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第79話 助力
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ケルベの姿を見失った後、リディとニケは一旦村に戻り、ケルベを追いかけるための準備を整えた。朝は村人に遠慮して畑の野菜を取らなかったが、ここから更に標高の高いところへ向かう準備のためラルゴの家の品をいくつか拝借した。
具体的にはニケ用の防寒着と今リディが手元に持っている魔石灯のランプ、そして保存が効きそうな食料をいくつかだ。
ラルゴたちが万が一戻ってきたときにわかるよう、詫びと借用した品を書いた置き手紙を念の為にラルゴの家のテーブルに残してきたが、おそらく誰にも読まれないだろう。
リディたちは準備を整えると、一旦ラルゴの家の前に集まる。
「ニケ、ケルベのいる方向わかるか?」
リディの言葉を受けて、ニケはいつものように集中を始める。その様子は心なしかいつもより研ぎ澄まされた雰囲気があった。集中を高めたニケは魔法色をいつも感じていたケルベの色に合わせて魔力を飛ばし、ケルベの居場所を探る。そして、反応はすぐに返ってきた。
「あっち、だけど……」
「だけど?」
目を開けたニケはケルベが向かっていった山の連なる高山地帯を指差した。
ケルベはあの後、まっすぐに標高の高い方へ向かったようだ。
「いつもよりも反応が悪い、気がする」
それはニケが感じた感覚だった。
ニケはケルベたちの位置を知るために魔法色をそれぞれの色に合わせて魔力を飛ばす。飛ばした魔力はケルベたちに当たると跳ね返り、それを感知することでニケは感覚的にケルベたちの位置を読み取っている。
普段であれば、鏡のような水面に指を突くようなイメージで返ってくる魔力の波紋も明瞭に読み取れるのだが、今返ってきた魔力はドロドロとした水を伝ってきたような曖昧な波紋のように感じた。
「距離は?」
「もう、結構遠い……」
「そうか、なら急ごう」
時間に猶予がどれだけあるかはわからないが、ケルベを見つけるのが遅くなるほど、状況が悪くなる予感がする。急がば回れと準備はしっかりと整えた。あとはケルベを見つけるだけだ。
決意を胸にリディが前を向いた時、ニケがリディの袖を掴んだ。
「リディ、グリフに乗ったことあったよね」
「あ? あぁ……」
ニケの言う通り、リディは以前グリフの背に乗ったことがある。イダンセでキドナに連れ去られたニケとアイシスを助けに向かったときのことだ。
それが今なんの関係があるのかと戸惑うリディをよそに、ニケは少し離れた場所にいるグリフとバジルの方を向き、二頭に声をかける。
「グリフ! バジル!」
ニケに声をかけられた二頭はゆっくりとリディとニケの方へと歩いてくる。リディにとってはもう慣れたものだが、それでもこの二頭から凄みを感じるのは変わらない。敵だったなら一目散に逃げ失せているところだ。
そんな二頭にニケは歩み寄り、それぞれの首筋を撫でる。そして――。
「ケルベを助けたい。力、貸して」
ニケはグリフとバジルの力を求めた。
ニケの言葉を聞いてグリフは『クー』とひと鳴きして、バジルはチロチロと舌を出した。
「リディはグリフに乗って」
ニケは普段移動のためにグリフたちの力は借りない。ニケにとってグリフたちの存在は友であり、家族のようでもある。故に常に対等でありたく、グリフたちがそれを許していたとしても使役するように彼らを移動手段として使うことはしたくなかった。
しかし、今回はその友であり、家族であるケルベを見つけるのが最優先だ。だから、ニケは信念を曲げてでもグリフたちに助けを求めた。これが最善の選択だと信じて――。
リディはニケに言われたとおりにグリフの背に乗ると、首元に手を添える。
「この辺のお肉ギュッと掴んでいいから」
ニケがグリフの首元の少したるみのある部分を掴んで示してくれた。この辺りであれば、強めに掴んでもグリフも痛みを感じないらしい。リディが触ってみると、確かにそこの肉はたるみがあり、人間が腕を伸ばした時に余る肘の肉に近い感じだ。
前にグリフに乗ったときには気づかなかったが、確かにここを掴んでいたほうが安定しそうだ。
「また、よろしくな」
リディはグリフに挨拶をしながら、首元を撫でる。
