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60. 破滅に向かう国
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「ルウェルン国が敵に回る……だと? クリフォード! 何をふざけたことを言っているんだ!」
「……」
今にも怒りに任せて暴れ出しそうな父親の姿を見てクリフォードは内心で頭を抱えていた。
(畜生! ふざけたことは言っていないのに! 僕はどうすればいいんだ!)
父上が“守護の力”の真の持ち主であるマルヴィナを欲する気持ちは分からなくはない。
僕だって可能なら無理やりにでもマルヴィナのことを連れ戻したいと思っている。
だが……無理だ。
マルヴィナの意思は怖いくらいに固かったし、何よりマルヴィナの周りが……強すぎる。
(僕を無視して選んだのが最強の魔術師で、その妹も何やらとんでもない力の使い手で、王子まで味方につけて……敵うはずないだろう!)
クリフォードは、自分を脅していた時のルウェルン国の王子の目が本気だったことを思い出してしまい身体を震わせた。
どう考えてもクロムウェルではルウェルンには勝てない。
あの美貌の魔術師は顔色一つ変えずに身体に電流を流してきた。
あの時は本当に苦しくて死ぬかとも思った。
あんな魔術を簡単に使える人材がゴロゴロしている国になんて勝てるはずがないじゃないか!
なぜ、父上にはそれが分からないんだ!?
「父上……! マルヴィナのことは、あ、諦めましょう? そしてもう、ローウェル伯爵家の力には頼らずに……」
「うるさい!」
カッと目を見開いた父上に僕の訴えは一蹴されてしまった。
そして次に父上は、ローウェル伯爵家の二人に視線を向けるとため息を吐く。
「伯爵……は夫人に逃げられたことで腑抜けと化している。その娘は偽者だったから役に立たない……か」
確かに伯爵はショックのあまり固まっていて、全く使い物にならなそうだ。
サヴァナによると夫人は、出国前から伯爵と揉めていたそうだし、僕らが向こうにいる間、国民のサヴァナへの不信感はどんどん強まっていったそうだから、色々と耐えられなくなったのだと予想する。
(……だが、家を出た所で国内にいては肩身が狭いままだろうに)
ローウェル伯爵夫人……元夫人は伯爵の妻であることが自慢だったようで頻繁にパーティーなどに顔を出していたこともあり、世間に顔がかなり知れ渡っている。
あれではどこに行ってもすぐに見つけられてしまうだろう。
(ローウェル伯爵家……か)
サヴァナも“奪取の力”とかいう盗っ人のような力を持っていることは判明したが、なんと魔力が足りなくて使い物にならないという。
帰国の際に魔力封じについては解除されていたので、水晶で魔力値の判定を行ったところ、本当に最低数値を叩き出していた。
「はぁ……それで筆頭魔術師、この国の魔術師たちはどれくらい使える?」
「へ! つ、使える……とは?」
突然、父上に話を振られた筆頭魔術師がしどろもどろになった。
「クリフォードの話によると、マルヴィナ嬢を連れ戻そうとすると、ルウェルン国が黙っていないのだろう? ならば、我が国の魔術師たちはルウェルンにどれくらい対抗出来るのだ?」
「へ、陛下!? ま、まさか……」
「ち、父上!?」
その言葉を聞いた筆頭魔術師は真っ青になり、必死になって無理だと訴えた。
「あ、あちらの魔術師と我々との差は明らかでございます……絶対に歯がたちません」
「何? やる前から決めつけるのか!? それでもお前は魔術師の端くれか!」
「へ、陛下……」
筆頭魔術師の顔が悔しそうに歪む。
魔術師でもない陛下に何がわかるんじゃ! そう言いたそうな表情だった。
結局、僕と筆頭魔術師が何をどう訴えても、父上の中ではマルヴィナは絶対に連れ戻すという意思は変わらないようだった。
(は、破滅だ……!)
