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中編
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今日は初めて、取引先訪問に同行させてもらうのだ。
タクシーの窓の外を流れる景色を見るともなしにぼーっと眺めながら、いつの間にか物思いにふけってしまっていた。
——まあ、そんなドラマチックな出会いがあっていきなり何かが始まるなんて、ドラマか漫画の中だけの話だよな。
現実はそれよりずっと泥臭くて、地味な毎日の繰り返しだ。
今日のこの訪問だって、俺が入社してから毎日コツコツ積み上げてきたものの一つの成果なんだと思うし。
恋愛とか結婚とか、そういうふわふわしたものは、俺にはあまり実感をもって考えられる話じゃなかった。
くだらない妄想は終わりだ。
気持ちと顔を仕事用に切り替えて、取引先の社屋の自動ドアを通り抜ける。
通された会議室は適度にエアコンが効いていて、まだ残暑の厳しい中外回りをする身としてはありがたかった。
「失礼します」
ドアがノックされ、若い社員が冷えたお茶を俺と上司の前に置いてから一礼して部屋を出ていく。
なんとなく感じられるぎこちなさから、俺と同じ新入社員かな、と思うと、俺もしっかりやらなきゃと一層身が引き締まる思いになった。
やがて汗もひいてきたなという頃合いに、再び会議室のドアがノックされた。
PCとファイルを抱えた先方の担当者が、ドアを開けて入ってくる。
——水野さん、こんな若い人だったんだ……
水野佑樹さん。
上司とのメールのやり取りにCcで俺を入れてもらっていたから、名前だけはよく知っている。
うちとは数年前から取引のある、割と新しめの建材メーカーの企画室長だ。
室長という肩書きから、俺はてっきり上司と同年代のおっさんが出てくるのを想像していたので、その若々しく整った外見に驚いてしまった。
年齢よりも若く見えるタイプなのかもしれないが、それでも俺と10歳も変わらないように見える。
それで室長なんだから、よっぽど優秀なんだろう。
水野さんは、少し長めの髪をラフに後ろに流して、すっきりとした鼻筋の上には細い焦げ茶のメタルフレームの眼鏡をかけていた。控えめに言って、知性派イケメンオーラがすごい。
おまけに、特に変わったところのない、自分や上司と同じようなスーツ姿なのに、水野さんだとなぜかすごくおしゃれに見える。
想定とはだいぶ違う展開に、俺はにわかに緊張で体が硬くなるのを感じていた。
「先日はどうも。ああ、これが今年入った新人の幸村です」
「初めまして、お世話になっております。幸村です」
上司の紹介を受け、俺はぎこちなく頭を下げた。
顔を上げると、水野さんが俺の方を見て、ふっと眼鏡の奥の目を細めた。
その表情に、俺はなぜか胸の奥がざわっとした。
——……?
何かが引っかかって、思い出せそうなのに思い出せない、そんな感覚だ。
今の一瞬のどこにそのきっかけがあったのかわからなくて、上司と世間話をしている水野さんの顔をじっと見つめた。
また、目が合った。
——!!
一瞬だけ、水野さんが俺の方を見て、いたずらっぽく笑った。
心臓が跳ね上がり、ドキドキと音を立てて早鐘を打ち始める。
目の錯覚かと思うほど、ほんの一瞬の出来事だった。
次の瞬間には水野さんは元通りの顔で、上司の話に相槌を打っていた。
——えっ、何? 今の、何??
事態が飲み込めない俺の頭は混乱したまま、打ち合わせは本題へ入っていった。
タクシーの窓の外を流れる景色を見るともなしにぼーっと眺めながら、いつの間にか物思いにふけってしまっていた。
——まあ、そんなドラマチックな出会いがあっていきなり何かが始まるなんて、ドラマか漫画の中だけの話だよな。
現実はそれよりずっと泥臭くて、地味な毎日の繰り返しだ。
今日のこの訪問だって、俺が入社してから毎日コツコツ積み上げてきたものの一つの成果なんだと思うし。
恋愛とか結婚とか、そういうふわふわしたものは、俺にはあまり実感をもって考えられる話じゃなかった。
くだらない妄想は終わりだ。
気持ちと顔を仕事用に切り替えて、取引先の社屋の自動ドアを通り抜ける。
通された会議室は適度にエアコンが効いていて、まだ残暑の厳しい中外回りをする身としてはありがたかった。
「失礼します」
ドアがノックされ、若い社員が冷えたお茶を俺と上司の前に置いてから一礼して部屋を出ていく。
なんとなく感じられるぎこちなさから、俺と同じ新入社員かな、と思うと、俺もしっかりやらなきゃと一層身が引き締まる思いになった。
やがて汗もひいてきたなという頃合いに、再び会議室のドアがノックされた。
PCとファイルを抱えた先方の担当者が、ドアを開けて入ってくる。
——水野さん、こんな若い人だったんだ……
水野佑樹さん。
上司とのメールのやり取りにCcで俺を入れてもらっていたから、名前だけはよく知っている。
うちとは数年前から取引のある、割と新しめの建材メーカーの企画室長だ。
室長という肩書きから、俺はてっきり上司と同年代のおっさんが出てくるのを想像していたので、その若々しく整った外見に驚いてしまった。
年齢よりも若く見えるタイプなのかもしれないが、それでも俺と10歳も変わらないように見える。
それで室長なんだから、よっぽど優秀なんだろう。
水野さんは、少し長めの髪をラフに後ろに流して、すっきりとした鼻筋の上には細い焦げ茶のメタルフレームの眼鏡をかけていた。控えめに言って、知性派イケメンオーラがすごい。
おまけに、特に変わったところのない、自分や上司と同じようなスーツ姿なのに、水野さんだとなぜかすごくおしゃれに見える。
想定とはだいぶ違う展開に、俺はにわかに緊張で体が硬くなるのを感じていた。
「先日はどうも。ああ、これが今年入った新人の幸村です」
「初めまして、お世話になっております。幸村です」
上司の紹介を受け、俺はぎこちなく頭を下げた。
顔を上げると、水野さんが俺の方を見て、ふっと眼鏡の奥の目を細めた。
その表情に、俺はなぜか胸の奥がざわっとした。
——……?
何かが引っかかって、思い出せそうなのに思い出せない、そんな感覚だ。
今の一瞬のどこにそのきっかけがあったのかわからなくて、上司と世間話をしている水野さんの顔をじっと見つめた。
また、目が合った。
——!!
一瞬だけ、水野さんが俺の方を見て、いたずらっぽく笑った。
心臓が跳ね上がり、ドキドキと音を立てて早鐘を打ち始める。
目の錯覚かと思うほど、ほんの一瞬の出来事だった。
次の瞬間には水野さんは元通りの顔で、上司の話に相槌を打っていた。
——えっ、何? 今の、何??
事態が飲み込めない俺の頭は混乱したまま、打ち合わせは本題へ入っていった。
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