ゼロ、と呼ばれた少年の物語

うさみち

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前編

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 ――0日目。
 知らないところへ連れて来られた。
 ナナシではなく、ゼロと呼ばれるようになった。
 『いい子』にしていたら家に帰してくれると言われた。別に帰してくれなくていいと言った。すると女がニタリと笑った。
 多分、俺と似ていると思った。骨と皮みたいな女だった。

 ――3日目。
 ここでは毎日、食べ物をくれることがわかった。
 今日は1つのパンをくれた。固かったけど、一生懸命噛んだからお腹がいっぱいになった。でも、相変わらず何も見えない部屋だから、手探りで食べるのは大変だった。

 ――7日目。
 今日は水浴びをさせてもらえた。
 雪が降る中、家の外にあった井戸での水浴びは、凍えるようだったけど嬉しかった。水浴びの時に、水も飲んだ。身体がさっぱりして、最高の一日だった。

 ――8日目。
 風邪を引いてしまった。
 使えないヤツだ、と女に殴られた。でも俺は慣れているから平気だった。それに、悪いのは風邪を引いてしまった俺だと思った。いつもどおり、ごめんなさい、と謝った。

 ――30日目。
 少し前に、風邪が治った。
 毎日1つパンをもらえる俺は、自分の身体が変わってきたような気がした。手の甲に見えていた骨が、あまり見えなくなってきた。俺を見た女が、これはとんだ拾い物だ、と言った。何故か今日から、スープがもらえるようになった。

 ――45日目。
 今日俺は、びっくりした。
 白い固形の何かを渡され、綺麗になるまで帰ってくるな、と言われた。言いつけどおり白い固形の何かを使って身体を洗ってみた。泡が出たからビックリした。魔法だと思った。井戸から帰ってきた俺を見た女がニタリと笑って、想像以上だ、と言った。

 ――46日目。
 ゼロ、と呼ばれた。
 どこかの店へ連れて行かれた。
 女みたいな髪を短く整えてもらった。次の店では、上等な服をあつらえてもらった。ごわごわしていない、穴も空いていない、とびきり綺麗な服だった。昨日綺麗に洗った身体はいい匂いがするし、最高の1日だった。

 ――47日目。
 檻の中に入れられた。
 女が雇った男が、ゴロゴロ檻を引いて歩いた。どこかの町へ着いた俺は、たくさんの人間に囲まれた。女に、笑え、と小声で言われた。上手くいったら今日はご馳走だと言われた。笑い方がわからなかったけど、それらしくしてみた。周りを囲む人間から、何かを投げられた。投げられるたび、女は笑った。上手くいったみたいだ。今日のパンは、柔らかかった。

 ――200日目。
 1つ賢くなった。
 ゼロ、と部屋の外から呼ばれたの日は髪を整える日で、その次の日は檻の中に入る日だ。何回か繰り返すうちに、俺は学んで、賢くなった。今日は名前を呼ばれたから、髪を整える日だった。陽の光の下で見た女は、別人のようだった。骨と皮ではなくなっていた。でも、ニタリと笑うところは変わらなかった。

 ――201日目。
 また1つ賢くなった。
 俺は、檻の中に入る理由を知った。俺はどうやら、見せ物だったらしい。赤い瞳が、モンスターのようだと誰かが言った。その時初めて自分が赤い瞳だと知った。なぜだかとっても惨めになった。俺は、笑うのをやめた。途端に、観客がいなくなった。家に帰ると、暗い部屋の中でしこたま殴られた。次は容赦しないぞ、と言われた。今日、初めて食べ物をもらえなかった。

 ――250日目。
 俺は更に賢くなった。
 ゼロ、と昨日呼ばれて外に出たから、今日は見せ物になる日のはずだ。やっぱり雇われの男がいて、やっぱり俺は檻の中へ入った。たくさんの観客に囲まれた。女に笑え、と言われた途端、なぜか自然と顔が動いたのがわかった。周りの観客が、何かをたくさん投げてきた。上手くいったみたいだ。帰りの道で女によくやった、と褒められた。今日のパンはとびきり柔らかかった。

