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第6章 川下の町と虹色の人魚
6-15 お腹いっぱいもう食べられない! 全員ハッピー! からの、本当のハッピー!
しおりを挟む「「「せーのっ! いちにっ! いちにっ」」」
デュラン、ジン、シンは、ガウレの持っていたトンカチを借りて力いっぱい石臼の中を叩く。固い不要の実の茶色の皮が破けて、茶色の中身が出てきたら成功だ。
出てきた茶色の実は、サラとユウリとトレニアが井戸から汲んだ水でざぶざぶと洗い、乾いた布の上に並べて天日に干す。
ゼラとコブシ、バルディ、サザンカは大量のテールワットの解体作業だ。人間が食べる部分、そうでない部分を選別していく。普通、モンスターを倒したらご丁寧に部位ごとにドロップアイテムするのだが、テールワットは特別で、解体作業が必要なのだ。
「解体作業は私も慣れんな」
「そうですね。でも干し肉にすれば人間の常備食になりますしね。……それにしても、ミミリちゃんもよく思い浮かぶよなぁ」
「閃きの天才だと思っています、俺は」
各々が今していることは、ミミリが考えた『お腹いっぱいもう食べられない! 全員ハッピー!』の作戦だ。
ミミリは、みんなが加工した材料を練金釜に込め、大量の魔力を込めて、一つにまとめ上げていく。不要の実とテールワットが混ざり合って一つになれば、まるでハンバーグのタネのような質感になり、干して食べやすいように乾燥すれば完成だという。イメージは、ネコが食べるキャットフードのようなものだ。
混ざり合った実のタネは、うさみが風魔法で瞬時に乾かしながら砕いていく。それをシスターが袋に詰めていけば完成だ。
ミミリの作戦とは、こうして作ったポイズンサハギン用のご飯を教会で作って川下の町に提供する、というものだ。
錬金術士でないと作れないのではないかと懸念されるがそうではなく、時間がかかるが鍋でミミリと同じ工程をすることができるという。
つまりは、料理で作れるということだ。
教会で作り上げたご飯を、川下の町で買い上げ、町はポイズンサハギンに渡す。その対価として、ポイズンサハギンにテールワットの駆除に参加してもらうとともに、人間には手を出さないという不可侵条約を結ぶ……というものだ。
もちろん、人魚との境界線も越えないことも約束してもらう代わりに、人魚は人間とポイズンサハギンに、食べられる海藻などを提供する。
ポイズンサハギンは人魚と人間に装飾品となる貝殻などを差し出すという、持ちつ持たれつのこの条約が成立すれば、なにもかもがうまくいき、更には教会も安定した収入が見込め、生活が楽になるだろう、という計算だ。
問題は、ポイズンサハギンに話が通じるかということだ。ディーテのように人間と話せるような者がいなければ、条約の結びようがないのだが……それは海竜が話し合いの場を設けると言っていたので大丈夫なのだろう。高位のモンスターであれば、人と会話ができるのかもしれない。
――蛇頭のメデューサがそうであったように。
サザンカは作業をしながら、
「川下の町にとっても、不漁の際の蓄えは非常にありがたい。干し肉とは、素晴らしい発想だ」
と言い、ミミリは
「ありがとうございます。せっかく生命をいただくのだから、余すことなく感謝して食べたいなと思って」
照れながら答える。
「でも、よいのですか? 教会でこの仕事をやらせてもらって……。しかもテールワットは川下の町で用意してくださるそうじゃないですか。その上作ったご飯を買い上げてくださるなんて」
「い、今までも、不要の実パトロールをしていたのだから、も、問題ない」
ギシッ……と音が聞こえそうなほど、シスターへの返答がぎこちないサザンカ。それを見たうさみはこっそり「桃色ね」と言ったのはここだけの話。
「ふわぁ~」
うさみは単調な作業にちょっと気が逸れてきて、大あくび。ついつい悪い癖が出てしまう。
「ねぇ、ゼラ」
「ん? なんだうさみ」
「アンタちょっと、完成品食べてみなさいよ」
「エェッ! 嫌だよ不要の実自体美味しくないんだろ?」
「ちっ、つまんないわね」
「舌打ちするなよ」
ここでミミリは、予想外の言葉を呟いた。
「そうだよね……。モンスターとはいえ、人にあげるんだもん。食べてみないと」
「ミミリ?」
「頭の中では、9割成功してるの。食べられるけど、でも味はわからない。ちょっと食べてみようかな」
「いやっ! それなら俺がッ! 食べるからッ! ね、バルディさん?」
「巻き添えっ⁉︎」
ゼラは焦ってミミリを止める。食べられても毒があるかもしれない。
なぜか毒耐性を持っているゼラとバルディなら(なぜか、ということには少し心当たりはあるが)、多少の毒ならば大丈夫だろう。
ちなみに、ポイズンサハギンが食すぶんには、彼らは初めから毒持ちなので大丈夫なはずだ。
「えっ、いいんですか?」
「ミミリが倒れたら大変だもんな。俺たちなら大丈夫」
勝手に頭数に入れられたバルディも、デュランとトレニアのつぶらな目による尊敬の眼差しを浴びてしまっては、できないとはもう言えない。
「よし、食べるぞ」
「はいっ!」
見た目は親指と人差し指でつまめそうな大きさのキューブのような茶色の塊。うさみの風魔法でカラッと仕上げられたそれは、まるで揚げたての肉のよう。
ゼラとバルディは顔を見合わせる。
――よし、いくぞ……!
