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第1章 まだ見ぬ世界へ想いを馳せる君へ

1-11 アルヒとポチとご主人様

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「さっき話してくれるって言っていたこと、話してくれるのね?」

 うさみはコーヒーを片手に、アルヒに問う。

 ミミリは、アルヒとゼラ、そして自分にもホットミンティーを、ポチにはバケツに井戸水を汲んで用意した。みんな泣きすぎたため、水分補給も兼ねたティータイムだ。
 テーブルの中央にはミミリが焼いて【マジックバッグ】で保管していたバタークッキーを。もちろん、ポチの分もある。

「ゼラもいますので、改めて私の自己紹介を。私は、アルヒ。機械人形(オートマタ)です。そしてこの子はポチ、私の旧友です。私たちは同じご主人様に仕えています。私を作ってくれた、錬金術士のご主人様にです」
「えぇと、質問だけど、ミミリがアルヒさんを作ったってこと?」

 ゼラの質問に、ミミリは首を振る。

「ううん、違うよ、ゼラくん。私にはアルヒみたいな機械人形(オートマタ)はまだまだ作れないよ。私、まだ見習い錬金術士だけど、アルヒがどれほどすごい錬金術士に作られたのかっていうのはなんとなくわかるの。神様みたいな人なんじゃないかなって、思うくらい」
「……そうなんだ。でも、それはなんとなく俺でもわかるかもしれない。だってアルヒさん、俺には人間にしか見えないから」

 はい。と、バタークッキーを手品のように食べながら、うさみが挙手をする。

「アルヒ、私からも質問。私たち、ずっと一緒に暮らしてるでしょう? でも、そんな私たちでもアルヒが『錬金術士に仕えてる』、『ポチは旧友』っていうのは初めて知ったわ。ポチも含めてだったんだけど、その錬金術士、影も形も見たことないのよね。少なくとも、ミミリと一緒に生きてきたこの十数年」

 うさみの言うとおり、ミミリもその話は知らなかった。アルヒが人に作られた機械人形(オートマタ)であることは知っていて、それは錬金術によって作られたであろうことは推測できていた。一応、錬金術士の端くれであるからだ。
 ただ、アルヒの生い立ちや目的まで追及する必要がなかった、というか考えが及ばなかった。ミミリにとって、アルヒは物心ついた頃からずっと一緒に暮らしている家族で、それは当たり前のことだと思っていたからだ。

 ミミリは、まさかアルヒに他に家族がいたなんて、と、少し嫉妬混じりの複雑な気分になった。 

 今思えば、アルヒに他に家族がいることだって、当たり前のことかもしれないのに。

 ……そう、ミミリに両親がいたように。

 ただ、ミミリにとっては、他に家族がいたことは当たり前なことではなく当然訪れた幸せサプライズプレゼントだったが。

「私が不甲斐ないばかりに、ご主人様を、…守ることができなかったのです。そのため、ご主人様はいなくなってしまいました」

 アルヒは言葉を詰まらせながら、それでも一生懸命に言葉を繋げる。

「ポチは、ご主人様が可愛がっていた家族です。ポチがご主人様を探しに行くと旅立って以降、会っていなかったものですから、ポチの首輪を見るまで、気がつくことができませんでした」

 ミミリはポチの首元を見てみるが、はちみつ色のふわふわな毛に覆われて、今でも首輪を目視することができない。首輪がポチと認識するうえで重要な手掛かりとなるならば、それは難しいことではないかと思った。

「今思えば、一太刀で気がつくべきだったのです。私たちはお互いに争えないことになっているので、私の斬撃が通らない時点でポチであると認識すべきでした」
「でも……!」

 でもそれは難しいことではないか、と、アルヒの後悔混じりの言葉にフォローを入れようと思ったミミリだったが、アルヒが続けた言葉ですっかり忘れてしまった。

「ただ、うさみと同じくらいだったはずなのに、見違えるほど、こんなに大きくなっていたので、私にはポチだと認識することができなかったのです」

 ……衝撃の発言に、一瞬の間。
 沈黙を破ったのはうさみだ。

「私と同じくらいだったの⁉︎見違えるにも程があるんじゃ……。犬ってそういう生き物だっけ。そういえば私知らないのよ。……どうなの、ゼラ」
「いや、俺の知る限り、こんな大きい犬見たことないぞ?」

 うさみと同意見で、ミミリもゼラも思わず、何度も何度もうさみとポチを見比べた。片や小さなぬいぐるみと、片や変異種と見まごう程の巨体を持つポチと。

 ……何を食べたらこんなに大きくなれるのかな、と思いながら、ミミリは続けて質問した。

「私が今13歳だから、13年くらい前にいなくなってしまったの?錬金術士さん」

 いいえ、と言ってアルヒはポチを見つめた。ポチもアルヒに視線を返す。お互いの間に、流れた時間を反芻(はんすう)するかのように。二人の視線には重みがある。

「……少なくとも100年は経過しているでしょうね。途中から、数えることすらやめてしまいましたが」

 アルヒは憂いを帯びつつも暖かい眼差しで、ポチの胸元を優しく撫でた。

「ポチ、本当によく無事に、戻ってきてくれましたね」

 ポチは愛おしそうに、アルヒに鼻を擦り付けた。

「……ひゃ、ひゃ、……ゴホッゴホ!」
「100年~⁉︎」

 ミミリは驚いた拍子に、ミンティーを勢いよく飲んでしまったようで、むせてしまった。ミミリの背中をゼラはさすってやろうとしたが、すかさずうさみがゼラの手を払い除け、代わりにうさみが背中をトントンさすってやる。こんな時でも、ミミリの保護者のガードは固い。

