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第3章 人と人とが行き交う街 アザレア

3-0(序章)ある街の門番を務める男の話

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 俺の名前はバルディ。
 19歳の弓使いだ。

 今俺は、ちょうど「アザレア」の門番の任務にあたっているところだ。今日も俺は、大先輩のガウラさんと組ませてもらってる。

 ガウラさんは、俺が尊敬してやまない凄腕のタンクだ。昔、冒険者として名を轟かせていたらしいんだけど、娘さんの結婚を機に冒険者を廃業して、今は門番をメインに生計を立てているらしい。

 元冒険者としては気難しいほうになるのかな? とても寡黙でめったに口を開かない。今も目を閉じて、背の高いガウラさんがすっぽりと隠れるくらいの大きな盾を持ってじっと立っている。

 ……あ、と言っても寝てるんじゃないぞ? なんていうか、精神統一ってヤツなのかな。

 隣にいる俺は、ガウラさんの殺気にあてられそうになるくらいなんだ。どんな外敵が現れても、この殺気で怯むんじゃないか、俺はそう思ってる。

 革の胸当てで抑えきれないほどの溢れる筋肉に、寡黙なところ。それでいて人情味が溢れるところも、人を惹きつける魅力なんだろう。ガウラさんは、老若男女から好かれている。奥様方にも隠れファンが多いみたいなんだ。かくいう俺も、その1人。

「……バルディ、集中しろ」

 ホラな、こういうところが好きなんだ。
 ガウラさんは薄目を開けて、俺に一瞥をくれてからまた瞳を閉じた。
 ダメなことはダメだとしっかり注意してくれる。まだまだ頼りない門番の俺を、成長させようとしてくれているんだ。それに1人の男、「バルディ」として接してくれるところも俺がガウラさんを慕う理由の1つだ。

「……バルディ!」
「ハイ!」

 ……やべ、ガウラさんに見惚れすぎた。

 俺は大きく深呼吸して、門番の任務に集中する。俺は門番の任務に誇りを持っているんだ。
 愛するこの街を守りたい、そんなありきたりな気持ちだけで任務にあたってるわけじゃないんだ。
 俺には、何に代えても成し遂げたい、目的がある。


 ――ゴーン、ゴーン!
 街の中から、正午を知らせる鐘の音が聞こえてきた。俺は今一度気を引き締める。これから忙しくなる。集中しないとな。

 今日の俺の任務は、まだ始まったばかりだ。

◆ ◆ ◆

「身分証!」
「ハ、ハイ!」

 強面のガウラさんに気圧されて、御者台に座って幌馬車を操る羽振りの良さそうな中年の男性が焦って懐から身分証を取り出そうとしている。見たところ、商人だろう。2頭の馬が牽引する大きな幌馬車にはたくさんの商品が乗せられているはずだ。
 後ろを見ると検分待ちの列がすでにできているから、手際よく済ませなければならない。

「お荷物検分させていただきますね」
「あぁ、頼むよ。それにしても、暑いねぇ」
「えぇ、本当に」

 御者台の男に軽く断りを入れてから、荷物の検分をしに馬車の後面へ向かった俺は、同行していた護衛から商品リストを手渡された。

「よっ! 元気かバルディ! 今回は幸いにもモンスターに遭遇しなかったからな。合間をみてまとめといてやったぜ! 漏れはないと思うけど、まぁ、中までしっかり見て確認してくれよ。親しき中でも仕事は仕事。俺が不正してないか見てもらわないといけないからなぁ!」

 言いながら豪快に笑うコブシさんは、この街に居を構えるC級冒険者だ。年齢は20台半ばぐらいだろうか。長い赤髪を無造作に後ろで束ね、褐色の肌に深い緑色の瞳という、いかにもモテそうな風貌の男性。実際女性ファンも多くいるので名実ともに正真正銘のモテ男だ。
 ただ残念なことに、女性を虜にする緑の瞳は今は片目のみ。少し前に、モンスターに片目をやられてしまって今は眼帯をして傷の悪化を抑えている。

「助かります! コブシさん!」
「いーってことよ!」

 これだけの荷量の検分は本来時間がかかるものだが、コブシさんのおかげでそこまで時間をかけずに終えることができた。早速ガウラさんに報告をし、幌馬車を無事に街の中に通せることとなった。

「お疲れ様、ありがとうねぇ。それは頑張っている君にささやかな差し入れだよ。レモン水さ。暑いから水分補給しながら仕事するんだよ。倒れないようにねぇ」
「……あ、ありがとうございます!」

 去り際に、御者台の男性から革袋に入った差し入れをいただいた。俺はありがたく受け取って、街の中に入っていく幌馬車に向かって深くお礼をする。顔を上げると、幌馬車の荷台に腰掛けたコブシさんが手を振ってニカッと笑っているのが見えた。
 応援してもらえるのが嬉しくて、胸がじんわり熱くなる。

「……バルディ、次だ」
「ハイッ!」

 後ろへ長く続く検分待ちを見ても全然心が折れないのは、たまに訪れる、こういった優しい出会いがあるからだ。

◆ ◆ ◆

 ここ、アザレアは「人と人とが行き交う街」。

 他の街とのちょうど中心にあるという好条件な立地を活かして、流通拠点のような役割を果たす街でもある。それゆえ、不特定多数の商人や冒険者がこの街に出入りするということもあって、門番の役目は非常に重要だ。

 怪しい積荷はないか、身元の知れない者ではないか。俺たち門番の審査を経ないと、誰であっても街の中に入ることができない。

 まぁ、アザレアも含めた周辺の街では、自分の産まれた街を出る時には何歳であっても身分証を作成して携帯するよう義務付けられているから、身元の知れない者なんてそうそういないんだけどな。

 そう、身元の知れない者なんて、ならず者かよっぽど訳アリな人間くらいだ。


「お疲れ様、最近はモンスターがよく出るって言うし、身体に気をつけるんだよ」
「ありがとう。おじいさん。おじいさんも、身体に気をつけてくださいね!」
「ありがとさ~ん」

 乗り合い馬車から降りたおじいさんは、年輪のような顔の皺をクシャッと歪ませて、長く白い髭を触りながら、木の杖をついて街の中に入っていった。

「……バルディ、涙拭け!」
「――! ハイ!」

 俺はどうにも、ああいった御年配の方や幼子には弱いんだ。勝手に涙が出てきやがる。

 ――!
 ――――‼︎

 さっきから気になっているのだが、なんだか列の後ろの方がどうにも騒がしい。

 ……ケンカか? それとも何かのトラブルか? ガウラさんに断って、この場を一旦離れて列の後ろを確認してくるか。
 
 話しかけようと思ってガウラさんに近づいた俺は、逆にガウラさんから大声で指示を出された。

「バルディ! モンスターがくるぞ! 閉門だ! 笛を鳴らせ! 中の連中に知らせるんだ!」
「――!」
「ボサっとすんなぁ!」

 ――ピイィィィィ‼︎
 ガウラさんの再びの指示で我に返った俺は、笛を鳴らしながら両腕を開いて中に押し入ろうとする旅人たちを堰き止める。

 ――ギイィィィィ!
 アザレアの大きな入り口の門を閉める音。
 俺の背後で、街に入れる唯一の門扉は閉められた。これは、街を守る苦肉の策。未だ外にいる旅人たちには申し訳ないが、混乱に乗じて街の中に入ろうとする不届き者の可能性も否定できないため、未検分の者を招き入れることはできない。

「キャアアアァァ!」
「そんな、入れてっ! 入れてください!」

「お気持ちはわかりますが、私たち門番が貴方たちをお守りしますから、なるべく私たちの後方へ、街の壁面へお寄りください!」

 俺が門番の任務に着いてから初めて起こったモンスターとの遭遇エンカウント。よりにもよって、まだ未検分の旅人たちが十数人はいる。いつこんな日が来てもいいようにと、脳内シュミレーションは欠かさなかったというのに。いざ、鉢合ってみると、足の震えが止まらない。

「バルディ、構えろ。この気配、おそらくピギーウルフだ。それに、2体もいやがる」
「――!」

「ピギーウルフですって⁇」
「そんな……」
「あぁ、神様……」

 背後で、啜り泣く声すら聞こえてくる。俺も自分の耳を信じたくないくらいだ。
 
 そりゃそうだ。あの、ピギーウルフだと?
 C級冒険者が2人がかりで1体を倒すと言われている、あの、ピギーウルフ? しかも、こんな街中に⁇ 俺なんて、まだ図鑑でしか見たことがないのに。

 俺は最低ランクのD級冒険者。大先輩のガウラさんだって、元B級冒険者だ。俺の浅はかな知識だと計算違いかもしれないが、『(D級1人+B級1人)÷2=C級2人』だ。どう考えても、この闘いは……。

「こりゃあ、分がちと悪いが。そのうち中から何らかの形で応援が入るだろ。粘れよ、バルディ」
「……ハイ!」


 ――!
 ――――!


 またもや、俺の背後からざわざわ声がする。しかもこんな時に何かの打ち合わせをしているようだ。 しかもまさかとは思うが、子どもの声か?

「バルディ! 来たぞ! 気を抜くな!」

 ――ピンク色の毛をした狼が2体。
 遠くの森から勢いよく駆け出してきた。
 俺の記憶が正しければ、狼の姿は既に凶暴化している証拠のはずだ。

「ウオオオオオオオ!」

 ガウラさんは、俺の耳をもつんざく雄叫びを上げて盾を構えた。おそらく敵対心ヘイトを一身に引き受けてくれる気だろう。
 迫ってきたピギーウルフは、一瞬にしてガウラさんまで距離を詰めてきた。

「グウウゥ! こりゃ、キツイ。バルディ! 俺ごと射抜いても文句は言わん。打って打って打ちまくれ!」
「クソッ……」

 俺は心が揺れながらも、門番という責務を果たすべく背中の矢に手をかけた。


 ――その瞬間、俺は目を疑った。

 背後から飛び出してきたんだ。
 2人の子どもたちが。
 白色の猫耳フードのワンピース姿の女の子と黒いマントを身につけた金の短髪の男の子だった。

「うぅぅぅ……、怖いけど、気をつけながら頑張ってみよう!」
「うん、俺が先頭を行くから、ミミリたちは後方支援を頼むな?」
「えぇ、もちろんよ! 気をつけてよね、ゼラ」
「了解!」

 俺はすかさず、矢に手をかけるのをやめて、子どもたちへ手を伸ばす。

「コラ! 前に出るんじゃない! 危ないから、後ろで隠れてるんだ! ――え?」

 そう呼びかけた俺は、更に目を疑った。
 飛び出してきたんだ。
 猫耳フードの女の子の懐から、麦わら帽子を被り、深い葉っぱ色のローブを身に纏った、小さな小さな生き物が。背丈は女の子の膝丈くらいだろうか。

「大丈夫よん。十二分に心得ているから。お互いに最善を尽くしましょう?」

 ……あの女の子の膝丈くらいの身長だと、精々1歳半くらいだよな。なのにこんなに流暢に、喋れるもんなのか?

「君、何者なんだ?」
「んまっ! 失礼ねぇ。レディーに質問する時にはまずは自分から名乗りなさいよね!」
「あ、すみません」

「バアアアアァァァルデイィィ‼︎‼︎」

「――! すみませんんんん~!」

 急いで俺は、戦線に復帰した。

 ――でも、俺の出る幕なんか、ありはしなかったんだ。
 信じられるか? あの元凄腕B級冒険者のガウラさんすら差し置いて、子どもたち3人だけであのピギーウルフを倒しちまったんだぜ。しかも見たこともない技の連続でさ。まるで、魔法みたいだったんだ。
 ……おかしいよな。そんなレアスキルを持つ人なんて、お目にかかることなんか滅多にないはずなんだからさ。
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