魔獣の友

猫山知紀

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第55話 夕飯

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 カッコウのとまり木のドアベルがカランカランと鳴り、宿内にいる客の視線が開かれたドアに集まる。ドアをくぐったのはアイシスだ。そして、リディとニケがアイシスに続いてドアをくぐる。

 客のチェックインの対応をしていたテルモは、アイシスを見た時に声をかけようとしたが、すぐ後にリディとニケが姿を見せたのでそのまま客対応へと戻った。リディとニケはすでにこの宿の勝手を知っているので、説明不要と判断した。

 リディはテルモに会釈だけして、エントランスを通って食堂側へと向かうと、カウンターに居たテルモの母親のステルへと声をかけた。

「夕飯を頼む。あと、この子は飛び入りなのでメニュー表も」
「あいよ。好きな席に座っといてくれ」

 リディ達は空いていた4人掛けのテーブル席に陣取る。リディとニケが隣に、アイシスはリディの向かいに座った。席についてすぐにステルがやってきてメニュー表を置いていき、すぐにカウンターの中に戻っていった。

「私がおごるから好きなものを頼んでいいぞ」
「何言ってるのよ、お金は余ってるって言ったでしょ。リディが出す必要はないわ」
「そ、そうか」

 リディとニケのメニューは宿泊客向けのメニューなので、アイシスはメニュー表から夕飯を見繕う。夜は酒場を兼ねるため、酒のつまみになるようなものが多めだが、基本は食堂という事もあって食事のメニューも充実していた。

「オムライス……はないのね。揚げ鳥の定食にしようかしら?」
「お、それは一昨日の日替わりメニューだったが、おいしかったぞ」
「そう? じゃあ、これにするわ」

 リディがステルを呼んで注文を伝えると、ステルは厨房へ戻って調理を始めた。

「それで、次の目的地は決まったのかしら?」
「あぁ、ヘニーノへ行くのが良さそうだな」
「さっきのお店で聞いたところね」

 リディは外套を購入した店の店主が言っていた、豪魔素材が最近流れ始めたという話が気になっていた。ニケは以前、自身の村が強力な魔獣を狩ることを生業にしていたと言っていた。そして、5,6年前に流通が途絶えたという業魔素材。これはニケの村が襲われた時期と一致する。つまり以前流通していた業魔素材の出どころはニケの村である可能性が高い。

「ニケ、ヘニーノという名前に反応していたな。知ってるのか?」
「僕の住んでた村に一番近い町」
「ということは以前豪魔素材をヘニーノに卸していたのは……」
「僕の村……」

 ニケは昔の記憶を辿りながらそう答えた。鮮明な記憶ではないがニケの父を始めとして、村の男達がバジルやグリフの力を借りて仕留めた魔獣を村へ持ち帰り、素材を得ていたことは覚えている。

 その素材を売りに、そして村に必要なものを買うための売買を村の人達はヘニーノまで山を降りて行っており、ニケはその商いによくついて行っていた。

「そうなると気になるのは、最近流れ始めたという豪魔素材の話か……」

 ニケの話によれば、ニケの村はとうの昔に滅ぼされていて、生存者はいない。そんな中で新たに豪魔素材が流通し始めたということは、新たに豪魔を倒せるものが現れたか、あるいは、ニケが嘘をついているか、別のセンではニケの村についてニケ自身が知らない別の事実がある、という可能性もある。

「いずれにせよ、ヘニーノへ行ってみるしかないな。竜と関係あるかはわからないが、見逃してはいけない気がする」
「何かアテでもあるの?」
「いいや、ただの勘だ」

 話の合間を縫ってステルが料理を運んできた。アイシスには揚げ鳥の定食、カラッと揚げられた鶏肉に野菜が添えられ、別の器にライスが盛られている。リディとニケには今日の日替わり焼き魚とパンのセット(サラダ付き)だ。イダンセ近辺で獲れる川魚の照り焼きをメインとして、主食に丸い大きめのパン、そして付け合せとして葉物野菜をメインとしたサラダがセットになったものだ。ちなみにこういうサラダ用の素材をリトナの町のアグリカから仕入れているらしい。

 焼き魚とパンのセットは普通に食べるよりうまい食べ方があると、別の宿泊客に聞いたので、リディはそれを試してみる。まずパンを横に2つに割り、切断面にバターをたっぷりと塗る。次に片方のパンの上にサラダを乗せる。そして魚の身をなるべく崩さないように骨から外し、サラダの上に更に乗せる。そして皿に残っていた照り焼きの垂れを上から垂らし、もう一方のパンで蓋をするように具材を挟めば完成だ。

「これに齧り付くのが美味いらしい」
「何よそれ、お行儀悪いわね」
「アイシス、行儀悪く齧り付いた川魚は不味かったか?」
「……いえ、美味しかったわ」
「そう、旨さの前に行儀は関係ないんだ。いただきまーす!」

 そう言ってリディは、パンで挟んだ川魚に大きい口を開けてかじりついた。

「んぐ、んぐ……うんまー!!」

 頬をいっぱいに膨らませたリディの顔はこの上ない笑顔だった。そしてその口元はソースで汚れている。行儀の悪さは旨さには関係ないと身を持って示していた。
 その様子を半分口を開けてみていたアイシスは人知れず唾を飲み込み、喉を鳴らす。

「ふぉれで、ふぃふぇもふぇふぃーふぉにふぃふでいいか?」
「流石に口に入れたまま喋るのは、お行儀が悪すぎると思うわ。……何言ってるのかわからないし」

 アイシスに真顔でそう言われるとリディは口の中のものを飲み込む。

「それで、ニケもヘニーノに行くでいいか?」
「うん」
「ニケにとっては辛い記憶のある場所に近づくことになるが……」
「大丈夫。素材の話も気になるし……村の跡がどうなっているのかも見ておきたい……」

 リディと目こそ合わせなかったが、ニケははっきりとした意志を持ってそう答えた。リディと出会わずずっと一人で旅を続けていたら、村に戻ってみようなどとは思わなかっただろう。

「じゃあ、決まりだな。善は急げだ。明日の朝に出発するか」
「うん」

 リディとは違って別々に食べているパンを頬張りながらニケは頷いた。

「明日、ね。それじゃあ明日イダンセを出る前にウチに寄って頂戴」
「まだキドナ関して何かあったか?」

 リディには今日から街を出て良いとお達しが出ている。アキュレティ邸へ出向く用事はもうなかったはずだが。

「違うわよニケ君のナイフ。まだ受け取ってないでしょ。私が今日帰る時に受け取っておくから。明日渡すわ。リディ達は明日に備えて早めに休みなさい」
「あー、そうだったな。わかった、お言葉に甘えよう」

 アイシスとリディは自分たちの食事を分け合いながら食事を進める。リディの川魚サンドにアイシスが齧りつくと口の周りにべっとりとソースがついて、髭のようになった。その様子をみて、リディもアイシスも、そしてニケも笑った。

 3人は明日の別れを惜しむように食事に、会話に花を咲かせた。
 楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、店が閉まる前にナイフの受け取りに行くため、アイシスは馬車でカッコウのとまり木を離れた。

 ――後日リディの食べ方の真似をしたアイシスが侍女のケイファに叱られたのは別の話だ。
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