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第4章 ゼラの過去
4-9 ゼラの過去〜女神フロレンス様の神の御技〜
しおりを挟む女神フロレンス様は、川下の町の子どもたちの流行り病を回復魔法――癒しの春風であっと言う間に治してしまった。
その間、護衛騎士さんは女神様につきっきりだ。蒼を基調とした鎧に身を包む護衛騎士さん。女神様から一時も離れないというのを見ると、護衛騎士とはなんたるかを学べた気がした。
……ちなみに……。
操られた男たちは、町の外、森の中に埋葬された。
素性が知れない男たち。
哀れといえば哀れだ。
心根がどうだったが定かではないが、操られていたことは確かなんだから。
でも僕としては非常に複雑だった。
父さんと母さんが眠るこの森と同じ森に、男たちの墓もあるっていうことが……。
――そして。
蛇頭のメデューサの行方は、結局わからないままだった。
女神様に言わせるのならば、女神様が使える探索魔法にも蛇頭のメデューサらしき反応はなかったことから、一度操ってしまえば遠隔操作も可能なのかも知れない、ということらしい。
「非常にやっかいな敵だ」
と、護衛騎士さんも言った。
幼いながらに、僕も思う。だって――冒険者の父さんをも手にかけたヤツなんだから。
でも僕は、なんとしてでも、力をつけて。
――ヤツを――蛇頭のメデューサを……必ず、倒してみせる……!
◇
女神様たちは、僕が住む教会まで着いてきてくれた。護衛騎士さんは攫われてきた子、デュランとトレニアを担いで。
もともと川下の町の子ではないとなると、僕のように教会で匿ってもらうのはいい考えかもしれない。
「ゼラ……」
「……シスター!」
シスターは、教会の入り口に膝をついて、天を仰いで祈りを捧げてくれていた。
僕は目頭が熱くなる……。
僕の無事を、心から祈っていてくれたんだ。
「ゼラッ……」
シスターは駆け寄って、僕をギュウッと抱きしめてくれた。シスターの頬から、僕の頬に涙が伝う。
「シスター。遅くなってごめんなさい。薬は……買えなかったんだ」
「……いいのですよ、貴方が無事に帰ってきてくれたこと、これこそ女神フロレンス様のご加護……」
と言いかけて、シスターは顔を上げた。
「貴方がたは……そして……貴方様の気配は……」
シスターは、女神フロレンス様に釘付けになり、咄嗟に膝を折り、女神様の前に膝まづいて両手を組んだ。
「この教会に、女神フロレンス様のご加護を賜われるなんて……感謝いたします」
女神様は、大慌てで両手を振る。
「おやめください。私はそんな大層な者ではございませんので……それより、子どもたちが流行り病だと聞きました。子どもたちはどこに?」
「――! ありがとうございます! こちらです……!」
◆ ◆ ◆
「これは……かなり進行しているわね……」
子ども部屋に着くなり、女神様は呟いた。
僕でもなんとなくわかった。
すごく、危険な状態だということが。
特に、一番最初に発症したサラと、まだ赤ちゃんのユウリだ。呼吸が荒く、顔色も悪く、唇の色が紫色になっている。ユウリなんて赤ちゃんなのに泣く元気すらもうない。
護衛騎士さんは、一言も発さないデュランとトレニアとともに、一旦部屋を出て廊下に待機している。デュランとトレニアに配慮したものだろう、と僕は思った。
突然攫われ、川下の町から移動され、今は教会にいる。まだ幼い子どもにとっては環境が変わり過ぎて刺激が強いはずだ。
シスターは言う。
「女神様、私の癒しの力だけでは、これ以上回復させてあげることができないのです。お力をお貸し願えないでしょうか」
シスターは両手を組み、女神様に懇願した。
シスターの必死の願いに、女神様は笑顔で快諾する。
「ええ、もちろんよ。初めからそのつもりでここへ来たんだもの。…………このくらいの年齢の子が苦しんでいるのを、見ていられないのよね」
女神様は両手を組み、瞳を閉じた。
そして呪文とともに、両手を大きく広げる。
「……癒しの大樹!」
――――パアアアアァァァ!
女神様から、まるで新緑の葉が鈴なりに音を奏でるように、爽やかな青い風が吹き出した。
部屋中を包む、爽やかな木々の香り……。
「心が……洗われるようですわ」
シスターは、恭しく呟いた。
僕は驚き過ぎてなんの言葉も出なかった。
――これが――魔法――。
「あ、あれ……」
先程まで苦しんでいたサラの、キョトンとした声を上げた。
「あれ……苦しくない……シスター? ゼラお兄ちゃん?」
サラは何事もなかったかのように、軋むベッドで上体を上げた。
「サラッ」
「うわぁぁん! うわぁぁん」
「ジン、気持ち悪いの、なくなった」
「シンも~」
泣く元気すらなかったユウリも元気に泣き始め、ジンとシンも、ケロリと治ってしまったようだ。
みんな今まで苦しんでいたのが嘘のように自由に大きく伸びをしている。
「あぁ、女神フロレンス様、感謝いたします」
女神様は拒否したが、シスターは迷うことなく女神様の前に跪いた。
「そ、そんな……! 顔をお上げくださいっ」
――よ、良かった……。
ドサリ、と僕は尻もちをついた。
僕はなんの役にも立たなかったけれど、間接的に大役を果たせたことで、ホッとして足の力がガクリと抜けた。
「本当に、本当に良かった……」
泣きベソをかいてばかりだけど、ほっとして涙がこぼれ落ちた。
「よく頑張りましたね、ゼラ。どうもありがとうございました」
シスターからかけられた労いの言葉。
そして……
「ゼラお兄ちゃんがこの綺麗なお姉さんを連れてきてくれたの? ありがとう!」
サラの笑顔が心に染み渡る。
――良かった、本当に良かった。
「ねぇ、ジン、シン、この綺麗なお姉さんが私たちのこと治してくれたんだって。みんなでお礼言おう! せーのっ!」
「「「ありがとうございましたっ」」」
「どういたしまして……」
何故か、女神様はとても哀しげに微笑んだ。
特にサラを見て、愛おしそうに、切なそうに。
僕は、その理由が何故かはわからないけれど、なんとなく感じた。
サラと、大事な誰かを重ねているんじゃないかって。
そう思った時、女神様から聞こえた気がした。
「……ミミリ……」、って……。
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