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俺の幼馴染が可愛いすぎる件について

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 俺の幼馴染は、隣の家に住んでいる。
 小さい時から何をするにもずっと一緒。
 幼稚園も、小学校も、中学校も。
 そして今――高校までも。

 齋藤ゆづ。
 それが俺の幼馴染の名前。
 正直、幼馴染の欲目無しに可愛いと思う。

 色素の薄い茶色の髪と瞳。
 長いまつ毛に、ストレートの眉。
 筋の通った鼻に、小さな口元。
 大きな目で、笑う時は少し細めて控えめに。
 150センチと、小さな身長。

 そんな幼馴染を持つ俺――澤田ヒロキ。
 175センチとそこそこの身長に、クセの強くない天然パーマの黒髪、黒縁メガネ。
 自分で言うのもなんだけど、外見は並の上くらい。

 そんな俺は、幼馴染のゆづに――心底してるんだ。

「齋藤さんと幼馴染でうらやましい」とか、
「ゆづちゃんとの間を取り持ってほしい」とか、
「おしとやかで愛らしい」とか……!

 ああ~! うるさい!
 もううんざりだ。心底迷惑してる。

 ……まったく、どいつもこいつも。
 ゆづの本性を知りもしないで。
 俺は迷惑を通り越してイラついているんだ。

 ――そう、みんな知りもしない。
 俺の幼馴染、斎藤ゆづが――可愛すぎる件について。

 ◇ ◇ ◇

「齋藤さん、今日も可愛いぜ」
「おはようって挨拶するのも気がひけるよな」
「くそっ、俺も幼馴染になりたかった」

 高校の正門前のいつもの寸劇。
 俺の幼馴染、齋藤ゆづの正体を知るものから見れば、この日常は茶番でしかない。

 俺たちは、家が隣同士の幼馴染。
 いつも一緒に登校するし、下校も一緒にする。

 ゆづは幼馴染の俺の目から見ても可愛いので、ゆづのお母さんと俺の母さんから、ボディーガードを命ぜられているんだ。
 ……そんなこと、する必要ないのにさ。

 まぁ、俺の目から見てもゆづは可愛い。
 色素の薄い茶色の髪を左側にふわりと流して、後毛はコテで巻き上げられ、ぴっちりではなく抜け感を意識したゆるっとポニーテールでほんわか感をしている。
 この外見は創り上げられただ。
 この微妙なゆるふわ感を演出するために、ゆづは早起きを欠かさない。ゆづに熱をあげているヤツらは朝から晩までゆづが完璧だと思っているんだろうか。
 俺は今日も、ゆづの支度が整うのを、おばさんとコーヒーで一服しながらリビングで待たされたというのに。

「……まったく、ゆづの本性を知りもしないで」

 こんな風に、俺がボソッと呟こうものなら、すかさず横から、

「うるさいよ、ヒーくん」

 とはやての如く注意される。

 こわいのが、ゆづの表情だ。
 鬼のような表情――がめちゃくちゃこわい。

 ぷくっと片頬を膨らませて、下から上目遣いできゅるんと見つめながら注意してくる。

 ――嗚呼ああこわい。
 今日も俺の幼馴染があざと可愛いすぎて恐ろしい。

「あっ、ゆづちゃん、おはよう」
「ひまちゃん、おはよ~」

 黒髪ボブヘア、
 透き通るようにきめ細やかな白い肌、
 大きな黒目の下には泣きぼくろが一つ。
 同じクラスの女子――桜庭さくらば向日葵ひまわりさんが元気に咲く向日葵に負けないくらいの眩しい笑顔でゆづに手を振っている。
 ゆづも挨拶されるやいなや、ふわっと微笑んで小さく手を振って挨拶した。

「澤田くんも、おはよう」
「おはよう、桜庭さん」

 桜庭さんは、俺の同志だ。
 ゆづの本性を知るという意味での同志。

 ◆

「あの……斎藤さん、ちょっといいかな……」

 声を掛けてきた男は、隣のクラスの男子だった。
名前まではわからないが、廊下や登下校中など、チラチラとゆづを見てくるから顔に覚えがある。

「あっ、うん! 今行くね! 2人とも、先、行ってて」
「おー」 「はーい」

 いつもの出来事だ。
 きっと、だろう。
 でもいつもと違うところは、取り巻きの男子がいるところ。見たところ、男が3人……か。

「……少ししたら見に行くか」
「そうだね」

 俺と桜庭さんは、目を合わせて頷き合った。

 ◆ ◆

「齋藤さん! 好きだ! 付き合ってください!」
「ええと……あの……、好きな人がいるから、ごめんなさい」

 ――告白されるのは初めてじゃないけど、このパターンは初めてだなぁ。

 と、ゆづは思った。

 ちょっと嫌だなぁと思うところは、告白してきた男子の後ろに、取り巻きの男子が3人いる。取り巻きたちと、なにをしてくるつもりだろう。

「なんでっ! なんでか教えてもらえないか? 好きなヤツって澤田か?」
「そうだったとしても、言いたくないなぁ。ごめんなさい」

 男は、引き気味のゆづの肩をギュウっと掴む。

「――!? やめて!」
「ねぇ、僕じゃだめかな? 齋藤さんが好きなんだ。とっても大事にするよ。だから……」

 ――急に肩を触るなんて……やだっ!

