちが帰国しても、もちろん、こまめに詳細の報告はさせるさ」
「……!」
「なんなら、伯爵の教えを受けたことのあるムキムキ予備軍を派遣して、いっそのこと国王や王太子も鍛えてもらおうか?」
「ムキムキ予備軍……」
初めて聞いたその名を反芻していたら、ジュラールが苦笑した。
「ははは、喰いつくのはそこなんだ?」
「だ、だって……」
「エミールみたいにムキムキした男に憧れる者は少なくないってことだよ」
「…………わたくしも予備軍の一員になれるかしら?」
「……え」
そう口にしたらジュラールは、やっぱり複雑な顔をしていた。
その顔が面白くてわたくしはクスクス笑ってしまった。
「……シンシア、なんで笑う?」
「ふふ、だって! ふふ、ジュラールが可愛いんですもの」
「……可愛いのは、シンシアだろ!」
「っ!」
その言葉にわたくしは頬を染めた。
───これは、後に伯爵から聞いたのだけど、二人の世界に入って楽しそうに頬を染めて笑い合うわたくしの姿を見てお父様たちは、これまでの自分たちのしてきたことを更に痛感し、ますます項垂れていったのだという。
そして、その後、ようやく意識が戻ったお姉様だったけれど、目を覚ますなり「筋肉……筋肉が……」とうなされ始めた。
医者によると倒れて意識を失っていた間、トレーニングする夢でも見ていたのでしょう、そのうち治りますから放っておいて大丈夫です、とばっさり切り捨てられていた。
そんなお姉様は、罪と罰が確定するまでは牢屋生活なのだという。
そして、慌ただしかった婚約手続きも無事に終わったので、わたくしたちは明日、プロウライト国に帰国することが決まった。
(この国ともお別れ……ね)
部屋に戻り、帰国の準備をしながらわたくしはそんなことを考えていた。
「ジュラール……わたくし頑張るわ!」
これからは新しい場所で、大好き人と共に生きていく。
もう、お妃候補ではない。正式な“婚約者”だ。
不安がないわけではない。でも、ジュラールとなら大丈夫。そう思える。
そんな時だった。
コンコンと部屋の扉がノックされたので、胸がドキンッと跳ねた。
(……も、もしかして、ジュラール!?)
でも、さっき別れたばかりだから……違う?
それでも……と期待してドキドキとわたくしは胸を高鳴らせた。
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