魔獣の友

猫山知紀

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第37話 休憩

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 イダンセから伸びる街道をリディたちは歩いている。
 真夏の今、朝早くに出発していても、すでに気温は上がっている。背負った荷物で見えないが、3人は汗で背中に大きな染みを作り、ジージーやらミーンミーンという喧しくやかましく叫ぶ観衆に煽動されながら街道を進んでいた。

 3人は時折地図を見ながら大きな街道をひた進む。街中のように石畳などで整地されてはいないが、大きな街道は歩きやすかった。
 普段なら街から離れた頃合いを見てケルベたちと合流するが、今回の旅にはアイシスもいるため、ケルベたちは連れてきていない。ケルベたちにはイダンセ周辺で待っているように昨日のうちに伝えてあった。

 街道の両脇には深い緑に色づいた木々が広がり、更に遠くには山脈の稜線が雲に頭を突っこんでいるのが見える。この国の北の地を左右に分断するクネオバ山脈だ。別名『竜の背骨』とも呼ばれるこの国で一番長い山脈である。

「今日は空気が澄んでいるな。竜の背骨までくっきり見える。綺麗なもんだ」
「ほんとね。イダンセに住んでいると見慣れてしまうけど、改めて言われると確かに綺麗だわ」

 雲が山脈にまばらにかかっているものの、空気はよく澄んでいて雄大な青々とした山脈をリディ達の目に映す。時折雲の形が何に見えるかなど互いに問題を出しながら、楽しい雰囲気で旅は進んでいった。


 イダンセを出発してから一刻ほど歩いた。太陽はすっかり高く登り、リディたち三人を天上から睨み続けている。歩いてきた街道に細い脇道が見えたところで、リディたちは大きな街道からその細い脇道へと入った。地図と見比べながらこの道が正しいはずだと確認したので、間違っていないはずだ。

 現在向かっているダーロンは村という区分けではあるが、集落と言ってもいいごく小さい村だ。街道沿いにあるわけでもないため、この馬車がぎりぎり通れる程度の細い道がイダンセからダーロンへ向かう唯一の経路だ。

「あとは……、この道を……夕方まで歩くだけね……はぁはぁ」

 息を切らせながらアイシスが意気込む。額には玉の汗が浮かび、自慢の金髪は汗で肌に張り付いている。その様子を見て、リディは歩きながら再び地図を手にして何かを確認する。

「アイシス、ニケ、そろそろ休憩にしよう」

 リディは二人に声をかけると立ち止まって地図を見せる。

「さっきこの道に入ったから今はここだ。イダンセからここまでは、およそ全体の5分の1。アイシスの言ったとおり目的地に着くのは早くても夕方頃になる。早めに休憩をとって体力を温存しよう」

 最初の方にペースを上げすぎてしまい、目的地に着く前に体力を使い切ってしまうというのは旅の初心者にありがちなミスだ。少し遅いぐらいでも同じペースでずっと進み続けるのが長距離を移動するコツである。

 それを実行するには適度な休憩が重要だ。体力を使い切る前に食事や水分を摂り、使った体力を補給して次へ進む。大切な旅の心得だ。

「ダーロンへ続くこの道に沿って、ずっと川が流れている」

 地図上でリディが指差したところには、今いる道に沿って川を示す青いラインが書かれている。ポリムから借りたこの地図はあまり精度は高くないが、無いものを『ある』と書くほどの粗悪品でもない。

「道の脇にある森を抜ければ川があるはずだ。そこの川辺で休憩しよう」

 地図をしまうとリディが先頭に立ち、細道を逸れて森の中の枝葉を切り払いながら文字通り切り進む。

 森の中は木々に日が遮られ、街道よりも涼しく感じた。木々の隙間から差し込む光は線となって、森の中を貫いている。足元のふよふよとした腐葉土からは森特有の匂いが発せられ、3人の鼻孔をくすぐった。

 森を進む中で見かけた樹液を垂らした木には、大きな昆虫が群がり、虫が苦手なアイシスはその木から距離をとって大回りで歩いた。
 しかし、木から遠ざかった先の足元にいた蛇に思い切り驚き、『虫のほうがマシだったわ』とげっそりした顔で嘆いた。

 そんな自然が仕掛けた罠を乗り越えつつ進むと、やがて森の切れ目にたどり着いた。

 そこで見えたのは地図から想像したよりも広い川だった。
 川辺には多くの石が堆積し、森と川を隔てている。対岸は崖になっており、対岸から川に降りるのは難しそうだった。

 3人は森と川原の切れ目、土が残るところに腰を落ち着けることにした。
 リディは荷物を下ろすと水筒を取り出し川へと向かう。水際にしゃがんで川に手を入れると、熱を持った手が冷やされて心地よかった。
 パシャパシャと川に突っ込んだ手を動かし、涼を堪能したあとで水筒に川の水を汲みアイシスの元へと持っていった。

「ほら、アイシス飲むんだ」
「あ、ありがとう」

 アイシスは両手で水筒を受け取ると、上品な仕草で口をつけた。

「はぁ、おいしいわ」

 長時間歩いて火照った体に水が流れていくのを感じる。大げさではなく『命の水』といっても良かった。

 アイシスに水筒を渡したリディは荷物の革袋を漁り、アグリカに貰った干し肉の残りを取り出した。そして、取り出した干し肉を食べやすいようにナイフで薄く切ると一口パクリと食べる。それからもう一切れ切り離してアイシスに手渡した。

「ほら、干し肉だ。うまいぞ」
「なに? お腹はあまり空いていないのだけれど……」

 朝食を食べてからここまで歩きづめではあったが、うだるような暑さもありアイシスはあまり食欲がなかった。

「腹が減ってなくても食べておいてくれ」

 これは指示だと思ってくれても良い、と言ってリディはアイシスに干し肉を食べさせた。
 干し肉を口に入れると、しょっぱさが口の中に広がる。普段のアイシスなら拒否感の出る塩気の強さだったが、今はなぜかそれが美味しく感じられた。

 続けて2枚、3枚とリディに手渡されて、アイシスは受け取るがまま干し肉を食べ、そして、口に広がった塩気を洗い流すように水を多く飲んだ。

「すこし、生き返った気がするわ」
「そうか、よかった」

 リディはアイシスが落ち着いたのを確認すると、少し離れた場所で川を覗き込んでいたニケを呼んで同じように干し肉を食わせ、水筒の水を飲ませた。
 アイシスはニケの持つ水筒の飲み口を見つめて何か言いたげだったが、結局言葉を飲み込み特に何も告げなかった。

 3人は体を少し休めたあと各々川の水で体を冷やしたり、顔を洗ったりして休憩時間を過ごした。ニケは川辺でまた水面をじっと見つめている。アイシスは体力を戻すためか、体を横たえてじっと動かなかった。

 リディはアイシスが動かないのを心配して様子をちらちら見ていたが、表情は穏やかで本当にただ体を休めているだけのようだった。

 十分に時間をとったあとでリディは改めて川辺で水を汲み水筒を満たした。

「そろそろ行こう」

 3人は休憩を終えて、街道と川を隔てた森へと再び足を踏み入れる。
 往路でリディが切り開いた獣道はまだ残っている。3人の姿は森の奥へと消えていった。
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