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第7章 海中宮殿と新たな試練
7-3 いざ! 海中神殿へ
しおりを挟む「出発じゃ! 案内せい、アスワン」
「仰せのままに」
「私たちも行こう!」
「ええ」
翌朝、ミミリの体調が回復したのを確認してから、目標地である海中神殿へ向かう。
まず海中神殿の真上まで行き、アンカーを下ろしてから【酸素山菜ボンベ】を加えて、海に潜る予定だ。
海の中は、ディーテがイルカたちに呼び掛け、イルカの背に乗せてもらって行くと決めた。
――ガタガタガタガタ……
これはある者が震える音。
「うさみ、大丈夫?」
「ミミり~ん。大丈夫じゃないわ……。私こわいの。胃がキリキリする~」
「ぬいぐるみに『胃』っていう概念があるのかよ」
ゼラのツッコミに、ミミリにしがみついて最大限可哀想にしてみせるうさみ。
「ひどいのよ。エッチなのよゼラってば。乙女の体の中を想像するなんて~!」
「ダメだよゼラくん。ちょっとやらしいよ?」
「んなっ! 嘘だろ? なんでミミリまで……」
うさみは大きなビニール袋と酸素山菜ボンベを持ち、ガタガタ震えてミミリに抱かれている。
確かに震えてはいる。可哀想にも見える。
でもゼラは見逃さなかった。
ミミリに怒られたゼラを見てニヤリとうさみがほくそ笑んだことを。
――うさみめ……!
ゼラはこれ以上やりあっても勝ち目がないと思い、苦虫を噛み締める思いで口をつぐんだ。
「ミミリりん。こわいのよ、こわいのよおぉ。こんなに可愛いけど、私って言ってしまえば良質な綿よ? 守護神の庇護でカバーするとはいえ、ビショビショになったら気を失いかねないわ」
「うふふ。大丈夫よ。人魚の海域では、お父様がいれば怖いことなんてないわ。貴方たちのおかげで、リザードマンやサハギンの件も落ち着いたしね。
それに、私も海魔法で保護するつもりだし安心して?」
「ありがとうディーテ~! ゼラと大違いなんだからぁ」
ディーテは優しくうさみの頭を撫でる。そのディーテの腕に、縋るうさみ。
「私も守るからね? 安心して、うさみ」
「ふええええん。ミミりーん」
ーーその光景を見て、ゼラは思う。
可愛い子ぶってるけど、何かあったら絶対自分でなんとかできるよな。うさみって……。
うさみは、ゼラの視線が何か物語っていることにに気がつき、ギロリと眼光鋭くゼラを睨む。
「うおっ! こわっ! (どこが可哀想なうさぎだよ、とは怖くて言えない)」
ーーまさかとは思うけど、うさみの魔法で俺の心の中まで読めないよな? ……はぁ、とにかく、とんでもないうさぎだよ。
◇
――ボチャン! ガラガラ……
目的地の真上へ着き、アンカーを下ろしたミミリたち。それぞれが、【酸素山菜ボンベ】を咥え、準備万端。
うさみも自身に守護神の庇護をかけた後、大きなビニール袋に入って今はゼラに持っていてもらっている。
「行きましょうか。あ、今日はそのボンベは大丈夫よ? ふふふ」
と微笑んで、ディーテは人差し湯時と親指を軽く噛み、ピイィィィィと口笛を吹いた。
――ザパァン、ザパァン
口笛を吹いてから数分。
イルカがディーテの呼びかけに答えて海面に顔を出して現れた。
「キュイィィィィ!」
「ありがとう、みんな。今日はよろしくね」
「キュイイィ」
ディーテに頼られることが、嬉しそうに見えるイルカたち。イルカたちに囲まれたディーテは、美の化身のように見える。
「ディーテって、ほんとすごいわねん」
ディーテはクスリと笑う。
「今日はこれだけじゃないのよ?
『海の女神ウィンディーネ様、この者たちに、海の加護をお与えください……』 」
ディーテが祈りを捧げると、大きなシャボン玉がミミリたちを包み込んだ。シャボン玉の幕は、太陽の光に反射して虹色に光る。
「わぁ……すごい。ディーテの鱗みたい! 虹色に光って、とっても綺麗……」
「ふふ、ありがとう。今はボンベなしでも呼吸ができるはずよ。さぁ、行きましょ!」
「さぁ、案内せよ、アスワン!」
「ハッ」
ーーザブウゥン!
