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——先生の、手……
俺は、女の子はもちろん、男の子にも、触れないようにしていた。なんだか、意識してしまうから、避けていたんだ。だから、久しぶりに触れた他人の感触に、俺はすごく、ドギマギしていた。そして、その夜。俺は、先生の手に触られているところを想像しながら、抜いてしまった。
先生は、ちっとも東野くんに似ていない。確かに背は高いけど、そんなにずば抜けて美男子でもないし、メガネかけてるし、同じなのは黒髪なところくらいだ。でも、その笑顔は、優しくて、その大きな手は大人の男の人って感じがして、その手のひらの体温に、ドキドキした。恋の始まりなんて、そんなものだ。だけど、俺はその気持ちを抱えたまま、ずっと言えないまま、卒業した。
先生には、きっと彼女がいる。結婚はクラスの女子から聞かれてしていないと答えていたから、奥さんはいないと思う。だけど、あんなに優しくて、おおらかで、面倒見がいい大人の男に、恋人がいないわけない。それに、10歳も年下の中坊、それも男の俺が好きだって言ったところで、相手にされるわけもない。さすがの俺にだってそれくらいは分かったから、ずっと黙っていた。先生の笑顔を独り占めしたくて、いつも先生につきまとっていた。その笑顔を失うくらいなら、見ているだけで我慢できた。それに、顔を見なくなれば、いつか忘れるかもしれない。それは、半ば願いでもあった。
実際、高校を卒業する頃には、俺は先生のことはぼんやりと覚えているくらいになっていた。仕送りしてもらえるほど実家は豊かじゃなかったから、地元の大学に進学して、同じ悩みを抱える友達もできた。だけど、好きな人だけはできなかった。いいな、と思う人は何人かいた。だけど、もう顔は忘れかけているのに、あの時の先生の大きな手に撫でられたときのような、ドキドキする感覚はあれ以来、誰といても起こらなかった。
その日の夜は、サークルでの飲み会。サークルって言っても、「旅行同好会」とは名ばかりの、飲み会くらいしかしていない、小規模な集まり。俺と同じゲイで、ネコの祐一が入るって言ったから、俺もなんとなく入っただけ。祐一にだけは、先生のことを話してあった。案の定、「そんな昔のこと、さっさと忘れて新しい恋人作んなよ」と言われたけれど。
旅行同好会のメンツは、悪くない。先輩もゆるいノリの人たちばかりで、個人をあまり詮索してこない自由な人たちだから、気兼ねせずに話せるし、変なところに旅行に行く人も多いから、結構世界観が違う話を聞けたりして面白い。土曜日だったけど、俺は二つ返事で参加を決めた。
バイトで遅れる先輩もいるから、集まれるメンツだけで始めてようってことで、18時から、会場である居酒屋に直接集合。そう言われた俺は、少し早めの17時40分頃、駅で祐一と待ち合わせて、居酒屋のある繁華街に向かって歩いていた。祐一と一緒に取っている授業の、期末のレポートの話なんかをしながら、ぼんやりと歩いていたとき、ふと視界のすみを誰かが横切るのが見えた。
今でも、どうしてそれが先生だって分かったのか、分からない。だけど、一発でそれが先生だって分かった。バッと振り返った俺に、先生が驚いて立ち止まった。
「先生!」
「お……前、結城……か……?」
先生は、記憶の中の先生より少し顔つきが男らしさを増してて、今日は休日だからなのか、ちらほら無精髭も生えてて、なんかとにかく、恋しい気持ちがブワッて胸の中で爆発したみたいに、たまらなかった。
「先生! 俺だよ、結城累! 先生は今どっかの帰り?」
祐一に目で謝って、先に行ってくれってジェスチャーをして、俺は慌てて先生に駆け寄った。祐一は目を丸くして訝しげな顔をしてたけど、きっとあいつのことだからうまく言い訳してくれるだろう。
「先生、飯まだなら、食ってかない? それともこれからなんか用事だった?」
