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第1章 まだ見ぬ世界へ想いを馳せる君へ

1-28 輝く夜明けと家族写真と

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「……あれ? ポチ、来てくれてたんだな。ミミリ、交代するよ! お疲れ様」

 ーー時は未明。

 寒空の下、ゼラは超大型犬(ポチ)と一緒に焚き火の炎に当たる小さな背に話しかけた。
 ゼラは暖かい寝袋から出たばかりなので、外気の寒さにブルッと震える。

 ポチは聴こえないフリだろう。
 ポチは背を向けたままだが、ゼラはポチの耳がピクッと動いていたのを見逃さなかった。

 ……まぁ、ゼラに対するポチの態度はそんなもの。想定の範囲内だ。

 でも、ミミリは?

 ミミリは猫のしっぽをくねくねと動かして、前屈みになり、何かに熱中している様子。

「……ミミリ?」

 もう一度ゼラが話しかけると、ミミリは初めて気がついたのか、
「ハッ、ハイィ‼︎」
 と背筋もしっぽもピィンと伸ばして、驚いたように返事した。


「あ、あはは……、ゼラくんかぁ。びっくりしたぁ!」

 ゼラに気がついたミミリは「何か」を【マジックバッグ】の中に急いでしまう。ゼラから「何か」を隠したい一心で。

「ど、どうしたの、ゼラくん。交代の時間にはまだ早いよ?」

 焦ったミミリのうわずる声に、ゼラはクスッと笑う。

「大丈夫、詮索しないよ。誰だって、言えないことの一つや二つあるもんな」
「あ、ありがとう……」

 ミミリは、はにかみながらも若干気まずそうにお礼した。

「ところで、どうしたの? ゼラくん、目が覚めちゃった?」

 ミミリは、大きく背伸びするゼラを見上げて問いかける。

「……ん~! よく寝た! そうなんだよ、すっごくよく眠れてさ。自主練も兼ねて、起きようかなって。だからさミミリ、交代するから休んでくれ」

 ゼラの申し出をミミリはありがたく感じるが、犬猿の仲のポチとゼラが少し心配になった。

 ゼラは意識していないようだが、ポチはあからさまに不機嫌そうにしている。
 しっぽを力強く地面に当てて、パタン!ペタン!と大きな音を出している。

「大丈夫、ポチの邪魔はしないよ。 俺は剣の素振りをするからさ。……それにさ、ポチ? そんなに不機嫌そうにしていたら、ミミリが心配して眠れないだろ?」

 ゼラはポチに軽く注意する。
 するとポチは反省したのか、しっぽを地面に打ち当てるのをやめて、クゥンとひとつ、悲しげに鳴いた。

 しょんぼりするポチの前脚に、ミミリはふわっと抱きついて、
「ポチ、今日は来てくれてありがとうね。おやすみなさい、大好きだよ。」
 と穏やかな広い心でポチを受け止めた。

 ポチはミミリの気遣いで機嫌を取り戻し、ブンブンとしっぽを振って喜んだ。

「……そうだ!」

 去り際に。
 ミミリはゼラに、アルヒに頼まれた言付けを伝える。

「ゼラくん、夜明け前に出発するって。だから今日はゼラくんが最後の火の番の人かな? みんなを起こすの、よろしくお願いします」
「わかった、どこかに行くんだな?」
「うん、ガラスの砂を取りに行くんだ!ゼラくん、ポチ、おやすみなさい!」