と思いながらもなかなかいけないバルディに対し、思い切りのいいゼラ。
――ぱくっ!
潔いゼラがバルディには眩しく見えた。きっといつもなにかしらの実験台になっているんだろう……。そう思うと、目頭が熱くなってくる。
ゼラを想い、バルディも食べてみる。
――もぐもぐ……。これは――!
「美味しいよ、ミミリ! 唐揚げみたいだ」
「ほん……とうだ……。不思議だな、不要の実も、加工すればこんなにおいしくなるのか」
「良かったぁ。実はつなぎに【ミール液】を使っていますから。教会で作業するときはつなぎに卵を数個入れた方がいいかもしれません。もっと美味しくなると思いますよ!」
「なるほど……作り方を覚えたいから、少し近くで見せていただいてもいいかしら」
「はい!」
シスターはメモをとりながら真剣に学んでいる。
シスターの謙虚な姿勢。
優しい心根。
可愛らしくも美しい見た目。
そして神に仕える慈愛の持ち主。
今までいろんな人に出会ったが、シスターのように身も心も美しい人に出会ったのは、初めてかもしれない。
――と、ミミリが思ったように。
例のあの人もそう思ったようで……。
川下の町の堅物は、シスターの眼前で膝をついて手を差し伸べた。もう一方の手は胸に添えて。
「どうしました? サザンカさん。祈祷ですか?」
「いいえ。違います。シスター……どうか私と……結婚を前提に交際してください」
「「「「「ええええええええええええ今告白うっ⁉︎」」」」」
――――――――一同、騒然とする。
シスターの顔はみるみる火照り、視線を逸らして珍しくモジモジし始めた。
「ど、どうして私なのですか? 私は神に使える身。それにこれから、アザレアからも蛇頭のメデューサに捕らえられていた子が教会に来るのです。私には、子どもたちが」
「かまわない」
「そっそんな……」
気づけばサザンカは立ち上がり、ぐいぐいとらシスターに迫っていって、壁ドンならぬ建設中の柱ドンをした。
「きゃあっ」
「絶対幸せにしてみせます。私も川下の町の町長の身。お互いに責務をこなしながらまずは交際から始めるのはいかがだろうか」
みんなは固唾をのんで見守っている。ミミリは感動しすぎて両手を組んでキラキラした瞳で眺めていた。
「なるほどだな」
――ああいう強引なのも好きなのか、とゼラは心にメモをした。
「どうして私なのです?」
「貴方がいいのです」
みんなはこらえられなくなり、ヒューヒューと口笛を吹いてヤジを飛ばしてしまう。
いよいよ、逃げられなくなったシスターの答えは……⁉︎
「……はい、喜んで」
聞いた瞬間、サザンカはシスターを抱きしめた。
「キャッ!」
「絶対大事にしますから」
「「「「きゃああああああ! 素敵~」」」」
女の子たちは黄色い声援を上げ、男たちはサザンカに賞賛の気持ちを送った。
まさか、まさかのプロポーズ。
不要の木は、素晴らしい出会いの実を結んだ。
「おーい! みんななにやってるのー?」
とディーテが戻ってきた時には、薔薇色の世界が辺り一面を包んでいた。
後から顛末を知ったディーテは、「私も見たかったわ」とボソリと不満を呟いたのだった。
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