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25. 逃げ出した私
しおりを挟む「知らなかったわ。髪が短いとこんなにも落ち着かないものなのね」
鏡に映った自分の髪を見ながら私はそう口にする。
首の辺りがスースーしてどうも落ち着かない。
(どうにか屋敷を抜け出す手段として思い切ってしまったけども)
────
あの日──
逃げよう!
そう決めた所までは良かった。
最低限の持ち出す荷物を纏めていざ部屋を出ようとした時にハッと気付いた。
(私にはルフェルウス様の付けた護衛がいる!)
駄目だわ。このまま外に出ても絶対に逃げられない。
使用人だけだったらどうとでもなったかもしれないけれど、ルフェルウス様が付けた護衛は無理だ。振り切れるはずがない。
「……」
だから、考えた。どうすべきか。
(それなら、いっそ……もう私だと分からなくするしかない)
そう思った私は長く伸ばしていた髪を手に取り……
バサッと髪を切り落とした時、頭の中にこの髪を愛しそうに手を取り、キスを落としていたルフェルウス様の顔が浮かんで胸がチクリとした。
(ルフェルウス様はこの髪が好きそうだったわ……)
切ってしまったと知ったらどんな顔を──……
なんて考えてしまいハッと我に返る。
(バカね。油断するとルフェルウス様の事ばかり考えてしまう)
未練たらしい自分が嫌になる。
自分から全てを手放したくせに。
さすがのルフェルウス様も私には愛想がつきたはず。
(だから、私の事を好きだと言ってくれたその気持ちもすぐに無くなるはずよ)
私の代わりなら……エレッセ様がいるんだから。
(……)
チクチク痛む胸に気付かないふりをしながら私は準備を進め、念の為こっそり拝借した使用人の制服に着替えて屋敷を抜け出した──
抜け出した後、屋敷を振り返る。
(護衛が追ってくる気配は感じない。上手くいったみたいね)
そうして私は馬車を乗り継ぎ、途中で着替えをしながらひたすら逃げた。
────
「リース、何をボケっとしているの? 手が空いてるならそっちを手伝って」
「あ、はい。すみません」
(いけない、つい物思いに耽ってしまったわ)
衝動的に逃げ出した私には行く宛てなど当然あるはずも無く。
とりあえず、持ち出したお金で出来る限り遠くを目指し行けるところまで行き辿り着いた、とある町で何も持たない私が頼ったのは教会だった。
ここの教会は併設する孤児院もある為、常に人手を欲していた。
(賃金は貰えないけれど、こうして手伝いをする事で衣食住は何とか確保出来るのが救いよね)
しかも、手伝っているのは私みたいなワケありの人が多いので、誰からも余計な詮索をされないのが嬉しい。
と言っても、この生活はそう長く続くけられるものでも無いので、今後の事は考えていかないといけないけれども。
持ち出したお金の残りもそう多くはない。
貴金属は売ったらそこから足がつくと思い一切持って来なかった。
だけど、私みたいな世間知らずがつける仕事なんてそうそう無いのだと、逃げてから思い知らされた。
ここを出たらどうやって生きていこう?
そんな事を考えていたら、
「リースのその髪は綺麗ね。短いのが勿体ないくらい」
「え? そ、そうかしら?」
「伸ばしたら絶対に綺麗よね」
その指摘にドキッとする。
「あ、ありがとう」
「知ってる? リース。今、教会がちょっと有名になってるらしいわよ」
「え?」
「銀色の髪をした凄い美人がいるって!」
「!?」
知らなかった……
けど、ここ周辺だけでの噂……よね?
銀色の髪の持ち主なんて他にもいるもの。
なのに何故か落ち着かない。
こんなにも落ち着かないのは……きっと。
いつまでたっても私の心から消えてくれないルフェルウス様のせいだ……
逃げるにしても、しっかり話してからにするべきだったのかもしれない。
思いもよらない告白に動揺して、話したかった事、聞きたかった事何一つ出来なかった。
(こうして逃げた事は本当に正解だったの……?)
自問自答するも答えは出ない。
ただ、分かる事は私は全てを捨てて逃げ出した……それだけ。
──そして逃げ出してからだいたい約2週間がたった頃の事だった。
「あ、リース! お帰りなさい!」
今日は頼まれて街に買い物に出ていたのだけれど、戻って来るなり待ってました!
と言わんばかりに駆け寄られた。
「どうかしたの? 買い物ならきちんと……」
「そうではないのよ! リースに会いたいって人が来ているわ!」
「……え?」
何それ?
その言葉に心臓がバクバクする。
「“リース”に会いたいってそう言ったの?」
リースは偽名。
その訪ねて来た人が私の偽名を知っているはずが無い。
「違うわよ。噂になってる“銀色の髪”の子に会いたいって言ってる」
「!!」
「上手くすれば、今後の面倒を見てくれるかもしれないわよ~良かったわね!」
「そ、そうね……ちなみに訪ねてきた方って、男性? 女性?」
(……落ち着くのよ……リスティを訪ねて来たとは限らない)
単なる街で噂の銀色の髪の女を見に来ただけかもしれないのだから。
「えっと、男性よ! 若い男性」
「……っ! そ、そうなのね? ありがとう……」
「しかも、お付きの者? みたいな人を連れてるから、絶対高貴な人よ!!」
「!!」
心臓がドクンドクン鳴っている。
──見つかってしまったんだわ!
(……やっぱり無謀だった? そうよねもっと計画性を持たないと。行き当たりばったりの逃亡劇なんてこんなもの)
今すぐここから逃げ出しても……ダメね。すぐ捕まる。
「……」
そもそも逃げる前は話がしたかったのだから……これはその為のいい機会なのかもしれない。
そうすれば、今もこの胸の中に残るしこりだって消えてくれるはず。
そう思って私は、“訪ねて来た人”と会う決心をし、その人が待っている部屋へと向かう。
扉の前で大きく深呼吸し私は覚悟を決める。
コンコン
どうぞ、という声にドキドキしながら扉を開ける。
「私をお呼びだと聞きまして参りました」
そう言って頭を下げて入室する。
「こちらこそ、突然訪ねて来て申し訳ない」
「!」
(……この声は──)
私は慌てて下げていた頭を上げて訪ねて来た人の顔を見た。
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