ワンライまとめ

雫川サラ

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親友以上なんか望ませないで

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 夏休み。毎年、俺は幼馴染の海斗と夏祭りに行くのが、密かな楽しみだった。
 密かな、っていうのは、俺に、海斗に一つだけ、隠していることがあるから。
「お前、今日の夏祭り、恵美ちゃんと行くんだろ?」
 家が隣どうしで、幼稚園からずっと同じ学校で、ほとんどきょうだいみたいに互いの家を行き来するような間柄。隠し事なんかひとつもなかった。――ただひとつ、いつからか、俺の海斗に対する感情が、親友と呼ぶような相手に抱くものじゃなくなったことを除いては。
 恵美ちゃんは、海斗が大学に入ってから付き合うようになった女の子。俺から見ても可愛くて、小さくてふわふわしていて、砂糖菓子でできてるみたい。いつも日焼けしていて骨太でやんちゃ坊主がそのままデカくなったみたいな海斗に、すごくお似合いだ。そう。涙も出ないくらい、完璧にお似合いなんだ。
 お前には、隠し事なしだから、と海斗から紹介された時、誰よりも先に俺に話してくれた、という喜びと、ああ、ついにこの日が来た、という胸の潰れそうな感覚に、うまく笑えていたか自信がない。
 海斗にも、恵美ちゃんにも、絶対に知られてはいけない感情。俺はその日から「親友」を演じるようになった。海斗はなんだかんだ俺も誘って三人で飯に行ってくれたりもしているけど、きっと「親友」である俺は、そろそろ二人の時間を優先してあげるべきなんだろうと、全力で暴れ狂う心を抑え込んで、頭で答えを弾き出していた。
 夏祭り、もう、海斗と行くこともなくなるんだろう。
 どうか、顔に出ていませんように。どうか、自然に話せていますように。
 学食で俺が一番好きな数量限定のメンチカツカレーの最後の一食を買えたのに、全然味が分からない。
 俺の言葉に、海斗が俺ぐらいしかわからないくらい微かにバツの悪そうな顔をした瞬間、俺の心臓は氷結した。
「ああ、まあ、一応そのつもり」
 心臓が凍ったら死んでると思うから凍ってはいないんだろうけど、そうとしか説明のつかない、凍傷になったらきっとこんな感じなんだろうというような引きつるような痛みが鳩尾に走った。
「お前は? 誰かと行くの」
 そうか。そうなるよな。誰かと行く話を振ったら、こっちにも同じこと聞かれるよな。そんな簡単なことすら予測できないくらい、俺の脳みそは海斗のことになるとポンコツになる。
 俺はできるだけヘラヘラと笑った顔を作って、でもうまく嘘はつけなかった。
「あ、俺? いや、別に、誰とも約束してねえし、まあ家でゲームでもしてようかな」
 口から出まかせだけど、我ながらリアルだった。実際、多分そうなると思う。そうでもしてないと、きっと三十秒ごとに今ごろ海斗と恵美ちゃんは、って考えてろくなことにならない。
 うまく、笑えていますように。今日何度目になるかわからない、日頃ろくに信心深くもない神様へのお願いを心の中で念じて、俺は席を立った。
 もしかしたら、って思って、今夜はバイトも入れてなかった。なんで、海斗はきっと恵美ちゃんと行くだろうって、むしろそうあるべきだろうって思っていたのに、未練がましく予定を空けてしまっていたんだろう。シフトを出した時の自分を殴りたかった。
「あー……なんか、適当なオンラインゲームでも探すか」
 立ち上げたパソコンの画面の文字が全く頭に入ってこなくて何度も同じところを読み、ようやくプレイするものを決めてクリックしようとした時、玄関のチャイムが鳴った。共働きの親もやはりデートすると言っていた妹も、家族は誰一人まだ帰ってきていないから、俺が出るしかない。
「はいー、……え……?」
 インターホンに写っていたのは、海斗だった。
「お前、どうしたの、あと少しで祭り始まんじゃん」
 声が上擦っているのが自分でもわかるけど、取り繕っている余裕なんかあるわけない。
「ああ、だから、お前迎えにきた」
「は!?」
 意味が分からなくてそれしか出なかった。
「え、なんで、だって」
「お前、毎年祭り行くのすっげえ楽しみにしてたじゃん。そんで、俺がいないと泣くじゃんお前」
「お前いつの話をしてんの!?」
 それは幼稚園までだったと思う、少なくとも小学校に上がってまでそんな恥ずかしいことをしていた記憶はない。断固としてそこははっきりさせておきたい。
「いやいや、俺いたら意味ないでしょ。恵美ちゃんの怒りを買いたくないよ俺は……」
 そこまで空気の読めない男だと思われるのは、海斗が恵美ちゃんと二人で過ごすのを想像するのと同じくらい辛い。幼馴染の方向性のわからない気遣いをやんわりお断りしようとして、俺は海斗の次の台詞に固まった。
「いや、恵美の方は断ったから」
「……はああああ!?」
 いよいよもって頭がおかしくなったのかと海斗の顔を穴の開くほど見つめたが、伊達に幼馴染をやってない俺は、その目を見て海斗がふざけてるわけじゃないことも分かってしまった。