少し強引だったかもしれない。でも、先生は、ちょっとびっくりした表情のあと、記憶のままの笑顔で俺に頷いてくれた。
俺は、女の子はもちろん、男の子にも、触れないようにしていた。なんだか、意識してしまうから、避けていたんだ。だから、久しぶりに触れた他人の感触に、俺はすごく、ドギマギしていた。そして、その夜。俺は、先生の手に触られているところを想像しながら、抜いてしまった。
先生は、ちっとも東野くんに似ていない。確かに背は高いけど、そんなにずば抜けて美男子でもないし、メガネかけてるし、同じなのは黒髪なところくらいだ。でも、その笑顔は、優しくて、その大きな手は大人の男の人って感じがして、その手のひらの体温に、ドキドキした。恋の始まりなんて、そんなものだ。だけど、俺はその気持ちを抱えたまま、ずっと言えないまま、卒業した。
先生には、きっと彼女がいる。結婚はクラスの女子から聞かれてしていないと答えていたから、奥さんはいないと思う。だけど、あんなに優しくて、おおらかで、面倒見がいい大人の男に、恋人がいないわけない。それに、10歳も年下の中坊、それも男の俺が好きだって言ったところで、相手にされるわけもない。さすがの俺にだってそれくらいは分かったから、ずっと黙っていた。先生の笑顔を独り占めしたくて、いつも先生につきまとっていた。その笑顔を失うくらいなら、見ているだけで我慢できた。それに、顔を見なくなれば、いつか忘れるかもしれない。それは、半ば願いでもあった。
実際、高校を卒業する頃には、俺は先生のことはぼんやりと覚えているくらいになっていた。仕送りしてもらえるほど実家は豊かじゃなかったから、地元の大学に進学して、同じ悩みを抱える友達もできた。だけど、好きな人だけはできなかった。いいな、と思う人は何人かいた。だけど、もう顔は忘れかけているのに、あの時の先生の大きな手に撫でられたときのような、ドキドキする感覚はあれ以来、誰といても起こらなかった。
その日の夜は、サークルでの飲み会。サークルって言っても、「旅行同好会」とは名ばかりの、飲み会くらいしかしていない、小規模な集まり。俺と同じゲイで、ネコの祐一が入るって言ったから、俺もなんとなく入っただけ。祐一にだけは、先生のことを話してあった。案の定、「そんな昔のこと、さっさと忘れて新しい恋人作んなよ」と言われたけれど。
旅行同好会のメンツは、悪くない。先輩もゆるいノリの人たちばかりで、個人をあまり詮索してこない自由な人たちだから、気兼ねせずに話せるし、変なところに旅行に行く人も多いから、結構世界観が違う話を聞けたりして面白い。土曜日だったけど、俺は二つ返事で参加を決めた。
バイトで遅れる先輩もいるから、集まれるメンツだけで始めてようってことで、18時から、会場である居酒屋に直接集合。そう言われた俺は、少し早めの17時40分頃、駅で祐一と待ち合わせて、居酒屋のある繁華街に向かって歩いていた。祐一と一緒に取っている授業の、期末のレポートの話なんかをしながら、ぼんやりと歩いていたとき、ふと視界のすみを誰かが横切るのが見えた。
今でも、どうしてそれが先生だって分かったのか、分からない。だけど、一発でそれが先生だって分かった。バッと振り返った俺に、先生が驚いて立ち止まった。
「先生!」
「お……前、結城……か……?」
先生は、記憶の中の先生より少し顔つきが男らしさを増してて、今日は休日だからなのか、ちらほら無精髭も生えてて、なんかとにかく、恋しい気持ちがブワッて胸の中で爆発したみたいに、たまらなかった。
「先生! 俺だよ、結城累! 先生は今どっかの帰り?」
祐一に目で謝って、先に行ってくれってジェスチャーをして、俺は慌てて先生に駆け寄った。祐一は目を丸くして訝しげな顔をしてたけど、きっとあいつのことだからうまく言い訳してくれるだろう。
「先生、飯まだなら、食ってかない? それともこれからなんか用事だった?」
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