【完結】熱血くんと嫌味なアイツ【改稿版】

雫川サラ

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22. 冷え冷えとした笑み

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 ——それだけのことを、ずっと抱えてきたんだなあ……。
 将吾は自分に置き換えて考えていた。もう三十にもなれば、結婚を意識する機会が増える。同期でも、早いやつはもう子持ちだ。それが同性同士であっても、そろそろこの先の人生を考え出すのは同じだろう。
 仕事も、教えてもらう立場から、後輩や部下へ教える立場へと移っていく。一連の出来事が三年前のことだとすると、東堂が本社へ異動して三年目の話だ。中堅と呼ばれ始める時期、社内で自分の立場を確立するためには、結果を出すしかない。そのプレッシャーは、将吾も痛いほどよく分かる。
 そんな時に、仕事に対する自分のあり方も、これから先も共にいるつもりだったパートナーへの信頼も、同時に揺らいだとしたら。せめてどちらか片方ならば、もう片方へ救いを求めることもできようが、両方ともではあまりに逃げ場がなさすぎはしないか。その状態で何年も持ち堪えてきた東堂は、むしろものすごく強いのではないだろうかと将吾は思った。
「お前、すごいんだな」
 将吾は、思ったことを素直にそのまま口にした。自分だったら、そんな状態に陥ったらとっくに逃げ出していてもおかしくないと思ったから。
「は?」
 東堂が面食らったような声を上げたが、構わず続ける。
「だって、仕事でもプライベートでもそういうさ、まあ行き詰まってどうしようもないような状況で、何年もやってきたわけだろ。お前見てれば、仕事に対しても、その……恋人に対しても、すげえ真面目に向き合ってきたんだろうなって分かるし。それ普通に、相当きついと思うよ」
 東堂の直面してきたものが、全てわかるとは将吾も思っていない。だから細心の注意を払い、今度こそ心に届いてほしいと懸命に訴えたつもりだ。
 しかし、東堂から返ってきたのは、乾いた笑いだった。
「恋人……ねえ」
 ——え……。
 まただ。こちらが真剣に考えてぶつかっていくほど、なんだかはぐらかされるような、どう捉えたらいいか分からない反応を返される。
「えっと、違ったのか……?」
 三ツ藤は元カレ、という言い方をしていたし、すっかり二人はパートナーだったのだと思い込んでいた。そうなると、仮に自分が勘違いをしていたのだとして、そもそもこちらが踏み込んでいい領域なのかどうかも分からない。とにかく、めちゃくちゃに気まずい。
 東堂は将吾を疲れたような目でちらと見たあと、ひどく醒めた声で話し始めた。
「小野のその、人を疑わないまっすぐなところが、お前の良さなんだろうな。だがな、お前が思うほど、俺は綺麗な人間じゃない。……買い被りすぎなんだよ」
 東堂の声には、ささくれた苛立ちがはっきりとにじんでいて、将吾は少し動揺する。東堂の刺々しい物言いは今に始まったことではないのに、なぜこんな気持ちになるのか分からなかった。いつかの会議室前で立ち聞きした、激昂した東堂の残像が目の前の東堂と重なる。
 どうやら自分が何かやらかしたらしいことは理解したが、展開に全くついていけない。
「お前にこんなことまで説明する必要もない気はするが、お前の中で俺が同情すべき被害者にされているのも不愉快だからな……。三ツ藤は、俺の〝恋人〟じゃない」
 将吾は黙って項垂れたまま、続きを待つ。
「向こうはそのつもりだったかもしれないがな。というか、俺がそう勘違いするように仕向けた」
 毒々しい笑みが、東堂の口の端に浮かぶ。
「そもそも、俺に恋人なんていたことはない。表面的にそう見えていたやつはいたかもしれないが、俺にとっては利用価値があるか、ないか。それだけだ。愛だの恋だの、そんなものは存在しない」
 冷え冷えとしたその笑顔は、こうして共に仕事をすることになる前に将吾が思っていた東堂によく似合うもので、この男の本性を表しているように見えなくもない。けれど、今日までの間に将吾が見聞きしてきた色々な東堂の顔を思うと、その中身が印象のままの冷血人間だとはどうしても思えなかった。吐き捨てるように言うその姿に衝撃を覚えなくはないが、同時にそのどこか投げやりなところは、ひどく傷ついているようにも見える。
 うまく言葉にはならないながらも、将吾の中に一つの思いが形になり始めていた。どうしたいのか、どうすればいいのか、わからず闇雲に傷つけ、自身も傷ついているような、今の東堂はそんなふうに見えた。
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