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第6章 川下の町と虹色の人魚

6-19 お腹いっぱい! もう食べられない! 全員ハッピー!

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「これを見てください! 私、錬金術でサハギンさんたちにご飯を作ってきました!」
「なに?」

 それは、ミミリが【マジックバッグ】から出した一袋のご飯。お皿の上にカランカランと出してみると、王将の顔つきが明らかに変わった。

「これは……実だ! あの実のにおいがするぞ」
「そうなんです。不要の木の実は、人間にとっては不要なんです。だから、不要の木と呼びます。実も使い道がありません」
「なんということだ」
「あと、サハギンさんたちは、テールワットも食べたりしますよね? ごくんって丸呑みしちゃいますよね?」
「ああ」
「人間は、テールワットを丸呑みしません。可食部だけ食べます。そこで、残った可食部以外と実を錬金術で錬成してご飯にしてみました。……食べてみませんか?」

 王将はゴクリと喉を鳴らし、3本の指でつまんで食べてみた。
 ――口に広がる香ばしい実と、テールワットのジューシーさが加わったこれは……ご馳走だった。

「錬金術士殿、これをいただけないだろうか」

 王将は、喉から手が出そうな勢いで食い気味に言い寄った。ミミリも、もちろんどうぞ、と言いたいところだが今回ばかりはそうもいかない。

「条件があります。まとめてきたので、みんなで見てください」
「ローデさんみたいだな」
「恐縮ですっ」

『タイトル:お腹いっぱい! もう食べられない! みんなハッピー!

①川下の町は、テールワットの狩りをしつつ、不要の木のパトロールをし、実を集め、教会に渡す。
②教会でサハギン用のご飯を作り、川下の町が買い上げる
③川下の町は、サハギンにご飯をあげる。

●条件●
サハギン:人魚との境界線を越えない。川下の町に害をなさない。必要に応じ、高位のサハギンは川下の町の戦力となる。人魚が食べられる海藻や装飾品の貝殻を提供する
人魚:サハギンが食べられる食糧などを提供する。川下の町へは、装飾品となる貝殻などを提供する
川下の町:サハギンのためのご飯にかかわる一切を用意する。そうすることで、サハギンが人魚や人間との境界線を故意に越えなくてもいいようにする』

「これで……どうですか? みんな、持ちつ持たれつでお腹いっぱい! みんなハッピー! っていうコンセプトなんですけれど……。

「サハギンは本件に同意する。なにより、このご飯はとても美味しい」
「人魚も同意しよう」
「川上の町も同意する」

「よかったぁぁ! これで、ケンカしなくて大丈夫っていうことでいいですよね?」
「あぁ。だが一つ、我から訪ねたい。錬金術士殿、どうしてここまで我々の問題に協力的なのだ?」

 ミミリはペロッと舌を出して、少しはにかんで答える。

「本当はディーテから頼まれたからですって言いたいんですけれど、下心があります!」
「下心って……言い方、ミミリ……」
「まぁ、そのとおりなんだからいいじゃない、ゼラ」

 ミミリは、姿勢を正して話し始める。

「私たちは、大事な旅の途中なんです。スズツリー=ソウタという錬金術士につながる書物がここにあると聞いてきました。それに、ディーテの……人魚姫の涙が欲しいんです。大事な家族を助けるために」
「なるほど……そういえば昔、錬金術士が本を置いていったな。宝物庫で埃を被っているだろう。我々には使えない代物だったから、礼に差し上げようではないか」
「――あ、ありがとうございます!」

「それで、ディーテの涙は?」

 とうさみが聞くと、ディーテは

「お別れする時に、涙が出ると思うわ」

 と哀しげに笑うのだった。

 ◆ ◆ ◆

 従者のタツノオトシゴは、ミミリへ宝物庫に眠っていた『治療薬の作りかた~錬金術士版~』という本を渡した。たしかに、年季の入った埃を被ってはいたが、埃は払ってしまえばなんのことはない。

「……ありがとうございます……!」
「よかったな、ミミリ」
「うん!」

 ミミリは少し下を向いて、ギュッと拳を握り質問する。

「あの……魔法使いと護衛騎士さんを知りませんか? 人間の……。あと、【アンティーク・オイル】に聞き覚えはありませんか?」

 王将は首を横に振り、海竜は、ううーんとうなった。

「魔法使い自体が稀有な存在だと聞いておるからの。我々人魚も高位の者であれば海魔法を使えるが、人間の魔法使いは限られたものだけだと聞いたことがある。そして、それを言うなら錬金術士も稀有な存在らしいのう」
「そう……ですか……」

 海竜は口髭をいじりながら上を向いた。

「海……」
「え?」
「海を越えた新たな大陸になら、もしかしたら魔法使いがいるかもしれん。閉鎖的な国家でな。今は国交すら稀のため、船も出ていないと聞くが」
「海を超えた先に、いるかもしれないんですね!」

 ミミリは目を輝かせて喜んだ。海を渡る方法を探せば、両親に会えるかもしれないのだ。

「ミミリ、行ってしまうのね。せっかくお友達になれたのに……」

 ディーテの目から、宝石のように眩い涙がカランカランと落ちてくる。

「ディーテ……」
「せっかくできたお友達。せめてもう少し一緒にいたかったわ」

 カラン、カラン、と涙は落ちる。
 それは、まるで人魚姫の虹色の鱗のような、宝石のような。とても眩い「人魚姫の涙」だった。

 ディーテは涙をこぼしながら、人魚姫の涙をかき集めてミミリに渡した。

「ディーテ、ありがとう。私もお友達になれて、嬉しかった」
「錬金術士殿よ、娘とこんなに仲良くしてくれていたとは。もし、船を用意することができたら、我が大陸まで運んでやろう」
「あ、ありがとうございます」

「錬金術士って不思議ね。昔、スズツリー=ソウタに会った時も思ったけれど、人の心の奥底へ入ってくるような、そんな気がするわ」
「その、スズツリー=ソウタさんってどんな人だったんですか?」
「身長は180センチメートルくらいで、黒髪の短髪ね。ミミリの同じようななんでも入る革のバッグを持っていたわ。とにかく、人のことばかり気にしていたわ。自分のことよりもね」
「ミミリにそっくりね」
「そうかなぁ」

 ――やっとつかんだ、新たな情報。
 スズツリー=ソウタの容姿に、新しい本。
 魔法使いがいるかもしれないという大陸。

「船なら川下の町に使っていない船があるぞ。船は我々川下の町が協力しよう。船乗りもいるだろう?」
「ありがとうございます!」

 王将は、照れ臭そうに話を継ぐ。

「ではその間の町の警護は高位のサハギンに任せてもらおう。話ができる、信頼できる者だけで結成するから心配は無用だ。……その代わり……」
「その代わり……?」
「あのご飯はたんと食べさせてもらおう」

 クスクス、と笑いが広がる会議室。よっぽどご飯を気に入ってくれたようだ。これだけ人気があれば、教会の収入も右肩上がりだろう。

「お腹いっぱい! もう食べられない! みんなハッピー! は、本当にみんながハッピーになれる方法ね!」

 うさみの言葉に、王将は言う。

「それは……誰が命名した作戦名なのだ?」
「ハイッ!」

 ミミリは元気よく手を挙げた。

「そうか、なる……ほど……」
「ふむ。なる……ほど……」

 ――――――――王将、海竜、沈黙。


 王将も海竜も何も言えなくなる中、ディーテだけは、もうちょっとどうにかならないものかしら? と呟いた。

 

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