本来であればもっと余裕のある状況ので乗りたかったというのがリディの本音であるが、今はそんなことを考えている場合ではない。
ケルベに何が起こっているのか詳細はわからないが、何か良くないことが起こっているのは確かだ。一刻も早く見つけてやらないと、取り返しのつかないことになる。そんな予感がしていた。
ニケはバジルにまたがると、先に見える山々のうちの一番高い山を指差した。竜の背骨と呼ばれるリディたちの国を縦断する山脈。その中にあって一番高い山、通称『竜の爪』と呼ばれる山だ。
「ケルベはたぶん、あの竜の爪の麓に向かってる。グリフの方が速いから先行してケルベを探してみて」
ニケの話を聞いて、グリフが視線を竜の爪に向ける。スッと鋭くなるその眼は獲物を狙うときのそれだった。リディは大きく息を吐いて、心の準備を整える。
「よし、行こう!」
リディの声を合図にグリフは自身の翼を大きく広げる。そして、四肢に力を込めると、翼を羽ばたくのと同時に力強く地面を蹴った。
グリフの体が浮き上がるのに合わせて、周囲を強い風が舞い、地面の草や近くの木の枝がはためく。同時に内臓が持っていかれるような浮遊感がリディを襲う。前にも体験してはいるが、なかなか慣れない感覚だ。
グリフは更に二度、三度と羽ばたくと一気に高度を上げる。村の家々の屋根が視界の下に移り、光る砂を撒き散らしたような星空が視界いっぱいに広がる。高度はやがて雲と同じ高さになり、月の光によって陰影だけで表現された景色の中をリディとグリフは進んでいった。
リディとグリフが高度を安定させた頃、ニケとバジルも移動を始めていた。ニケを背にバジルが四肢を動かし、地面を這うように移動していく。バジルの四肢を動かす動きは大仰に見えるが、地面を踏むときにも音がほとんど出ず、闇夜の中を忍ぶように進んでいく。
その速さはケルベに勝るとも劣らない、上空を飛んでいくグリフの姿もまだ視界に捉えることができている。
しかし、竜の爪へと向かう山道は険しい。竜の爪までは人の整備など入っていない天然の山道が続く。時折現れる急斜面や大岩をバジルは器用にやり過ごし、ニケはそのバジルの背にしがみついて山道を攻略していく。
こういう道が続くと、さすがに速度が落ちる。見えていたグリフの姿はとうに見えなくなり、バジルとニケは暗闇の中をバジルの感覚を頼りに進んでいった。
具体的にはニケ用の防寒着と今リディが手元に持っている魔石灯のランプ、そして保存が効きそうな食料をいくつかだ。
ラルゴたちが万が一戻ってきたときにわかるよう、詫びと借用した品を書いた置き手紙を念の為にラルゴの家のテーブルに残してきたが、おそらく誰にも読まれないだろう。
リディたちは準備を整えると、一旦ラルゴの家の前に集まる。
「ニケ、ケルベのいる方向わかるか?」
リディの言葉を受けて、ニケはいつものように集中を始める。その様子は心なしかいつもより研ぎ澄まされた雰囲気があった。集中を高めたニケは魔法色をいつも感じていたケルベの色に合わせて魔力を飛ばし、ケルベの居場所を探る。そして、反応はすぐに返ってきた。
「あっち、だけど……」
「だけど?」
目を開けたニケはケルベが向かっていった山の連なる高山地帯を指差した。
ケルベはあの後、まっすぐに標高の高い方へ向かったようだ。
「いつもよりも反応が悪い、気がする」
それはニケが感じた感覚だった。
ニケはケルベたちの位置を知るために魔法色をそれぞれの色に合わせて魔力を飛ばす。飛ばした魔力はケルベたちに当たると跳ね返り、それを感知することでニケは感覚的にケルベたちの位置を読み取っている。
普段であれば、鏡のような水面に指を突くようなイメージで返ってくる魔力の波紋も明瞭に読み取れるのだが、今返ってきた魔力はドロドロとした水を伝ってきたような曖昧な波紋のように感じた。
「距離は?」
「もう、結構遠い……」
「そうか、なら急ごう」
時間に猶予がどれだけあるかはわからないが、ケルベを見つけるのが遅くなるほど、状況が悪くなる予感がする。急がば回れと準備はしっかりと整えた。あとはケルベを見つけるだけだ。
決意を胸にリディが前を向いた時、ニケがリディの袖を掴んだ。
「リディ、グリフに乗ったことあったよね」
「あ? あぁ……」
ニケの言う通り、リディは以前グリフの背に乗ったことがある。イダンセでキドナに連れ去られたニケとアイシスを助けに向かったときのことだ。