 取り巻きの男子たちも、ジリジリと距離を詰めてくる。女1対男4。卑怯極まりない、最低な構図だ。

 ……どうしよう……! ヒーくん、助けてッ!

 ◆ ◆ ◆ ◆

「や、やだぁっ!」

 校舎裏にゆづの声が響き渡った。
 心から嫌だと思うゆづの悲鳴。

 ……アイツら、まさか……!

「ゆづ!」 「ゆづちゃん!」

 ――――――――――どうして早く、行かなかったんだろう。

 ――――――――――。

 ――――――――。

 ――――――。

 凄惨な、現場。
 俺は心から後悔した。

 ゆづが……ゆづが……。


 ――手加減できるはずなかったのに。


「もう、触らないでよね! 急に」

 ゆづは怒りながらも、パンパンと制服についた土を払い、身だしなみを整えている。

「大丈夫? ゆづちゃーん!」
「ひまちゃーん! こわかったよー」
「……(男たちのセリフだろうに)」

 抱き合う女子2人。
 いや、大丈夫かなって思うのは、むしろ……。
 
 告白した男子含め校舎裏の地面に、男たちは

「「「「うう……。斎藤さん……イメージと違う……」」」」

 そりゃそうだ。
 ゆづの家は空手道場なんだから。
 護身術なら小さい頃から叩き込まれている。
 
 ――だから、ボディーガードなんていらないって言ったんだ。

 男の1人が立ち上がった。
 告白した張本人だろう。
 取り乱したように襲い掛かってきた。

「澤田さえいなければー!」

 ――ん? 腹いせか?

 男から繰り広げられる、スピードも体重も乗っていないパンチ。
 俺は軽くいなして、鋭く一発、ボディーブロー。そして宙を舞うように、空中蹴りをお見舞いしてやった。

「うぎゃっ」

「まったく、逆恨みもほどほどにしろよ」

 ――俺もゆづの空手道場で小さい時から護身術は学んでいる。俺の母さんとゆづの両親から、ゆづを守るようにと、徹底的に。

「ひ、ヒーくん、かっこいいよ!」
「ほんと、流石ね」

 女子2人が駆け寄ってくる。
 ――褒めてもらえるのは嬉しいとは思うものの。2人とも俺より強いんだよな。

 ゆづは空手の黒帯だし。
 桜庭さんは剣道の有段者。
 最近の女子は、本当に強い。

 なんて考えていると、ゆづはキュッと俺の裾を掴んで上目遣いした。
 その仕草に気がついて、桜庭さんは「先に行ってるね~!」とそそくさと席を外して行った。

「ヒーくん、すごくかっこよかったよ。私、できればヒーくんに助けてもらいたかったな。だって、ヒーローみたいなんだもん」

 ゆづはもじもじしながら、いじらしく言う。

「ゆづのほうが、強いだろ?」

 ゆづは、ぷくっと顔を膨らませる。

「ねぇ、わからない?」
「なにが?」

 ゆづは、顔をほのかに染めて上目遣いで言葉を続ける。

「どうして私が、早起きして身だしなみを整えてるか。どうして見た目や仕草に気を遣っているか……!」
「……女子だからだろ?」
「違うよっ、ヒーくんのバカッ」
「バカッて……」


「可愛くあろうとするのも、身だしなみに気をつけるのも、全部、全部……」


 見上げてくるゆづの瞳は涙で揺れている。

 ――まさかとは思うけど、ゆづ……もしかして……。

 ゆづは痺れを切らしたのか、むー、と怒ってタタタッと先に走り出した。

「ゆづ……あのさ……」

 ――俺も――

 と言おうと思ったその時、ゆづは振り返って、俺に言ったんだ。

「ねぇ、ちょっとは、ドキッとした? 俺のことスキって思ったりした? えへへ~」

 ゆづは後ろ手で腕を組んで。
 上半身を、突き出して。
 イタズラ気味に、微笑んだ。

「ヒーくん、ひっかかった?」

 と言って、ぺろりと舌を出す。

「ゆづ、このヤロー!」
「ふふふっ、先行くねっ」

 ゆづは先に走って行った。

「齋藤さん、やっぱり可愛い……」
「……………………………………(ムカッ)」

 ボソリと呟く土に埋められた男たちに、俺はもう少し制裁を加えていかないとな。
 俺はボキボキッと指を鳴らす。
 ゆづに手を出さないように、調教しないといけないから。

「「「「ひ、ひええええええええ」」」」



 ――まったく俺も、仕方ないな。
 実はすっかり、魅了されている。

  俺の幼馴染、斎藤ゆづが――可愛すぎる件について。
 

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