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第6章 川下の町と虹色の人魚
6-11 『人魚姫の涙』
しおりを挟む深い 深い 海の中
海の王「海竜」と愛する妻「サファイア」に
なんとも可愛い娘が産まれました。
金色の髪はうなる海のようなウェーブがかかり、
金色の目は、遠くの海を見渡せそうな美しい輝き。
上半身は人間で、下半身はお魚の見目麗しい人魚姫。下半身の鱗は、海から見上げる太陽のように輝かしい虹色をしていました。
母のサファイアは、水色の貝殻と小さな黄色の星型アクセサリーを人魚姫の髪につけて、夫の海竜に言いました。
「美と愛の女神にちなんで、ディーテという名前はどうかしら」
「それはいい。幾千幾万の幸せがディーテに訪れますように……」
2人は愛しい我が子をそれはそれは大切に育てました。
◇ ◇ ◇
月日は経ち……。
ディーテは見目麗しく、すくすくと育ちました。
そしてとても心優しい子に。
「襲撃だー!」
ある時、人魚の仲間がサハギンに襲撃されて大怪我をしてしまいました。
「あぁ、なんて痛々しいの。かわいそうに……」
ディーテは心を痛めてポロリ、ポロリと泣きました。
すると――なんということでしょう。
涙は虹色の結晶になって、カラン、カランと宮殿の中に落ちていくではありませんか。
なんと、負傷した人魚に持たせてやると、みるみるうちに快癒してしまったのです。
すりつぶして飲めば万能薬に。
身につけて持てば幸せになれるという噂はたちまち広がり、やがて、幸運の『人魚姫の涙』と呼ばれるようになりました。
◇ ◇ ◇
ある時、人間の男が面白い機械を口にはめて、海中にやってきました。
宮殿の中は酸素で満ちているため、男は機械を外してディーテにこう言いました。
「お願いです。私に『人魚姫の涙』をください」
「ならん! なんと無礼者め」
男は、海の王、海竜の怒りを買い、牢屋へ閉じ込められてしまいました。
しかし……。
心優しいディーテは毎日のように牢屋へ食事を届けにいきます。
「なぜ、私の涙が欲しいの?」
「大事な人が、死んでしまうかもしれないんだ」
「人間の力では治せないの?」
「あらゆる方法も試したさ。でも、叶わなかった。俺は錬金術士なのに、なんの力もないただの男だったんだ……」
男が打ちひしがれる様子を見て、ディーテは心を痛めます。
すると、カラン、カラン……と人魚の涙がこぼれ落ちたのです。
「これを、あげるわ。大切な人を、守ってあげて」
「ありがとう人魚姫。代わりに私の書いた本を差し上げましょう」
ディーテは父母に内緒で男を地上へ逃してやりました。
男のその後はわかりませんが、幾千幾万の幸せが訪れるディーテの加護をもって、幸せに暮らしたことでしょう。
◇ ◇ ◇
ディーテが男を逃したことは父母にばれてしまいましたが、怒られることはありませんでした。
「あぁ、心優しきディーテ。そのように選択すると思っていたよ」
父も母も言いました。
そしてふと、家族は気がつくのです。
「あの男、どうやって宮殿までたどり着いたのかしら。人間は海の中で呼吸ができないというのに」
「錬金術士、と言っていたわ」
ディーテの言葉に、父はこう言いました。
「あらゆるものを対価に万物を作り出せる力を持つ、錬金術士……。本当に実在したとは。その書物は、国宝としよう」
そうして、男が書いた本は国宝となりました。
しかし困ったことに、海竜も、ディーテも、高名な海の学者であるタツノオトシゴも、本の内容がさっぱり読めませんでした。
読んでも意味がわからない本は、眠り続けることでしょう。
新たな錬金術士が、再び海の宮殿へ訪れるその時まで……。
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