それが今なんの関係があるのかと戸惑うリディをよそに、ニケは少し離れた場所にいるグリフとバジルの方を向き、二頭に声をかける。
「グリフ! バジル!」
ニケに声をかけられた二頭はゆっくりとリディとニケの方へと歩いてくる。リディにとってはもう慣れたものだが、それでもこの二頭から凄みを感じるのは変わらない。敵だったなら一目散に逃げ失せているところだ。
そんな二頭にニケは歩み寄り、それぞれの首筋を撫でる。そして――。
「ケルベを助けたい。力、貸して」
ニケはグリフとバジルの力を求めた。
ニケの言葉を聞いてグリフは『クー』とひと鳴きして、バジルはチロチロと舌を出した。
「リディはグリフに乗って」
ニケは普段移動のためにグリフたちの力は借りない。ニケにとってグリフたちの存在は友であり、家族のようでもある。故に常に対等でありたく、グリフたちがそれを許していたとしても使役するように彼らを移動手段として使うことはしたくなかった。
しかし、今回はその友であり、家族であるケルベを見つけるのが最優先だ。だから、ニケは信念を曲げてでもグリフたちに助けを求めた。これが最善の選択だと信じて――。
リディはニケに言われたとおりにグリフの背に乗ると、首元に手を添える。
「この辺のお肉ギュッと掴んでいいから」
ニケがグリフの首元の少したるみのある部分を掴んで示してくれた。この辺りであれば、強めに掴んでもグリフも痛みを感じないらしい。リディが触ってみると、確かにそこの肉はたるみがあり、人間が腕を伸ばした時に余る肘の肉に近い感じだ。
前にグリフに乗ったときには気づかなかったが、確かにここを掴んでいたほうが安定しそうだ。
「また、よろしくな」
リディはグリフに挨拶をしながら、首元を撫でる。
本来であればもっと余裕のある状況ので乗りたかったというのがリディの本音であるが、今はそんなことを考えている場合ではない。
ケルベに何が起こっているのか詳細はわからないが、何か良くないことが起こっているのは確かだ。一刻も早く見つけてやらないと、取り返しのつかないことになる。そんな予感がしていた。
ニケはバジルにまたがると、先に見える山々のうちの一番高い山を指差した。竜の背骨と呼ばれるリディたちの国を縦断する山脈。その中にあって一番高い山、通称『竜の爪』と呼ばれる山だ。
「ケルベはたぶん、あの竜の爪の麓に向かってる。グリフの方が速いから先行してケルベを探してみて」
ニケの話を聞いて、グリフが視線を竜の爪に向ける。スッと鋭くなるその眼は獲物を狙うときのそれだった。リディは大きく息を吐いて、心の準備を整える。
「よし、行こう!」
リディの声を合図にグリフは自身の翼を大きく広げる。そして、四肢に力を込めると、翼を羽ばたくのと同時に力強く地面を蹴った。
グリフの体が浮き上がるのに合わせて、周囲を強い風が舞い、地面の草や近くの木の枝がはためく。同時に内臓が持っていかれるような浮遊感がリディを襲う。前にも体験してはいるが、なかなか慣れない感覚だ。
グリフは更に二度、三度と羽ばたくと一気に高度を上げる。村の家々の屋根が視界の下に移り、光る砂を撒き散らしたような星空が視界いっぱいに広がる。高度はやがて雲と同じ高さになり、月の光によって陰影だけで表現された景色の中をリディとグリフは進んでいった。
リディとグリフが高度を安定させた頃、ニケとバジルも移動を始めていた。ニケを背にバジルが四肢を動かし、地面を這うように移動していく。バジルの四肢を動かす動きは大仰に見えるが、地面を踏むときにも音がほとんど出ず、闇夜の中を忍ぶように進んでいく。
その速さはケルベに勝るとも劣らない、上空を飛んでいくグリフの姿もまだ視界に捉えることができている。
しかし、竜の爪へと向かう山道は険しい。竜の爪までは人の整備など入っていない天然の山道が続く。時折現れる急斜面や大岩をバジルは器用にやり過ごし、ニケはそのバジルの背にしがみついて山道を攻略していく。
こういう道が続くと、さすがに速度が落ちる。見えていたグリフの姿はとうに見えなくなり、バジルとニケは暗闇の中をバジルの感覚を頼りに進んでいった。
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