3 / 9
03
しおりを挟む
「へーえ、そうかー。しかし、結城と酒を飲む日が来るとはねえー。あんなに小っさくて、ヒョロかったのに」
「小っさいは余計だろ、センセ。俺だって背ぇ伸びたんだぜ? 今年の春の健康診断で、173cmって出た」
「おおー、伸びたなあ。俺も追い越されそうだ」
「先生は無理っしょ、デカすぎ。188だっけ?」
「そんな細かい数字までよく覚えてんなぁ」
「だって女子が大騒ぎしてたもん」
俺は肩を竦めて運ばれてきたレモンサワーのお代わりを喉に流し込む。カッと胃が熱くなって、思考がほどよく緩んでくる。俺は先生の顔を見ながら、やっぱり、この人が好きだ、って、嫌というほど思い知っていた。
酒も進んで、先生もほろ酔いになってきた頃、「そういえばさ」と俺が何気ない風を装って切り出した。
「先生、結婚とかしてないの」
「俺? いやあ、してないねえ。残念ながら」
「じゃあ彼女は?」
「チビたちの面倒みるので、毎日忙しくて、とっくに愛想尽かされたよ」
「別れたの? 最近?」
「いやー、もう何年になるかな……」
「じゃあ、俺の担任だった頃はいたの?」
「うーん……もう時効だから話してもいいか。あの頃ちょうど別れる別れないで揉めてたんだよな」
「え」
「俺もさ、お前の学年が初めて持った担任で、まあテンパってたのよ。お前のことも放って置けなかったしな」
「俺?」
「そうだよ。あの頃、お前、悩んでたろ。俺に話してくれたのがめちゃくちゃ嬉しかったから、なんとか力になりたいって、いろいろ調べたりもしてさ」
「調べたりって……」
「そう、思春期の子が同性愛者だって性自認した時、どういうサポートがいいのかなとかね。そしたら、当時の彼女に、『私とのことより、その子のことを考えてる時間の方が長いじゃない』って言われて、結局フラれたよ」
「なんか、俺のせいでフラれたみてえ……」
「いやいや、結城のせいじゃないよ。俺がそうしたくてしていたんだしね。で、結城は、その後うまくやれてるのか? 彼氏とかできたりしてんのか?」
先生がいたずらっぽく笑うから、俺は胸がきゅっと締め付けられた。
——先生が、彼氏だったら、どんなにいいだろう……
そう思ったら、なんだか、止まらなかった。気付いたら、ぽろっと、口からこぼれていた。
「俺、先生のことが、好き、なんだ」
「……え?」
先生は、一瞬目を見開いたあと、くしゃっと微笑んだ。
「おう、ありがとうな」
「そう、じゃない……先生は、わかって、ない」
俺がボロボロと泣き出すから、先生はおいおいって困った顔で笑って、おしぼりを差し出してくれる。
「ずっと、先生のことが、先生だけが好きだった、から……それが、さっき、分かった」
「さっきって?」
先生が展開についていけないって顔をしてる。
「俺、卒業して、先生のこと忘れようって思ってたんだ。卒業したらもう顔も見ない。俺なんか10も下の中坊で、しかも男で、恋愛対象になんかしてもらえるわけないから、忘れて、新しい恋をしようって。だけど、全然誰にも先生にしたみたいにはドキドキしなくって。それで、さっき、先生のこと通りで見かけて、顔を見た瞬間、先生しか好きじゃなかったんだ、って気づいた」
涙でぐしゃぐしゃの俺の顔を、先生がおしぼりで拭ってくれる。顔をに触れる先生の手はやっぱり大きくて、暖かくて、ドキドキした。
「先生が思ってるような、憧れとかそんな綺麗なもんじゃねーよ……俺、先生で抜いたことあるもん」
「ぶほッ」
先生が派手に噴いて、今度は自分の手元をおしぼりで拭っている。
「お前な、さっきから黙ってれば……一体何言ってんのか分かってんのか」
口調は呆れていたけど、怒っているわけではなさそうだ。
「ねえ、先生は俺で勃つ?」
「おまッ、あのね、そういうことは」
「ねえ、答えてよ先生。俺のこと抱ける? 一回でいいから、抱いてよ」
自分でも、もう何を言っているのか分からなくなっていた。次から次へ、蓋をして閉じ込めていた願望がボロボロと口をついて出てくる。
——だって、今を逃したら、もう会えないかもしれない。
そう思ったら、もう必死だった。
