先生が好きです

雫川サラ

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「俺、先生のことが、好き、なんだ」

 ——気付けば、そう、口にしていた。

「……え?」

 先生は、一瞬目を見開いたあと、くしゃっと微笑んだ。

「おう、ありがとうな」

 ——違う、そういう意味じゃない。先生が思ってるような、そんな清らかなものじゃない。

「そう、じゃない……先生は、わかって、ない」

 そう口にしたら、なぜかポロポロと涙がこぼれた。
 おいおい、どうしたんだよ、そう言って先生は優しく俺の頭を撫でてくれて、おしぼりを差し出してくれる。そう、先生はいつだって優しい。

 俺が、自分のことを、周りと違うって意識し始めたのは、中学に上がる頃だった。周りが彼女ができただの欲しいだのって騒ぎ出している頃、俺は同年代のかっこいい男の子ばかりを集めたアイドルグループの追っかけで忙しくて、女の子に全く興味がわかなかった。

 思えば初恋は、そのグループの中の、東野くんっていう黒髪の背の高い子だった。ちょっと影のある、ミステリアスでクールな見た目なのに、テレビでは天然な発言が多くて、そのギャップが人気を呼んでいた。いわゆるガチ恋ってやつで、ファンレターに印刷でもお礼の葉書が届くと、大事に飾っておいたものだ。

 精通があったのもその頃だった。クラスでよく話す連中に無理やり見せられたいかがわしい漫画や雑誌で、ある程度の知識はあった。だけど、俺は気づくとそうやってたくましい男の子に迫られて組み伏せられる、女の子の方に感情移入していた。

 ある朝、夢の中で、俺は東野くんとどこかでデートしていた。いつの間にかゴージャスなホテルに移動していて、東野くんのドアップの顔が近づいてきて、生まれて初めてのキスをした。すると、俺の背中からするりと東野くんの手が入ってきて、俺の腰を直に色っぽい手付きで撫でて……目が覚めたら、パンツの中が濡れていた。

 ショックだった。もしかしたら単純に俺はアイドルオタクで、三次元の女の子に興味がないだけの異性愛者なんじゃないかと思っていた。いつかは目が覚めて、遅まきながら彼女ができて、結婚するんだろうと。だが、その朝、俺ははっきりと自覚した。俺は、男に抱かれたいと思っている。東野くんに夢の中で組み敷かれた時、俺の中にあったのは嫌悪でも恐怖でもなく、ときめきと腰の熱くなるような興奮だった。


 そのことを、俺は当然誰にも打ち明けられないでいた。表向きは三次元に興味のないアイドルオタクで通した。その隠れ蓑さえあれば誰とでも打ち解けて話せるし、恋愛ネタに乗っからないことも説明できて便利だった。だけど、俺は一人ぼっちだった。誰にも本当の俺のことは話せない。クラスで水泳の時間、上半身を晒すのが嫌で嫌で仕方なかったことも、同クラの連中のセクハラまがいの悪ふざけに本気で引いてたことも、誰にも言えなかった。

 そんな中、俺は担任の先生から放課後帰ろうとしているところを呼び止められた。俺の学年が初めての担任って言ってたし、気合入ってるからなんか注意されんのかな、怠いな、と思いながら進路指導室へついていくと、意外なことを言われた。

「結城、最近ちょっと元気ないな。何かあったか? いや、先生の気のせいなら、いいんだ。だけど、休み時間とか、体育の時も、少しみんなと離れて、大人しくしていることが多くなったなと思って、先生少し心配だったんだ」

 俺はびっくりした。まさか、俺のことをそんなに気にしてくれている人がいるなんて、思いもしなかった。誰にも言えなくて、心細さに限界を感じていた俺は、先生の優しい笑顔に、洗いざらい話してしまった。先生は、俺がしゃくり上げながら話し終わるまで、肯定も否定もせず、ただ穏やかな顔で聞いてくれた。

「そうか……結城、よく話してくれたな。ありがとう。もちろん、このことは誰にも話さないから、安心しなさい。それと、結城、君はちっとも変なんかじゃない。先生の知り合いにだって、同性同士のカップルがいるし、必ず男が女を好きにならなきゃいけないなんて、決まりはないんだ。数として少ないから、理解が得られなくて苦労することは多いかもしれない。だけど、自分を責める必要は全くないし、むしろ胸を張って生きていって欲しい」

 これからも何かあったら、先生に相談して欲しい。言いにくいことは言わなくて構わないし、先生もなんでも解決できるとは限らないけど、一緒に考えていくことはできるから。そう言って、先生は俺の髪の毛をくしゃっと撫でてくれた。その時、俺は、先生の大きな手、しっかりとした骨の感触に、はからずも、ドキッとしてしまったんだ。
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