 夏祭り会場で、俺が何を喋って何を買って何を食ったのか、正直言ってほとんど何も覚えていない。ただ、海斗の横顔があんまりに格好良くて、直視できなくてちらちら盗み見したのだけがやたら記憶に残っている。家に帰って、どこでどう手に入れたのかわからない謎のうさぎのキーホルダーを手に握りしめていたのを、妹に散々からかわれた。

「振られちった」
 そう言われたのは、翌週の学食。蕎麦をすする手がとまった。
「え?」
「祭りの埋め合わせしようとして連絡したら、もういいってさ」
「な、え、それって俺のせい……?」
 聞くまでもなく俺のせいでしかない。何これ辛い。なんでそうなる、ていうかやっぱり海斗のあの日の行動はおかしかったんだと改めて納得した。恵美ちゃんの方を断ってって、何か事情があったのかと思ってあまり聞けなかったんだけど、本当にただドタキャンしたのか。そりゃ振られるに決まっている。驚きと呆れで口を開いている俺に、海斗が苦笑いした。
「付き合っててもいつも上の空でつまんなかったって、今までの文句洗いざらい言われたよ。なんかそれ聞いてたら、俺ももういいかなって思っちゃってさ。だからお前のせいじゃないし、俺はなんかこれでよかったのかなって思ってんだよね」
 これでよかったって、どれ? と聞きたいのを我慢して、俺は違う言葉を探した。この状況で俺の興味関心は二の次だ、「親友」なら。
「いやいやそんなあっさり……女の子ってほら、別れよって言って彼氏の愛を試したりするっていうじゃん。お前が謝ってくれるって思ってたんだよそれ。今からでも謝ってこいって、遅くないだろ」
 そう言ったら、海斗がなぜかしかめっ面になった。それが傷ついたような顔に見えて、俺の心臓がどきんと跳ねる。
 ――なんでお前がそういう顔になるんだ? 傷ついてんのは俺なのに。
 そう思ってしまった。海斗の顔に、今まで、きっちりしっかり蓋をしてたはずの心の中が、少しだけ緩んでしまった、のだと思う。だから、
「お前、俺が恵美ちゃんといる方が、いいの」
 俺は、咄嗟に答えられなかった。
 明らかな失態だった。沈黙が答えになってしまうことをその瞬間理解して、でも開いた口からは何も音が出てこない。
 海斗の大きな手が伸びてきて、俺の頭をくしゃっと撫ぜる。そんなこと、もう何年もしていなかったのに。その意味を今は考えてはいけない気がして、でも俺は振り払えなかった。

   ーーー

第73回 お題「親友」
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