先生が好きです

雫川サラ

文字の大きさ
2 / 9

02

しおりを挟む
 ——先生の、手……

 俺は、女の子はもちろん、男の子にも、触れないようにしていた。なんだか、意識してしまうから、避けていたんだ。だから、久しぶりに触れた他人の感触に、俺はすごく、ドギマギしていた。そして、その夜。俺は、先生の手に触られているところを想像しながら、抜いてしまった。

 先生は、ちっとも東野くんに似ていない。確かに背は高いけど、そんなにずば抜けて美男子でもないし、メガネかけてるし、同じなのは黒髪なところくらいだ。でも、その笑顔は、優しくて、その大きな手は大人の男の人って感じがして、その手のひらの体温に、ドキドキした。恋の始まりなんて、そんなものだ。だけど、俺はその気持ちを抱えたまま、ずっと言えないまま、卒業した。

 先生には、きっと彼女がいる。結婚はクラスの女子から聞かれてしていないと答えていたから、奥さんはいないと思う。だけど、あんなに優しくて、おおらかで、面倒見がいい大人の男に、恋人がいないわけない。それに、10歳も年下の中坊、それも男の俺が好きだって言ったところで、相手にされるわけもない。さすがの俺にだってそれくらいは分かったから、ずっと黙っていた。先生の笑顔を独り占めしたくて、いつも先生につきまとっていた。その笑顔を失うくらいなら、見ているだけで我慢できた。それに、顔を見なくなれば、いつか忘れるかもしれない。それは、半ば願いでもあった。


 実際、高校を卒業する頃には、俺は先生のことはぼんやりと覚えているくらいになっていた。仕送りしてもらえるほど実家は豊かじゃなかったから、地元の大学に進学して、同じ悩みを抱える友達もできた。だけど、好きな人だけはできなかった。いいな、と思う人は何人かいた。だけど、もう顔は忘れかけているのに、あの時の先生の大きな手に撫でられたときのような、ドキドキする感覚はあれ以来、誰といても起こらなかった。

 その日の夜は、サークルでの飲み会。サークルって言っても、「旅行同好会」とは名ばかりの、飲み会くらいしかしていない、小規模な集まり。俺と同じゲイで、ネコの祐一が入るって言ったから、俺もなんとなく入っただけ。祐一にだけは、先生のことを話してあった。案の定、「そんな昔のこと、さっさと忘れて新しい恋人作んなよ」と言われたけれど。

 旅行同好会のメンツは、悪くない。先輩もゆるいノリの人たちばかりで、個人をあまり詮索してこない自由な人たちだから、気兼ねせずに話せるし、変なところに旅行に行く人も多いから、結構世界観が違う話を聞けたりして面白い。土曜日だったけど、俺は二つ返事で参加を決めた。

 バイトで遅れる先輩もいるから、集まれるメンツだけで始めてようってことで、18時から、会場である居酒屋に直接集合。そう言われた俺は、少し早めの17時40分頃、駅で祐一と待ち合わせて、居酒屋のある繁華街に向かって歩いていた。祐一と一緒に取っている授業の、期末のレポートの話なんかをしながら、ぼんやりと歩いていたとき、ふと視界のすみを誰かが横切るのが見えた。

 今でも、どうしてそれが先生だって分かったのか、分からない。だけど、一発でそれが先生だって分かった。バッと振り返った俺に、先生が驚いて立ち止まった。

「先生!」
「お……前、結城……か……?」

 先生は、記憶の中の先生より少し顔つきが男らしさを増してて、今日は休日だからなのか、ちらほら無精髭も生えてて、なんかとにかく、恋しい気持ちがブワッて胸の中で爆発したみたいに、たまらなかった。

「先生! 俺だよ、結城累! 先生は今どっかの帰り?」

 祐一に目で謝って、先に行ってくれってジェスチャーをして、俺は慌てて先生に駆け寄った。祐一は目を丸くして訝しげな顔をしてたけど、きっとあいつのことだからうまく言い訳してくれるだろう。

「先生、飯まだなら、食ってかない? それともこれからなんか用事だった?」

 少し強引だったかもしれない。でも、先生は、ちょっとびっくりした表情のあと、記憶のままの笑顔で俺に頷いてくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

チョコのように蕩ける露出狂と5歳児

ミクリ21
BL
露出狂と5歳児の話。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...