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第1章 まだ見ぬ世界へ想いを馳せる君へ

1-25 万感の思いと夕焼け空

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 もうダメだ、とうさみが目をギュッと目を瞑(つぶ)った瞬間、アルヒはうさみに駆け寄るゼラを追い越し、韋駄天の如くうさみの前に現れて剣を一薙ぎ。

 放たれた矢を振り払った。

 ……キィィィン‼︎

 うさみが恐る恐る片目を開けると、両断された矢が地に落ちていた。

 矢の横には、戦闘用ドレスの裾のレースを風になびかせたアルヒが立っている。

 矢を振り払い、地に向けられた白刃の剣の切先と左耳のイヤリングの金のフレームが夕日に照らされキラリと光り、陶器のような白い肌は夕焼け色に染められて、アルヒの魅力を一層際立たせている。

「きゃあー! さっすがアルヒたん!」

 うさみは保護魔法はそのままに、ピョンピョンと飛び跳ねてアルヒに黄色い声援を浴びせた。

「……クッ、俺じゃ間に合わなかった……!」

 ゼラは自責の念に駆られつつも、気持ちの整理にフッと息を素早く吐いて、攻撃から守りへシフトチェンジすることにした。睡眠(スリープ)蝶(フライ)3体が放つ矢でミミリたちが射られないように。

 ……シュッ‼︎

 再び、うさみに射られる矢。

 絶え間なく動く睡眠(スリープ)蝶(フライ)を常に3体視野に捉えていること。
 そして、放たれる矢を対処すること。
 守りに徹しているとはいえ、これがゼラにとっては難しい。メリーさんの時のような攻撃間のインターバルはなく、1体からの矢を去(い)なすことはできても、残り2体の矢までは対応できない。

 苦戦するゼラを後目(しりめ)に、アルヒはゼラが取りこぼした矢をなんなく打ち砕いていく。

 時に宙を舞い、時に機敏に、しなやかに。
 それは正に、舞姫そのもの。

 これがゼラとアルヒの実力差だ。

「……クソッ‼︎」

 ゼラは悔しさで胸が熱くなった。

 ……一方でうさみは、ドーム型の結界(バリア)の内側からの攻撃にひたすら耐えている。

 たくさんの睡眠(スリープ)蝶(フライ)たちは、ドームの中から出ようと、突破口を求めてひたすらドームへ矢を放ち続けている。

 ……キィン、カキィィン!

 矢とドームがぶつかる音が辺りに甲高く響く。
 木綿の糸を放つ幼虫とは異なり、成虫である蝶は糸というより鋭い金属針のような矢を吹いて攻撃するようだ。
 ドームにぶつかった矢はキィンと弾かれ、地に落ちていく。弾かれた角度によっては、トスッと地に突き刺さることもあり、その矢の鋭さと強度が物語られていた。

「うう~。守護神の庇護を維持し続けるのキッツイかも。もう一つ魔法を重複展開させるのも、規模的に難しい……。アルヒなら討伐できるでしょうけど……。ミミリ、どうする?」

 あまりにミミリが物静かだったので、うさみは安否確認の意味も込めてミミリに問いかけた。

 ……うさみは、ミミリが睡眠(スリープ)蝶(フライ)の鱗粉を吸い込んでダウンしていると思っていた。

 しかし、そうではなかった。

 ミミリはなにやら、精力的に活動していた。それはなお、現在進行形で。

 全員が睡眠(スリープ)蝶(フライ)と戦闘中。
 ミミリは釜にてアイテムの錬成をしている。

「……⁉︎ ミミリ⁇」

 ゼラもうさみも目を疑った。

 ミミリは戦闘の最中、敵対心(ヘイト)が自分に向いていないことをいいことに、【マジックバッグ】から釜と踏み台を出し、なにやら錬成に勤しんでいたようだ。

 大胆不敵、としか言いようがない。

「できた~‼︎ ……錬成完了、回収‼︎」

 一心不乱に錬成していたミミリの表情はパァッと華やぎ、興奮気味に少し頬を紅潮させて、ミミリは錬成を終了させた。

 ミミリが「回収」と言うやいなや、ミミリが右手に持つ小さな小瓶に、錬成された何かが吸い込まれていった。
 ミミリの顔は真剣そのもの。しかし、挑戦的な表情も垣間見える。

 ミミリは踏み台からピョンッと降り、右腕を肩から大きく振りかぶって、
「うさみ! 魔法解いて!」
 と言いながら、大きな木目掛けて勢いよく小瓶を投げた。

「エッ⁉︎ わかったわ! 守護神の庇護、解除!」

 ドームが消えたと同時にミミリの小瓶は睡眠(スリープ)蝶(フライ)たちを掻い潜って、大きな木に投げ当てられた。

 ……パリィン!

 小瓶は割れ、中の液体が木にビシャッとかかる。

【魅惑のはちみつジュース(試作品) 魅惑度(??) 体力・MP回復(??) 追加効果:はちみつの甘い香りと魅惑のスパイスの魅惑的な香り、多様な色彩で視覚•嗅覚が刺激される】

 ミミリは小悪魔的にひと笑い。

「ミミリ特製の【魅惑のはちみつジュース】召し上がれ?」

 ……キュルキュルッ!

