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23. 記憶を失くした、僕の愛する人(バーナード視点)
しおりを挟む真っ青な顔になって狼狽え始めたロベリアの顔を見ながら、僕の頭の中はユディット……いや、ジュディスの事でいっぱいだった。
───冗談ではないわ! 本物の……ジュディス・ドゥルモンテはこの私よ! あなたじゃない!
ユディット……いや、ジュディスは今、はっきりそう口にした。
……全てを思い出してしまった。
ジュディス自身が自分にかけた記憶の封印。
ローラン曰く、それはもう解けかけていたとは言うけれど。
(……ジュディス、大丈夫だろうか? 襲撃の日をの事を思い出してしまってまた倒れたら……)
僕が聞いた話によると、ジュディスは国王夫妻の部屋で倒れている所を保護されたという。
部屋にはすでに事切れた国王夫妻の姿……
そしてそのすぐ近くの血溜まりの中に倒れているジュディスも……と思われたが、なんとその時彼女にはまだ息があった。
死んだと思って首謀者の男はジュディスを放置していたのか、監視の目は無かったという。
そんなジュディスの死の噂は血溜まりの中に倒れているジュディスの姿を見た者がいた事から広まっていったのだと思われる。
難を逃れたヘクトール殿下(当時)とジュディスは、避難のために極秘ルートを使ってモンテルラン王国に秘密裏に入国し、僕はそこで二人に再会した。
二人だけでも生きていたという事実に僕は奇跡が起きたと感謝していたのだけれど───……
『──あなた、誰? え、私? 私は───……』
目を覚ましたジュディスはこれまでの記憶の一切を失っていた……だけでなく。
『私の名前は───“ユディット”よ?』
何故か、自分の名前をそう口にした。
そして、ジュディスに関する事は全て忘れているのに、何故か“ユディット”の事だけは覚えており、自分を“ユディット・ノーマンド公爵令嬢”だと思い込んでいた。
医者はこんな事例は聞いたことがないし理由もはっきりとは分からないが、ジュディスは“ユディット”に憧れるなど強い思いを抱いていたのでは? と語った。
それでも“ジュディス”としての記憶のないはずのユディットは、夜になると酷く魘されていた。
時には泣き叫んで飛び起きる事もあった。
だけど、朝を迎えれば夜の事はすっかり忘れてケロッとしていた。
(───あの頃の“ジュディス”はもういなくなってしまったんだな)
だからと言って僕の気持ちは変わらない。
ジュディスと名乗ろうともユディットと名乗ろうとも、目の前の彼女は、生きていて僕の大好きな人に変わりはなかったから。
ヘクトール殿下(当時)はジュディスをどうするべきか悩んでいた。
記憶の蓋を強引にこじ開けてしまえば、ジュディスがどうなるかは分からない。
だからと言って、“ユディット”は実在する人間だ。
このままジュディスがユディットとして生きていく事なんて当然出来るはずがない。
だけど、その状況をひっくり返すような事を言い出したのが、本物のユディットだった。
本物のユディットは、襲撃の話を聞いた日、ショックで酷い発作を起こして倒れた人間とはまるで思えない様子で僕たちに言った。
『───幸い、“ユディット・ノーマンド公爵令嬢”は世間に顔を知られていません』
『ユディー? 何を言っている?』
『そうだ! どういう意味だ?』
『ヘクトール様……お兄様……』
重度のシスコン二人はユディットの言葉に眉を顰めた。
『ですから、ジュディス様がこの先、“ユディット”を名乗っても不審に思う者はいないでしょう』
『待ってくれ、ユディー! そうなると君は……君はどうなる?』
ヘクトール殿下が取り乱しながらユディットを問い詰める。
ユディットは目を伏せながら頭を下げた。
「ヘクトール様、ごめんなさい。せっかく……薬が見つかって健康な身体を手に入れられる可能性が出来ましたが……あなたの妻になるという約束は叶えられそうにありません」
「ユディー!!」
その時のヘクトール殿下の悲痛の叫びは今でも忘れられない。
ヘクトール殿下とユディットは恋人同士だった。
だが、身体の弱かったユディットの事を考え、当初、二人は結婚を諦めていた。
しかし、幸いユディットの病気の特効薬が見つかり、これで病気が完治するかも……そうすれば結婚も可能では? と期待を抱き、話を進めていた矢先の出来事だった。
ジュディスをユディットとして生きていかせるという事は、本物のユディットは消えなくてはならない。自分は身分を失って愛する人と結婚も出来なくなるというのにユディットは、ジュディスが自分になることを強く望んだ……
『私はジュディス様が大好きなのです! ベッドから動けず何も出来ない私をいつだって元気づけて楽しませてくれたのはジュディス様。恩返しがしたいのです』
『ユディー……』
『ですから、バーナード殿下も絶対にどんな事からもジュディス様を守ってくださいね? 約束ですよ?』
『や、約束する……』
(……ユディットが絶対に折れなかったから、結局、ジュディスはユディットとして生きていく事になったけど……)
ジュディスの輝くような金の髪は事件のショックからか色が抜け落ち、ほぼ白髪のようになっていた。その髪をユディットの色───黒に染め、顔は毎日念入りに化粧を施す。もちろん、ユディットとなったジュディスにはあまり鏡を見せないようにする事も忘れない。
公爵家の使用人たちは優秀でこの約一年、そうして徹底して過ごして来た。
(そして……)
まさか、ヘクトール殿下があそこまで一途で諦めの悪い男だとは思わなかった……
ヘクトール殿下は国王として即位した後、
───妃は昔からすでにたった一人、彼女だと決まっている! 誰にも文句は言わせない!
そう言ってただのユディーと名乗っていた元・ユディットを攫っていくんだもんな……
あの時は、ローランも唖然としていたな……
ドゥルモンテ国も、陛下がモンテルラン王国から素性不明の嫁を攫ってきたと大騒ぎだったらしいし……
まぁ、今ではすっかり国民に認められた二人だと聞いてはいるが……
僕はチラリと件の二人を見る。
ヘクトール陛下は、ユディット……ユディー妃を支えながら険しい顔でロベリアを睨んでいる。
(まさか、予定より早く入国してお忍びデートしているなんて思わなかった……)
どちらの“ユディット”も花祭りの参加は初めて。
ヘクトール陛下は、どうしても彼女を故郷のお祭りに参加させたかった。
ジュディスの記憶の封印はきっと二人と会ってしまった事も呼び覚ますきっかけになったのだと思う。
「せ、責任だなんて……ただ、私は……ユ、ユディット様が……許せなくて……ど、同一人物だなんて……き、聞いてない……」
ジュディスの影武者だった女、ロベリアはそう言いながら声を震わせている。
変装技術が優れているとだけあって、確かに見た目はジュディスによく似ている。
(───だが、見た目……それだけだ)
『バーナード! 聞いて!』
僕の大好きなジュディスとは全然違う。
「ロベリア? あなた、わざわざ変装の一つにご丁寧に背中に切られたような傷まで作っていたそうね? そんな偽物の傷を用意してまで“私”になりたかったの?」
ジュディスが僕の後を引き継いで彼女に問いかける。
その話にギョッとする。
(切られたような傷まで作っていただと!?)
ジュディスがそれを目にしていたらと思うだけでゾッとする。
何処までも余計な事しかしない女だ……
「何で……こ、こんなの嘘……よ……」
ロベリアはなかなか現実を受け入れようとしなかった。
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