これは確実にルウェルン国を怒らせ、マルヴィナも怒らせる。
そうなれば間違いなくこの国は破滅する
(……もう、クロムウェル王国は終わりだ……)
僕はその場にがっくりと膝をついた。
❋❋❋
イライアス殿下との謁見後、私は穏やかな毎日を送っていた。
そして、気になるクロムウェル王国の動きは、トラヴィス様が前に言ってくれたように、すぐに向こうに人を送ってくれたため、頻繁に情報が入って来る。
まだ、私を連れ戻す為に人が動いた……という話は聞こえて来ない。
「えいっ!」
ドカーンッ
(あ、また命中したわ!)
トラヴィス様の作った特製の防護壁の中で攻撃魔法の練習をしながら、トラヴィス様と入手した情報についての話をするのがすっかり最近の日課となっていた。
「……マルヴィナは攻撃のコントロールが抜群だね」
「不思議とそこ! って思って狙った所にきちんと攻撃が向かってくれるんです」
「普通はそれが難しいのだけど……これも潜在能力の高さ故……なのかな?」
トラヴィス様は苦笑して私の頭を撫でながらそう言った。
「それで……今日は何か動きはありましたか?」
「うん───クロムウェルでは王太子の婚約破棄が世間に発表されたそうだ」
「!」
私はヒュッと息を呑んだ。
「……では、ローウェル伯爵家は」
「すごい非難集中を浴びている」
「そうなりますよね」
特にサヴァナへの批判の声が多く、嘘をついて王子に取り入った悪女とまで呼ばれているらしい。
そこまで強く非難されるのは、再び雨が降り出したことも大きいという。
「ちなみに家を出ていったという夫人は、実家に身を寄せていたそうだけど、そちらにも非難の声が向いているそうだよ」
「……」
「先に一人だけ逃げたということは、娘が偽者だと知っていたんだろう!? って余計に非難されているみたいだ」
「もう、何をやっても裏目に出てしまうんですね」
最初に母親だった人が離縁届を置いて出て行ったと聞いた時は驚いたし、一人だけ逃げるなんて……とも思ったけれど、世間はそう甘くないらしい。
「今は、クロムウェル王国においてローウェル伯爵家という名は地に落ちたも同然のようになっている」
「……あんなに自分たちが“ローウェル伯爵家”であることを誇らしげで得意そうな顔をしていたのに皮肉なものですね」
「クロムウェル国内では、ローウェル伯爵家はもう終わりだという声が強い」
もう、終わり。
その言葉を聞いてその通りだと思った。
「終わるべき……だと私も思います」
ローウェル伯爵家の力は、伯爵を継いだ者から生まれた長子に発現する。
サヴァナが世間で悪女と呼ばれ、伯爵家の名も地に落ちたとなると、現状、あの家の跡継ぎとなれる者……いや、なりたい者などいないだろう。
父親だったあの人が私に家から出て行けと言った時、ローウェル伯爵家の今後について語っていた。
あの時はショックで話半分に聞いていたけれど……
サヴァナがクリフォード殿下と婚約し、そして私を追放することが満場一致で決まったローウェル伯爵家には、どうしても力を継がせる跡継ぎが必要だった。
そこで、選ばれたのはお父様の弟家族の子ども──私にとっては、いとこにあたる子どもを養子とすることだった。
(けれど、きっとこの騒動でその話も流れたはず)
誰だって好き好んで泥船になど乗りたくなんかない。だから、もう終わりでいい。
「でも、王家……いや、国王陛下だけはマルヴィナを連れ戻せば、伯爵家の力も大丈夫だと思っているらしいんだ」
「え?」
「よほど頭に血が上っているのか、周囲の話に聞く耳を持たないらしい」
「……そんな」
(これは……単純に私が子どもを産めば、その力が子に受け継がれるとか勘違いしていそうだわ)
そういうことではないのに。
しかも、ルウェルン国を怒らせることになるのに、私を連れ戻す?
私を追放すると決定した人の中に陛下もいたはずなのに、本当に手のひら返しが酷すぎる。
「───よっぽど国を破滅させたいんだろう。だから、そろそろ動くかもしれないよ」
トラヴィス様のその言葉に私は頷いた。
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