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21. 生々しい真実

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 予定通り、商工会関係者への取材はつつがなく終了した。先方の事務所を出てすぐ、空いているベンチを見つけて腰を下ろし、東堂がその場で記事に仕立て上げていく。書き上がり次第、高山キャップへ確認依頼をする手筈だ。
「……あの日の、休憩室での騒ぎ」
「ん?」
 東堂が、隣で同じく取材メモを整理している将吾に唐突に話しかけてきた。キーボードを打つ手は止めずに、ボソリと言うものだから、独り言かと一瞬聞き逃しそうになる。
「お前、どこまで知っている?」
 鋭い口調は、脅しのようにも聞こえる。けれど、取材前にしていた話の続きをわざわざ東堂の方から持ち出してきたということは、少なくとも悪い兆候ではないように思えた。
「……んー、まあ、あの三ツ藤ってやつとの一件で、大まかなところは見当がついてるよ。細かい経緯まではさすがに分かんねえけど……あいつが、元凶なんだろ。お前に、トラウマを植え付けた」
 さっきの東堂の反応がまだ記憶に鮮明で、さすがの将吾も慎重に言葉を選ぶ。東堂はすぐには答えず、カタカタとキーボードを打つ乾いた音だけが響いた。
「……トラウマ、か」
 やがて東堂の漏らした一言に、将吾はハッとする。苦々しさ、自嘲、様々な色合いの感情が、その言葉の底の方に澱んでいるようで。
「そんな都合のいい言い方ができた立場じゃない。あれは……自業自得だ」
 視線はディスプレイに固定したまま、東堂が独り言のように、静かに話し始める。将吾も黙って、手元に視線を落とした。
「今更何を言っても、言い訳にしかならないのはわかっている。起こったことだけを言えば、俺は自分がスクープを取れるという誘惑に負けて、三ツ藤を利用した。あいつは当時、俺にとって都合のいい情報屋だったんだ。そのおかげで、俺は無事特ダネを抜いた。……そして、そのせいで、失われなくていい人命が失われた」
 ——いやいや、それはいくらなんでも短絡的すぎるし、自虐的に考えすぎだろ……。
 将吾は何度も口を挟みたくなったが、鋼の意志でなんとか耐える。
「自分のしたことがどれだけの影響を持つのかを、初めて思い知った。俺が、殺したも同然だと」
 メモをまとめていた将吾の手は、少し前から完全に止まっていた。
「俺は、あの時まで、自分の下した判断に迷ったりしたことはなかった。いつでも、最善で最も合理的な判断を下せている自信があった」
 語られる人物像は、こうして一緒に仕事をするようになる前に将吾が抱いていた東堂のイメージそのものだ。
「だが、あの時初めて、迷いが生まれた。有り体に言えば、自信をなくした。何が正しくて、何が間違っているのか分からなくなった。それが、あいつにつけ込む隙を与える形になった……力づくで押さえ込まれるような、隙をな」
 淡々と紡がれる言葉はやや抽象的だったが、将吾の推測を肯定するものだった。なぜそうなったのかまでは分からなくとも、愛情というものは一つ間違えると恐ろしく歪み、時としてそうした暴力へと突き進んでいくことがあるのは、将吾も仕事柄よく分かっている。返す言葉もなく、深いため息が出た。
「ろくな抵抗もできなかったよ。もう思い出したくもないと思っていても、ずっと水の底に溜まるヘドロのように、俺の心の底にこびりついている」
 東堂もさすがに生々しい部分には触れなかったが、それでも十分すぎるほどにパンチのある内容だった。
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