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第4章 ゼラの過去
4-3 ゼラの過去〜別れと出会い 中編〜
しおりを挟む「おお~い!」
「ああ、串焼き屋の……うちのゼラを知りませんか? 道中、逸れてしまいまして」
父さんは、串焼き屋のおじさんに僕の行方がわからない、と思い込ませる作戦らしい。便乗して母さんも、啜り泣いている。
僕は、思った。
母さんの涙は、嘘の涙ではないと。
きっと僕の安否を心配して泣いているんだ。
父さんや、母さんの気持ちを思うと僕も自然と涙が出てくる……。
でも僕は、我慢した。
僕がここで大泣きしたら、父さんたちの心遣いが無駄になる。
唇をぎゅうっと噛んで我慢する。
血の味がする……。
――泣くもんか!
――泣くもんか!
――泣く……もんか‼︎
僕の手のひらに血が滲んでゆく間にも、串焼き屋のおじさんによって会話は進められてゆく。
「そうかぁ……逸れてしまったのか……それは……」
串焼き屋のおじさんは、白目を剥いたまま壊れ狂ったように両手を広げ、
「――――残念だ!」
と声を荒げた。
急に串焼き屋のおじさんの背後から禍々しい紫の炎が立ち昇る。
「「――――!」」
父さんは母さんを後ろへ押しやり……身を挺して短剣を構えた。
「あっ、貴方、どういうこと……?」
「わからない……ただ……気配が……先程の蛇頭の気配がするッ」
串焼き屋のおじさんは、顔を両手で押さえながら上半身を揺らし始めた。
ゆらゆら、ゆらゆらと、振り子のように。
うねうね、うねうねと、蛇のように……!
「――ひぃ~やっハはハハ! よくわかったナァ。アンタなかなか見込みがあるヨォ」
串焼き屋のおじさんは言いながらも、ギュウッと自分の顔に両手の指で爪を立て……顔面がひび割れたように血が滲んでゆく。
「逃ゲテくレ……意識が……のっトラレテしまう前二……」
「……操られているのか⁉︎」
「どうやら、そのようね……」
父さんは、母さんを守るように片手を広げながら、ジリ……ジリ……と後退する。
「そうだ、逃……ガスワケナイダロオォォォォ」
串焼き屋のおじさんは、包丁を背に隠し持っていた。無造作にベルトに挟んでいたのか、既に血にまみれた包丁だった。自身の血か――それとも、誰かを刺してきたのか。
串焼き屋のおじさんは包丁で父さんに切りかかってきた。父さんもすかさず短剣で応戦する。
キィン、と音を立て切り結ばれる刃。
どう考えても、何かがおかしい。
串焼き屋のおじさんに武術の心得があるとは、僕ですら到底思えなかった。でっぷりと太った容姿を見れば明らかだからだ。
……おそらく、蛇頭のモンスターに操られた場合には、身体能力も向上するのではないだろうか。
――父さん……!
――母さん……!
僕は目を閉じることもせず、
音を立てることもせず、
ただただ手を合わせて、
祈りを捧げる。
――神様……!
――女神フロレンス様……!
どうか……!
どうか………………!
父さんは母さんを守ること、そして操られていることを知っているからこそ串焼き屋のおじさんに決定打を放つこともできず、ひたすら防戦一方となった。
――そんな中――――――――――
……空から風と共に悪夢が降り注ぐ……。
――――――ビュウウウウ……
――――ビュウウウウ……
もうすぐ逢魔が時を迎えようとしている頃、空から絶望が降ってきた。
全身、石色。
衣類までも石で作られているような、
女体をした、蛇頭のモンスター。
目だけが怪しく黄に光っている。
モンスターの周りだけ、禍々しく紫の炎を纏っていて妙に明るい。
「まぁったく……、なにやってるんだい。使えないネェ。アンタはもう、用済みだよ」
――バタン……!
蛇頭のモンスターが喋った瞬間、串焼き屋さんのおじさんは、苦しむこともせず、顔面から突っ伏して森の土に顔を埋めた。
「貴方……」
「あぁ……もう、事切れている」
――コトキレテイル?
初めて聞いた言葉だったけれど、僕はなんとなく察した。串焼き屋のおじさんは、……もう……。
「なぁんだい、アンタら夫婦ものかい? アタシは男が操れるのサァ。余興として妻を切ってもらおうかねぇ」
「「――――⁉︎」」
………………なん…………だっ……て…………?
やめろ、やめてくれ!
心の中で必死に願う。
お願いだ!
誰か……誰か……!
これほど自分を不甲斐なく思ったことはない。
なんて僕は……無力なんだ……!
「なんだい、アンタ……。察しのいい冒険者だねぇ」
僕が己の無力さを呪っているうちに、蛇頭のモンスターの落胆した声が聞こえてきた。
父さんは、目を瞑っていたんだ。
――そうか! あの黄色の目で男を操って弄ぶのか……!
「でも、目を瞑ったままじゃあ、アンタの大事な大事な女は守れないワヨォ!
ヒャーッハッハッハッハァ!」
――――そこからは…………。
…………………………。
……………………。
………………。
…………。
そこから僕は、「無」になった……。
◆ ◆ ◆ ◆
父さんたちの言いつけどおり、二日間木の中で夜を過ごした後――――父さんたちの、そして、串焼き屋のおじさんのお墓を作った。
父さんが使用していた騎士の短剣と腰から提げるためのベルトは、遺品として持っていった。
そこから……
あてもなく彷徨った。
あまり記憶にはないけれど、何日間か歩き通しただろう。
運が良かったんだ。
ただただ、運が。
――森を抜けた先に、父さんが言っていた「教会」があったから。本当に運良く、辿り着けたんだから。
僕は教会の扉を叩く寸前で、
落ちゆく意識の中……こう、考えていた。
……どうして……
神は父さんたちを見放したんだ。
僕の運が良かったのなら、父さんたちを、助けて欲しかった……。
この世に神様なんて、いないんだ。
――――――もう、涙も出なかった。
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