一同は一斉に海の中へ潜った。
進むにつれ、深まる水深と暗くなっていく海中。道中、多種多様な魚たちは嬉しそうにディーテの周りを円を描くように泳いでいる。まるで、ディーテは魚のアーチを泳ぎ進むかのようだ。
さらに暗くなってゆく海の中。
だいぶ進んで海面から遠かったせいだろう。もう、日の光は感じられない。
しかし、ディーテがかけてくれた魔法のおかげで、まるで夜の空に浮かぶ月のように、ほわんとミミリたちの周りは明るく光っている。
「とっっても綺麗……海の中って、夢みたい」
「本当だな」
ディーテの言うとおり、不思議と【山菜酸素ボンベ】がなくとも、このシャボン玉の中では呼吸ができる。これがディーテの海魔法の力なのか。
「ますます暗くなってきたね」
「ああ」
目的地は、海竜の海底宮殿よりは深いところにあるらしい。
どんどん……どんどんと……深く深く潜って行く。
でも、不思議とこわくはない。
なぜなら、海に愛された人魚姫、ディーテの元へ、様々な魚たちがひっきりなしに挨拶に来るのだ。初めて見る魚の群れに、目と心が、驚きとともに癒されていく。
「おはよう。みんな。今日も元気に過ごしてね」
ディーテは時折話しかけ、手を振りながら、アスワンと海竜の背を追って行く。
――すごい、海の申し子みたい。
みんなが、ディーテを愛しているんだ。
ミミリは、まるで夢の中にいるようだった。
「もうすぐかもしれないわ」
ディーテが言う。
水深が深く、本来は暗い海の中であるはずなのに、珊瑚は光り輝き、丘のように盛り上がった岩肌が、まるでアルヒの瞳の色、新緑色に光っている場所を見つけた。
「ソウタさんって……」
「言いたいことはわかるわ、ミミリ」
――ソウタさんって、本当にアルヒが好きなんだ……。
輝く珊瑚も、キラキラと新緑に光る岩肌も、まるでアルヒをイメージして造られたようだった。
ミミリだけでなく、うさみまでそのように思ったということは、おそらくそうなのだろう。
「ここじゃな、アスワン」
「仰るとおりでございます」
「ゼラくん、うさみ! これって……」
「ああ」
「ほんとね」
「なに? どうしたの?」
――ミミリたちだけにわかる既視感。
小高い丘の上にある、中が見えない真っ黒な洞窟。まるで審判の関所のようだ。シャボン玉の淡い光で照らしても、まるで中が見えない。
それに、何よりも――!
「ピロンちゃん⁉︎」
見覚えしかない、薄らと淡く光る青色のポップアップはそこにいた。
審判の関所にいた、意思疎通のできるポップアップ、『ピロン』かと思い、ミミリはイルカにお願いをしてピロンらしきポップアップに近づいていく。
「……ピロンちゃん?」
ポップアップは、淡く光り、ピロンと同じく文字を綴り始めた。
――ポロン!
『はじめまして。
私はこの海中神殿の案内役。
特に名前はありません。
ただのポップアップです』
「あの破天荒なピロンより礼儀正しそうね」
「そうだな」
――ポロン!
『ピロン、とは、審判の関所のポップアップのことですね。破天荒な姉がご迷惑をお掛けしたようですみません。私たちは互いに、意思疎通ができますので、姉の名前の件は存じ上げております。
スズツリー=ソウタ様に認められた未来の錬金術士様。あなた方をご案内いたします。ルートを選択してください』
「ありがとうポロンちゃん。よろしくお願いします」
『ポロン……拝命させていただきます。ありがたく存じます。ミミリ様』
「『様』、なんていらないよ。ミミリって呼んでね」
「では、恐縮ですが、了解いたしました。ミミリ」
海竜たちは、この光景が信じられなかった。
海中のことは全て知り尽くしているはずだった。
しかし、海の王海竜ですら、この魔訶不思議な光景は見たことがない。ポップアップが浮き出ていることも、そのポップアップが会話するように文字を綴ることも。人外な出来事だ。
――これが、150年程前に追い出したあの男、錬金術士が生み出したであろうというものか。
「ワシは所詮、井の中の蛙だったわけじゃな。ワシの頭は、凝り固まっているようじゃ。今覚えば、もっとあの男の、話を聞いてやるべきだったのかもしれん」
「お父様……」
ポロンのポップアップウィンドウから、選択肢が浮かび上がる。あの、審判の関所のように。
「どうしよう、みんな」
「そうね……」
審判の関所よりも、難解な選択肢。
どの道をどのように進んでいくのかは、ミミリたちの選択に委ねられた。
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