 ドームから逃げおおせていた睡眠(スリープ)蝶(フライ)も含めて、一斉に【魅惑のはちみつジュース】目掛けて血眼で飛びかかった。

 蝶が花の蜜を吸うように、睡眠(スリープ)蝶(フライ)も大きな木にむしゃぶりつくかのように集(たか)って、口から長く赤い舌のようなものを出し、無我夢中で吸い始めた。甘い汁を味わえていない睡眠(スリープ)蝶(フライ)は我も我もと間を割って押し入ろうとし、大きな木にすべての睡眠(スリープ)蝶(フライ)が集約された。

「……ごめんね? いっくよ~! えーーーーいっ!」

 ミミリは手のひらからややはみ出した大きさの何かを蝶が群がる大きな木に向かって投げ、瞬時に屈んで両耳を抑え…た。

「みんな、耳、塞いでね?」

「ーーーー‼︎ まさか‼︎」

 うさみたちもすかさず、屈んで両耳を塞ぐ。

 ……ドオオオオオオオオオォォォンンンン‼︎


【弾けたがりの爆弾 普通 火力(小)】


 その名のとおり、睡眠(スリープ)蝶(フライ)たちは弾け飛んだ。
 おまけに、大きな木を道連れに。
 大きな木の幹は大きく抉(えぐ)られ、支えきれなくなった幹は勢いよく倒れ始めた。

 ……ガサガサ……ズウウウゥン‼︎

 周りの木々を薙ぎ倒し、大きな木は大仰に倒れた。


 ミミリたちは、
 ・睡眠(スリープ)蝶(フライ)の矢
 ・睡眠(スリープ)蝶(フライ)の鱗粉
 を手に入れた。

 ミミリは右の手のひらにじんわりとかいた汗を見て、ギュッと強く拳を握った。

 ……うん。私、成長してる‼︎

 一間置いて、ミミリはうさみたちに、輝く笑顔を見せた。

「やった~! 討伐成功~‼︎ すごくすごく嬉しいよ! 錬成で狙った効果が出せたのと、モンスターを討伐できたことも! 本当に、本当に嬉しい‼︎」

 興奮覚めやらぬまま、ミミリはアルヒたちに弾む口調で思いの丈を吐き出した。ワンピースの猫のしっぽはブンブンと揺れ、まるで褒めてもらうのを待つ子猫のよう。

「すごいじゃないミミリ!」
「素晴らしい即興錬成と錬成アイテムでしたよ」

 喜ぶミミリを囲み、うさみとアルヒも自分のことのように喜んだ。

 それもそのはず。

 フォローとアシストがあったとはいえ、ミミリは数多のモンスターをほぼ一人で仕留めることができた。
 魅惑草の一件も含め、間違いなく今回のMVPだ。
 ミミリは本当に嬉しそうに目をキラキラと輝かせている。


 輪から外れて一人、ミミリと同じ舞台に上がることができなかったゼラは、スポットライトを浴びるミミリを見ながら立ち尽くした。

「これが、俺とミミリの実力差か……」
 とボソッと呟いて、拳を握り、俯いた。

 悔しさと虚しさ、そして羨望。複雑な思いが、ゼラの胸中に渦巻いた。

「……でも」

 自嘲気味にクスッと笑う。

「ここで腐ってちゃ仕方ないよな」

 ゼラは切り替えて輪に参加した。

「おめでとう、ミミリ! すごかった!」

 ゼラは、ミミリの頭を優しく、ポンポンと撫でる。
 褒めてもらえたミミリは嬉しそうに顔を赤らめ、ちょっと照れてゼラから視線を逸らした。

「……エヘヘ。ありがとう。みんなのおかげだよ。特にゼラくん」
「え? 俺?」

 ミミリは逸らした目をゼラに戻して話を続ける。

「そう! ゼラくんが睡眠(スリープ)蝶(フライ)に魅惑のスパイスを投げたおかげで、新しいレシピが思い浮かんだんだよ! ありがとう!」

 ミミリは顔を蒸気させ、ゼラに心からの感謝の意を伝える。

 落ち込むゼラへの気遣いか、それとも含みのない本心か。

 ……恐らく後者だと、ゼラは受け取った。

 それは、落ち込んで心を痛めたゼラへの、最高の治療薬。

「優しいな、……ありがとう、ミミリ。俺も頑張るよ」
「うん? 私も頑張るね! 一緒に頑張ろう!」

 ゼラはミミリを見て少し悲しそうにクシャッと笑い、ミミリはゼラへ、屈託のない笑顔を向けた。


「……ところでよ? 今日の野営地どうする…?」

 うさみは睡眠(スリープ)蝶(フライ)のドロップアイテムを拾いながら、荒れた窪地を溜息混じりに見遣った。

「……! あ、ははは~。忘れてたね。もう、ここでいいかなぁ」

 ミミリも同じくドロップアイテムを拾いながら、うさみの言葉で野営地探しをしていたことを思い出し、夕暮れ空を仰いで答える。

「窪地だし大きな木は倒れてるし、適した野営地かと言われたら違うかもしれないけどな」
「ここで切り上げて準備をしましょうか。荒地とはいえ、樹間よりはマシでしょう」

 逢魔が時。
 喜びも憂いも感恩も。それぞれの想いは黄昏に溶け。

 ミミリたちは、ここで野営の準備をすることにした。


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