 ……そんなに警戒しなくても、妹みたいな子に危害加えるつもりはないんだけどな。
 とゼラは思った。

「……ケホッケホッ‼︎ありがとう、うさみ。知らなくて驚いちゃったんだけど、ワンちゃんて長生きするんだねぇ」
「……私も知らなかったわ」
「……俺も、と言いたいところだけど、違うぞ?大往生して十数年だと思うぞ⁇」

 話の続きを言いかけたゼラは、ふと立ち止まって思い直した。

「……いや、ここは、俺の基準で考えちゃいけない世界だったな。……ってことは、普通に長寿ってことか……」

 三人のやりとりに、思わずアルヒは声を上げて笑う。

「ふふふ、なんだかゼラは、初めて会った気がしませんね。親しみやすいその性格に、ミミリの両親も、惹かれるところがあったのでしょう」

 軽く息を吸って、アルヒは言葉を続けた。

「……訂正させていただくと、犬の本来の平均寿命は、ゼラの言うとおり十数年であると認識しています。それもあって私もすぐに、ポチであると、気がつくことができなかったのです。……ポチには、生命の理(ことわり)を超えた力が作用している、と考えられます」
「……錬金術……」
「ミミリ、そのとおりです」

 ミミリはますます、アルヒたちのご主人である錬金術士が神様であると思えて仕方なかった。
 どのような錬金素材アイテムを用いて、どのような工程を経てどのように魔力を付与すれば、生命の理(ことわり)を超越することができるのか、全く想像することができないからだ。
 それはミミリが見習い錬金術士であるからという理由だけで片付けることができない気がした。熟練の錬金術士であったとしても、その高みに到達することは果たしてできるのであろうか。
 まさに、神の御業(みわざ)ではないか、そう思えて仕方ないのだ。

「もう一つ、質問したいんだけど」
「はい、なんでしょうか」

 うさみは若干、気まずそうに質問する。

「……あのね、気を悪くしないでほしいんだけれど。アルヒの仕える錬金術士って人間よね?少なくとも、100年経っているならもう、ホラ、その……人間って、長寿でも100歳くらいよね?」

 アルヒを傷つけてしまうのではないかという懸念で、うさみは言葉を詰まらせる。それでも核心に触れないわけにはいかず、申し訳なさそうに言葉を続けた。

「仕えるっていうのは、精神的にって意味かしら。ポチは、その、……亡くなったことが信じられなくなって、旅に出たのかしら」

 うさみは、質問を終えた後、両手を合わせてゴメンネ、としながら目をつぶった。
 ミミリは慌てて、うさみをフォローする。

「アルヒ、ごめんね。うさみだけでなくて、私も同じこと思っちゃったの。……怒らないでくれるかな」

 ミミリもうさみと同じく、ギュッと目をつぶった。

「怒るなんてとんでもない。天寿を全うされた…その可能性も、否定できませんから。…ただ、私たちは信じているのです。まだ、どこかで生きてくださっていると」

 アルヒとポチはお互いに頷き合っている。二人は共通のご主人様を通じて、固い絆で結ばれているようだ。

 ……ミミリもうさみもゼラも心の中で黙祷をした。
 
 きっと、アルヒもポチも、ご主人様が亡くなったという現実と向き合うのが辛いに違いない。
 アルヒとポチが頷き合っていたように、ミミリたちも目を見合わせて頷き合う。

 ……これ以上、もうこの話には触れないようにしよう。私はアルヒのご主人様みたいにすごい錬金術士はなれないけど、少しでも近づけるよう、努力しよう。アルヒとポチの力になれるように。

 そうミミリが思った瞬間、アルヒが衝撃の言葉を口にした。

「まだご存命である気がするのです」
「アルヒ、その、なんて言葉を掛けていいのか、その……」

 うさみが言葉を澱ませた後に、アルヒは言葉を続ける。

「……なぜなら、ご主人様が私をお作りになった時、すでに200歳はとうに超えた、と仰っていましたから。それでもご年配にはとても見えず、とてもお若いお姿でした」

 ミミリたちは、言葉を失った。
 そんなミミリたちに、アルヒは更なる追い打ちをかける。

「私はむしろ、人間とは、ご主人様のように長寿だと思っていたのです」

「……‼︎ ゲホッゲホッ」
「ゼッ、ゼラくん、大丈夫⁉︎」

 今度はゼラがむせこんだ。ゼラの背中をドンドン叩きながら、うさみは大事な確認をする。

「大丈夫? 腰抜かしてない? コシヌカシ!」

「……かろうじて。座ってたから、腰抜かしようがなかった。……それより背中、痛いんだけど」
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