先生が好きです

雫川サラ

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「結城、お前、ちょっと酔いすぎだ。出るぞ」

 ため息をつかれて、手をとって立ち上がらされた。自分の手首を掴むその手の平の体温に、また心拍数が上がる。
 会計を済ませる先生を外で待ちながら、まだ少し冷える5月の夜の外気に、ふるっと身体を震わせた。

「なんだ、結城、上着持ってきてないのか。さすがにまだTシャツ一枚じゃ冷えるぞ」

 そう声が降ってきて、ふわっと何か暖かいものがかぶせられた。先生のブルゾンだった。先生の匂いに包まれて、俺にはもう自制できる理性なんか残っていなかった。

「先生」

 そう言って、歩き出そうとする先生の腕をとって、後ろから抱きついた。中学の頃の記憶よりは自分が成長した分小さくなった背中、それでもたくましくて広くて、しっかり筋肉のついた背中に抱きついて、火照った身体をすり寄せた。

「先生、ごめん、俺、もうだめだ」
「結城……」
「せんせ、気持ち悪い? 俺のこと」
「そういう聞き方は、卑怯だぞ」
「?」

 意味が分からなくて先生の顔を見上げようとした瞬間、くるっと身体をひっくり返した先生に、つかまった。
 自分がどういう体制になっているのか、わかるまでに数秒あって、そのあと俺は真っ赤になった。

 ——俺、先生に、抱きしめられて、る……

「お前のこと、気持ち悪いわけ、ないだろう」

 頭の上から、先生の声が降ってくる。

「当時から、ずっと可愛いと思ってた。ここまでになるとは、思ってなかったけどな」
「ここまでって……?」
「分からせてやろうか」

 そう言うと、先生の大きな手が顔に添えられて、先生の顔がドアップになって——

「ん! ……ん、ふッ」

 ——キス、してた。俺と、先生が。

 一度だけじゃない、唇が離れたと思ったら、角度を変えて、また。夢の中の東野くんを除いたら、初めてのリアルキス。あっぷあっぷしているうちに、先生の熱い舌がしゅるりと入ってきて、俺の舌をなぞるから、俺も夢中で応えた。
 たっぷり1分はそうしていたと思う。先生の唇が離れて行ったときには、俺はもう腰が抜けて、くたりと先生に全身をもたせかけていた。

「お前ね、そんな風に俺を煽ったこと、あとで後悔しても知らないからな」
「ぁ……え……?」

 今度は俺が展開についていけない。でも、先生が俺のことを気持ち悪いと思ってはいないことが分かって、俺はほっとしていた。

 先生に手を引かれるままに、俺は先生について歩く。どこを目指してるのかなんか分からなかったけど、先生といられるのなら、どこでも良かった。

「え、ここって」
「ああ、来たことないのか? ラブホ。男どうしでも入れるって、有名らしいぞ、ここ」
「せ、んせ……それって」
「やっぱり、嫌になったか? 別に、帰ってもいいぞ? 無理強いは趣味じゃない」

 あくまで俺を傷つけないように、おどけた口調で俺の気持ちを尊重してくれる先生に、嫌になんてなるわけなかった。
 ただ、少し歩いて酔いが覚めてきた俺は、勢いのままここまできてしまったことに、今更になって猛烈な恥ずかしさが込み上げてきて、顔を真っ赤にした。それでも、先生の気が変わらないうちに、抱かれてしまいたくて、ふるふると首を振って先生の手を握りしめる。そんな俺を見て、ニッと笑った先生は、俺の知ってる先生じゃなくて、一人の男の顔をしていた。
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