 暗闇に、晴れた空の瞳をキラキラと輝かせて、ミミリは小屋へ入って行った。

 ミミリが無事に小屋へ入るのを見届けたゼラは大きく息をフーッっと吐いて。

「さっ、気合い入れて、自主練するか!」



 ーー黎明の薄い光を感じながら、ミミリたちはガラスの砂の採集作業のために、野営地、森の窪地を後にした。

 ポチとは一旦解散をして。
 昨日に引き続き、ミミリたちはモンスターと出会いにくい木の間を縫って進んでいく。

 ……自意識過剰かもしれないけれど。

 ミミリは後方の視線が気になって仕方ない。
 あの、しっぽマニアの。

 ミミリはチラッと後ろを振り返り、予想が的中しているかを確認する。

「~! やっぱり~! ゼラくん、しっぽ見ないで~‼︎」

 予想どおりの結果に、ミミリはしっぽを抑えて抗議する。

「まぁたアンタ、ミミリのしっぽ見てたわけぇ?」
「……あぁゴメンゴメン。そうなんだよ」

「ーー‼︎」

 ミミリもうさみも、これは予想外だった。まさかゼラが否定しないとは。
 ゼラは悪びれもせず、泰然たる態度で理由を説明する。

「だってさ、ミミリのその衣装、初めて見たから。…それだろ? アルヒさんが新しくミミリのために手直ししてくれた衣装って」

 ミミリの新しい衣装、【ピギーウルフのセットアップワンピース】。

 上はピギーウルフを模した耳付きワンピースのパーカータイプ。スカートは白のフリル付き膝丈スカート。もちろん、新衣装にもピギーウルフのようなしっぽがついている。
 ミミリの感情に合わせて揺れるしっぽは、【白猫のセットアップワンピース】と同様なようだ。

 ミミリは嬉しそうにその場でクルッと回ってみせる。

「うん、そうなの。すごくあったかいし、毛もピンク色で可愛いなあって」

 そうだよな、とゼラは続けて驚きの発言をする。

「うん、俺も思うよ。だからさ、しっぽっていうより新しい衣装を着たミミリを見ちゃってたんだよ、ゴメン。ミミリみたいに可愛い子って何を着ても似合うんだなって思ってさ。とっても似合ってるよ、ミミリ」

 ミミリはゼラの発言に、瞬時に顔を赤らめて背を向ける。
 興奮と動揺で、しっぽをボンッと大きく膨らませて。

「あああああありがとうゼラくん」
「お礼だなんて、本心だからさ」

「~‼︎ ひえぇぇ」

 ミミリは耐えられなくなって、両手でギュッと自分の頬を抑えた。

 臆面もなく率直に褒めるゼラにうさみは、
「今度から、ゼラのことスケコマシって呼ぼうかしら」
 と、敢えて聞こえるような声量で話した。

「……⁉︎ スケコ……マシ……⁉︎⁉︎」

 さすがにゼラも、このあだ名は全力で否定する。

「コシヌカシのほうがマシだから!」


 アルヒはふふふ、と優しく笑う。

「ゼラ、ミミリと新しい衣装を褒めてくださるのは嬉しいですが、一旦切り替えましょう。着きましたよ!」

 全員に目的地への到着を告げた。



 森の奥深く、山陵が眼前に広がる頃。

 山陵の一部の苔むした岩肌から、清流が優しい滝となって翡翠色の滝壺に吸い込まれるように落ちてゆく。
 滝壺を囲むように大小の灰色の石が芸術作品のように並べられ、さらにその周りを色彩豊かなガラスの砂が囲んでいた。
 陽の光が木漏れ日となってあたり一面に差し込んで、ガラスの砂に反射してキラキラと眩く光り輝いている。

 ーー輝く夜明け。

 ミミリたちは「ガラスの砂地」で記念すべき初めての朝を迎えた。


「さぁ、今日の朝食はこちらで食べましょう。腹ごしらえが済んだら、ガラスの砂を採集しましょう」

 ……サクッ、サクッ!

「わぁぁ! 踏むと音がする~!」
「ほんとだ! それに、魅惑のスパイスとはまた違った色の輝きで綺麗だな」

 アルヒの声は耳に入っていないようで、ミミリとゼラは夢中になってガラスの砂を踏む感触を楽しんでいた。

「……ちょーっとアンタたち! 転んで怪我しないようにしなさいよっ!」

 と言ううさみもうずうずしていて、しっぽを我慢できなそうにふるふると震わせている。

「ちょっとミミリ! こっち来て抱っこしてそっちに連れてって~!」
「はいはーい!」


 ミミリたちを少し離れて見守るアルヒ。

「……この時が、永遠に続いてほしいと思うのは、許されることのない私のわがままですね。…せめて貴方たちと過ごした大切な時間を私の心に深く刻みましょう」

 アルヒはそっと、憂いを帯びた瞳を閉じて。

 ミミリたちが楽しく過ごす場面にシャッターを切り、胸の中に焼き付けた。


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