 ――××××日目。
 俺は、賢くなくなった。
 もう、何日目かわからなくなった。この頃から、俺の世界の「色」がなくなった。俺にわかるのは「闇」の色と全ての世界の「灰」の色だけ。部屋の中なのか、井戸の前なのか、何色のパンなのか、なにもわからなくなった。でもそんなのもどうでもよかった。女も雇われの男もでっぷりと太っていた。

 ――××××日目。
 俺は、壊れてしまったらしい。
 笑えと言われたから笑ったのに、笑っていないと言われてしまった。女から、使えない、使えない、と言って殴られた。でも、痛くなかったからどうでもよかった。もう、なんでもよかった。そこからしばらく、食べ物がなくなった。でも、別に平気だった。この部屋に来る前は、食べ物なんて毎日もらえなかったから。

 ――××××日目。
 何故だか部屋の外が騒がしかった。
 部屋の鍵が開けられて、俺は久しぶりに外に出た。女はどこかへ行っていたみたいだった。目深にフードを被る女の近くに、見たこともない、子どもが2人いた。歳のくらいが俺と同じくらいの男の子と、小さな女の子だった。とても綺麗な顔をしていた。今日から、俺の部屋の住人が増えた。

 ――××××日目。
 頭がとても痛かった。
 たくさんたくさん、話しかけられた。
「なぁ、君も攫われてきたんだろ?」
「ここ、どこか知ってるか?」
「なんで部屋が真っ暗なんだ」
 俺は全部、わからない、と答えた。女の子は一言も喋らなかった。

 ――××××日目。
 ゼロ、イチ、ニ、と呼ばれた。
 みんな揃って部屋を出た。俺だけ髪を整えに行った。イチもニも、まだ必要ないと言われていた。
 ゼロは名前ではなかったことを知った。ただの番号だった。もしかしたら、ナナシも名前じゃなかったのかもしれないと思った。もう、何も感じなくなったはずなのに、胸のあたりがちくんとした気がした。そういえば、昨日頭が痛かったことを思い出した。

 ――××××日目。
 見せ物の日だった。
 みんなで檻の中に入った。そういえば昨日、イチもニも新しい服をあつらえに行かなかった。でも今は多分綺麗そうな服を着ているのだと思った。俺は「色」がわからないからよくわからなかった。観客に囲まれた。笑えているかはわからなかったけど、観客がたくさん何かを投げていたから上手くいったんだと思った。檻の中から、イチは女を睨んで、ニは泣いていた。家に帰ると、イチは反抗的だと女にしこたま殴られた。ニはたくさん泣いていた。俺は頭が痛かった。

 ――××××日目。
 頭が割れそうなほど痛かった。
 イチがニに話しかけるのを聞くたびに頭が痛かった。
「◯◯◯、お兄ちゃんが着いてるからな」
「◯◯◯、こわくないぞ、大丈夫だ」
 ニは、泣いて答えなかった。俺はイチに質問された。
「君、本当の名前は?」
 俺は何も言えなかった。ナナシは名前ではなかったのだと、もうわかっていたからだった。

 ――××××日目。
 朝からニが泣いていた。
 ニはこの部屋に来てから一言も喋っていなかった。イチはニにずっと話しかけていた。いつもどおり、ドアの小窓がパカンと開いて、パンが3つ、投げ入れられた。ニのお腹が、ぐうっと鳴った。お腹が空いているんだろうと思った。イチもぐうっとお腹を鳴らした。俺は自分のパンを半分にちぎって、イチとニに半分ずつあげた。

「ありがとう、ジェロにいちゃん」

 初めてニが言葉を喋った。すごく幼い声だった。多分ゼロの「ゼ」が難しくて言えないんだと思った。俺はなぜだか、涙がポロッとこぼれた。

 ――0日目。
 今日は、とても顔が疲れた。
 イチとニとたくさん喋ったからだ。たくさん喋って、イチが「ゴーセツ」でニが「フブキ」だと知った。ゴーセツからまた、俺の本当の名前はなんだ、と質問された。「ジェロがいい」と俺は答えた。ゴーセツは一言、「そうか」と言った。

 今日から俺は、生まれ変わった。
 俺の名前は、ジェロになった。
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