「小っさいは余計だろ、センセ。俺だって背ぇ伸びたんだぜ? 今年の春の健康診断で、173cmって出た」
「おおー、伸びたなあ。俺も追い越されそうだ」
「先生は無理っしょ、デカすぎ。188だっけ?」
「そんな細かい数字までよく覚えてんなぁ」
「だって女子が大騒ぎしてたもん」
俺は肩を竦めて運ばれてきたレモンサワーのお代わりを喉に流し込む。カッと胃が熱くなって、思考がほどよく緩んでくる。俺は先生の顔を見ながら、やっぱり、この人が好きだ、って、嫌というほど思い知っていた。
酒も進んで、先生もほろ酔いになってきた頃、「そういえばさ」と俺が何気ない風を装って切り出した。
「先生、結婚とかしてないの」
「俺? いやあ、してないねえ。残念ながら」
「じゃあ彼女は?」
「チビたちの面倒みるので、毎日忙しくて、とっくに愛想尽かされたよ」
「別れたの? 最近?」
「いやー、もう何年になるかな……」
「じゃあ、俺の担任だった頃はいたの?」
「うーん……もう時効だから話してもいいか。あの頃ちょうど別れる別れないで揉めてたんだよな」
「え」
「俺もさ、お前の学年が初めて持った担任で、まあテンパってたのよ。お前のことも放って置けなかったしな」
「俺?」
「そうだよ。あの頃、お前、悩んでたろ。俺に話してくれたのがめちゃくちゃ嬉しかったから、なんとか力になりたいって、いろいろ調べたりもしてさ」
「調べたりって……」
「そう、思春期の子が同性愛者だって性自認した時、どういうサポートがいいのかなとかね。そしたら、当時の彼女に、『私とのことより、その子のことを考えてる時間の方が長いじゃない』って言われて、結局フラれたよ」
「なんか、俺のせいでフラれたみてえ……」
「いやいや、結城のせいじゃないよ。俺がそうしたくてしていたんだしね。で、結城は、その後うまくやれてるのか? 彼氏とかできたりしてんのか?」
先生がいたずらっぽく笑うから、俺は胸がきゅっと締め付けられた。
——先生が、彼氏だったら、どんなにいいだろう……
そう思ったら、なんだか、止まらなかった。気付いたら、ぽろっと、口からこぼれていた。
「俺、先生のことが、好き、なんだ」
「……え?」
先生は、一瞬目を見開いたあと、くしゃっと微笑んだ。
「おう、ありがとうな」
「そう、じゃない……先生は、わかって、ない」
俺がボロボロと泣き出すから、先生はおいおいって困った顔で笑って、おしぼりを差し出してくれる。
「ずっと、先生のことが、先生だけが好きだった、から……それが、さっき、分かった」
「さっきって?」
先生が展開についていけないって顔をしてる。
「俺、卒業して、先生のこと忘れようって思ってたんだ。卒業したらもう顔も見ない。俺なんか10も下の中坊で、しかも男で、恋愛対象になんかしてもらえるわけないから、忘れて、新しい恋をしようって。だけど、全然誰にも先生にしたみたいにはドキドキしなくって。それで、さっき、先生のこと通りで見かけて、顔を見た瞬間、先生しか好きじゃなかったんだ、って気づいた」
涙でぐしゃぐしゃの俺の顔を、先生がおしぼりで拭ってくれる。顔をに触れる先生の手はやっぱり大きくて、暖かくて、ドキドキした。
「先生が思ってるような、憧れとかそんな綺麗なもんじゃねーよ……俺、先生で抜いたことあるもん」
「ぶほッ」
先生が派手に噴いて、今度は自分の手元をおしぼりで拭っている。
「お前な、さっきから黙ってれば……一体何言ってんのか分かってんのか」
口調は呆れていたけど、怒っているわけではなさそうだ。
「ねえ、先生は俺で勃つ?」
「おまッ、あのね、そういうことは」
「ねえ、答えてよ先生。俺のこと抱ける? 一回でいいから、抱いてよ」
自分でも、もう何を言っているのか分からなくなっていた。次から次へ、蓋をして閉じ込めていた願望がボロボロと口をついて出てくる。
——だって、今を逃したら、もう会えないかもしれない。
そう思ったら、もう必死だった。
0
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる