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第1章 まだ見ぬ世界へ想いを馳せる君へ

1-36 雷電石の地下空洞に住まう主

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 ……グォォォ!グオオォォォォ‼︎

 呻(うめ)き声なのか、唸(うな)り声なのか。

 雷電石(らいでんせき)の地下空洞の主がこの大きな扉の向こうでこの声を発しているのだろうかと考えただけで、ミミリたちの恐怖心は掻き立てられた。

「なんて声の大きさ……‼︎ この大きな扉に、見合った身体の主ってことよね⁉︎ ……ちょっと待って! 私の探索魔法に何もひっかからないんだけど!」

 うさみの疑問に、アルヒが答える。

「これは可能性ですが……。ゼラが初めてこの地に来た時、【忍者村の黒マント】を装備していたために探索魔法に感知されなかったことがありましたね。また同じような「何か」が作用している可能性や、若しくは気配を完全に断つことのできる圧倒的強者か……。今回の件、前者については分かりかねますが、後者については間違いなくそうです」

 うさみは、渋い顔をした。

「なる……ほど……ね……。結構、自分の力が強いと自負していたけれど、所詮私も井の中のうさぎってことよね」

 うさみは視線を地に落として、ボソッと呟いた。

「うさ……」

 ミミリが肩に手を添えようとうさみに手を伸ばした時、ギュンッと勢いよく顔を上げたうさみの耳とミミリの手が接触した。

「わぁっビックリした!」

 思わず声を上げるミミリ。

「あぁ、ごめんごめん、急に顔を上げて。ちょっと私、たぎっちゃってぇ‼︎」
「たぎる?」
「そっ! 私の不屈の精神が、負けてたまるか~ってたぎってるの! 熱き血潮、湧き上がる闘志~‼︎ って感じ。やってやろうじゃないの!」

 うさみの背景に紅き炎が見える気がする。

 ふはっ、とゼラは吹き出して、
「うさみのそういうところ、すごくカッコイイよ!」
 と熱いエールをうさみに贈った。
 ミミリもアルヒもクスッと笑う。

「うさみのおかげで、私も頑張らなきゃなって気持ちになれたよ!」

 ミミリは【マジックバッグ】の中から木のロッドを出して、力強く握った。

「それでは、心の準備が整ったところで参りましょうか」

 ミミうさ探検隊のスーパーバイザー、アルヒ監督官は出発を促した。


「ミミうさ探検隊の我らがミミリ隊長、作戦のほどはいかがされましょう」

 ゼラは茶目っ気たっぷりに質問する。

 ミミリは、うぅ~んと唸ってから、
「臨機応変、『バッチリがんばれ』かな?」
 と、ミミうさ探検隊に作戦を指示した。

「じゃあ、行こう!」

 ミミリ隊長は、隊の出発を元気たっぷりに号令した。
 号令のもと、ミミうさ探検隊は大きな扉と対峙する。

 ーーいざ挑まん。雷電石(らいでんせき)の地下空洞の主ヘ‼︎


 ……ゴンゴン……!

 扉を押し開けて入っていくのかと思いきや。

 ミミリは重厚な黒の扉を、礼儀正しくノックした。
 念のため【絶縁の軍手(グローブ)】を装備したうえで、そして慎重な面持ちで。

「うぅ~ん、返事がないなぁ」

 うさみとゼラは、ミミリ隊長の突飛な行動にに半ば拍子抜けしている。

「あの~、た、隊長? 確認だけど、もしかして扉をノックしました?」

 ゼラ隊員は、ミミリ隊長の意図が分かりかねて、率直に真意をお伺いすることにした。

「うん、そうだよ? だって急に入って来られたら、誰だってビックリするでしょう?」

 うさみ副隊長もミミリ隊長に自身の思いを打ち明ける。

「そりゃ、そうだけど……。私のイメージではよ? ここは世で言うところのダンジョンってヤツなんだろうから、ボス戦ともなれば、扉をゴゴーッと開けたらたちまち、うおぉ~ってダンジョンのボスと生殺与奪権をかけた血みどろの争いを繰り広げてさぁ!」
「俺もそうかと思ったけど……」

 ゼラもうさみに同意する。

 ミミリは2人の意見を聞いたうえで、唸(うな)りながら冷静に思いの丈を語った。

「うぅ~ん、でも……。この中の主が悪者だって決めつけるのは良くないんじゃないかなぁ。だって私たち、この地下空洞に勝手に住まわせてもらってるんだよ? ここに元から住んでる人からしたら、私たちが侵略者だよ。なのに突然扉をこじ開けて、突然襲い掛かっちゃうの?」

 ミミリ隊長の持論は正論だった。

「確かにね……」

 うさみはもう、これ以上反論する気になれなかった。


「あのさ……」

 ゼラは冷や汗をかきながら、気がついてしまったことを口に出した。

「さっきまで聞こえてた、唸(うな)り声みたいなやつ、聞こえない気がするんだけど……」

「ーー‼︎」

 うさみは驚いてその場でピョンッと跳ねてしまった。

 しかしミミリは動じずに、
「私たちに気がついたのかな。もう一度、ノックしてみよっかぁ」
 と提案した。

 ミミリの提案を実行する前に、辺り一面に低い声が響き渡る。


「……面白い生き物たちよ。入るがよい」


 ……ギギギギイィィィ!

 大きな扉が、軋む音を立てて自然と開いていく。地を削って、土埃を舞わせながら。

 舞う土埃で、ミミリたちの視界は遮られる。思わず腕で鼻と口を覆うが、それでも土臭さが鼻腔を通り抜けた。


 舞う土埃が落ち着いて、徐々に視界が晴れてきた頃。今度は別の原因で薄目を開けることしか叶わない。


 ……原因は、圧倒的な、その、眩しさだった。

 両開きの扉が奥へと開かれたその先で、待ち受けていたのは雷電石(らいでんせき)の地下空洞の主。その正体は。


 ーー雷電石(らいでんせき)の輝きに負けないくらいの眩い輝き放つ鱗を持った、黄金色のドラゴンだった。


「どうしたのじゃ、人の子らよ。せっかく許可してやったのだ。もっと近う寄らんか」

 ドラゴンは、長い首を持ち上げて、扉の内側からミミリたちに話しかけた。

 輝く黄金色の鱗に、逞しい手脚。手脚の先には、漆黒の鋭い鉤爪。長い尻尾も鱗で覆われ、部分的に鱗を逆立たせている。
 鋭い鉤爪の斜め前あたりには、この輝く雷電石(らいでんせき)の部屋と黄金色の鱗にそぐわない、木で造られた丸い入れ物が1つ、無造作に転がっている。
 ミミリはそれに、ひどい違和感を覚えた。

 ドラゴンの身体の内側は、少しくすんだ灰白色(かいはくしょく)の鱗で覆われ、背からは筋張った大きな翼が2つ生えていた。
 鼻先からは長細い2本の髭が生え、天井を向いた3つの大きな角が鼻筋に沿うように並んでいる。

 黄金色のドラゴンは、やはり大きな扉に見合うほどの体躯を持ち合わせており、黄金色の鱗に映える紅の鋭い瞳で、ミミリたちを食い入るように見つめていた。

 絶対的な強者による、圧倒的な存在感。

 うさみもゼラもその場にただ立っていることが精一杯だった。

 ……しかしミミリは。
 導かれるまま、扉の中へ足を進めていった。

 ただ、扉が開かれた奥との境界線、その一線を越える前には、ペコリとお辞儀もして。

「お邪魔します」

 と、挨拶も欠かさなかった。

「グワッハハッハハッハ!」

 ミミリの礼儀正しい所作がお気に召したのか、それとも予想外の行動でドラゴンのツボにハマったのかは定かではないが、地響きにも似た笑い声が地下空洞に響き渡った。

 皮膚にビリビリと鈍い痛みを感じる。
 ドラゴンの笑い声は、雷電石(らいでんせき)にも似た雷の属性を感じる。
 笑い声の音波に乗って、痺れる電流が皮膚に届いたようだった。

「して、小娘よ。そなた何用で此処(ここ)へ参った。……はて。そこの緑のは覚えがあるのう。久しいのう、緑のよ」
「お久しぶりでございます」

 緑の、と呼ばれたアルヒは穏やかに会釈した。

 ミミリは絶対的強者に臆することなく、ドラゴンの目を見て受け答えする。

「初めまして。私はミミリ。見習い錬金術士です。この地下空洞には、雷属性の習得のため、そして雷電石(らいでんせき)を採集するために訪れました。……ごめんなさい。貴方の許可なくここに住んで、いくつか雷電石(らいでんせき)も貰ってしまったの。何か代わりにお詫びできたらいいんだけど……」

 臆することなく対峙する見上げた態度に、ドラゴンはミミリを「愛(う)い小娘じゃ」と高評価した。


 ……一方で。

 黄金色の鱗をもつドラゴンは、未だに扉の中へ入って来ずに呆然と立ち尽くしているゼラとうさみに鋭い視線を送ったのちに、

「グオオオオオオオォォォォ‼︎」

 と、大きな翼を広げながら、咆哮を放った。

 地下空洞に響き渡る、ドラゴンの咆哮。

 ゼラとうさみに突如放たれたそれは、雷を帯びた超音波のようなものだった。

「ーー‼︎ 危ない!」

 ゼラは、咄嗟にうさみを庇うように抱きかかえ、ドラゴンに背を向ける。

 「うわあぁぁ‼︎」

 ドラゴンの咆哮は、超音波のようなものだったはずなのに。
 ただひたすらに、熱かった。
 まるで、熱を帯びた鋭利な刃物で幾重にも切り刻まれていくような感覚。

 ゼラは着衣だけでなく皮膚が裂かれて、背に入った何筋もの傷口から一瞬のうちに血が噴き出した。

「クッ! うぅぅ……」
「キャアアアァァ! ゼラ! ゼラァッ‼︎」

 ゼラの腕の中で、うさみは悲鳴を上げている。

 ゼラとうさみを見下して、黄金色のドラゴンは高圧的に語る。

「わしは礼儀のなっていない童(わっぱ)は好かん。もともと眠りを妨げられて気が立っておるんじゃ。愛(う)い小娘に免じてこの程度で勘弁してやるが、そうでなければ喰い殺しておるところじゃ!」

「どうか、お鎮まりください!」

 アルヒはゼラを隠すようにドラゴンとの間に割って入った。
 そしてミミリは、急いでゼラたちに駆け寄ろうとする。

「ーーゼラくん……‼︎」

 ゼラは、こちらへ向かうミミリに向けて、手のひらを突き出して静止させる。
 そして、流れる血と皮膚の裂ける痛みに耐えて、ドラゴンへ向き直して膝をついた。

「申し遅れまして、大変失礼いたしました。私はゼラ。こちらはうさみです。この地へは、私の雷属性の習得を主な目的として参りました。責は私にあります。どうか、私以外へは寛大なご配慮を賜りたく存じます」

 うさみもゼラを見習って、ペコリとお辞儀をする。

「私はうさみ。ミミリのぬいぐるみです。礼を欠いて気を害したことは謝りますが、何もいきなり攻撃することはないんじゃないの? ……と言おうと思いましたが、さっきまで私は貴方に突然危害を加えるつもりだったので何も言えません。でも、文句を言われようが、この子の治療はしますからね! ……癒しの春風!」

 ゼラの傷口はたちまち癒えてゆく……が、塞がる傷口に痛みを感じ、ゼラは苦悶の表情を浮かべた。

「グゥッ……!」
「ごめん、我慢して!」

 ゼラはドラゴンの許しを得るまで顔を上げる気はなかったが、うさみはそうではなかった。
 ゼラを傷つけた許し難い行為に対する抗議と恨みを、絶えず視線で訴えている。

 ドラゴンはうさみに睨みを返すが、うさみは視線を逸らさない。

 ドラゴンはフンッと笑って、
「うぬら、なかなかに見上げた根性じゃの。わしは勝ち気な者は嫌いではない。遠慮なく近う寄れ」

 と言って、広げた翼を再び収めた。

 ゼラは深々首を垂れて、謝意とともにうさみの手をひいて歩いた。

「行こう、うさみ」


 雷電石(らいでんせき)の地下空洞に住まう主、黄金色のドラゴンと。ミミうさ探検隊の邂逅(かいこう)は、果たして吉と出るのか凶と出るのか。

 求められるは礼儀と度胸。

 吉兆どちらへ転ぶのかは、ミミリたちの行動に委ねられた。

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