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3. 異変
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「熱冷まし、作ってきましたよ。飲めそうですか?」
「ん……あり、がと……ッゲホ、ゴホッ」
起きあがろうとした拍子に、うまく息を吸い込めなかったのか咳き込むラングレンに、アルーシャが慌ててカップを置いて背中をさすった。
——もう、10日になる。
その日の朝は、特に変わったことはなかったはずだった。
いつものようにラングレンは、アルーシャが前の日に精製した薬と宛先や金額の書いてある冊子を持って、元気に家を出て行った。
そして、太陽が真上から少し西へずれ出す頃。
そろそろ休憩するか、とアルーシャが作業机から顔を上げたのと、ほぼ同時だった。
表のドアに何か重たいものがぶつかるような、鈍い音がした。
何か予定外のことがあって、ラングレンが戻ってきたのかとアルーシャが玄関に向かおうとしたその時、ドアが軋むような音を立てて開いた。
その隙間から、まるで中身の詰まった重い麻袋がせり出してくるように、ラングレンの身体が玄関の床に崩れ落ちる。
駆け寄ってラングレンを抱き起こしたアルーシャは、触れた肌の熱さにぎょっとした。
——なんてひどい熱……!
意識を失ったままのラングレンの身体はずしりと重たく、アルーシャ1人で運ぶのはかなり骨が折れた。だが、万一感染症にかかっている可能性も考えると、不用意に応援を呼ぶわけにはいかない。
寝床に横たえて、服を脱がせ、外傷などがないか確認する。だが、ラングレンの身体にはこれというアザや咬傷は見当たらない。
太陽に当たりすぎて一時的に体温が異常上昇した可能性も考えたが、それならば皮膚表面は熱く乾いていて汗をほとんどかかないはずで、ダラダラと汗を流しているラングレンの現状は当てはまらない。
——ということは、身体の内部のどこかに炎症を起こしているか、あるいは、一番考えたくないが、なにか良くないものに感染したか……
アルーシャの頭が、考えられる可能性を追って忙しく回転する。どちらにせよ、アルーシャの手に負えるものではない可能性が大きい。そうなれば、医師を呼ぶしかない。
レッキアには常駐する医師はおらず、1番近くて隣町で小さな診療所を構えているラモ医師がいるが、もう高齢でその診断にあまり信頼がおけるとは言い難い。一番確実なのは首都から呼んでくることだった。
首都の医師は腕利きが揃っているが、その分多忙であり、高名な者となれば何ヶ月も予約待ちになることも珍しくない。
だが幸い、アルーシャにはつてがあった。学生時代の恩師と呼べる一人であり、首都有数の名医と名高いマルロ医師である。本職は医師だが、中級レベルの治癒魔術も扱うことができる異色の凄腕だ。
ここ数年は直接会う機会こそなかったが、日頃滅多に使わない魔術による緊急通信を行ったのが功を奏したか、マルロ医師はアルーシャからのたっての要請を快諾してくれた。
だが、多忙を極めるマルロ医師に無理を言い、最短で予定を調整してもらって取り付けた約束は、12日後。それまでに熱が下がってくれれば……と一縷の望みを抱いて毎日さまざまな種類・配合で薬を処方していたアルーシャだが、ラングレンは日に日に衰えていくばかりだった。
「だめだ……さっぱりわからない……」
専門ではないものの、アルーシャも大学で基礎的な医学の知識はひととおり学んでいた。
だが、考えられそうな感染症や炎症など片っ端から当てはめてみても、それに効くはずの薬は全く効果を表さず、容態も徐々に悪化していく一方だ。
昨日から、とうとうラングレンは固形のものを食べるのを嫌がるようになってしまった。
それは、噛んで飲み込むという動作をするだけの力まで、失われつつあるということを示していた。
「ん……あり、がと……ッゲホ、ゴホッ」
起きあがろうとした拍子に、うまく息を吸い込めなかったのか咳き込むラングレンに、アルーシャが慌ててカップを置いて背中をさすった。
——もう、10日になる。
その日の朝は、特に変わったことはなかったはずだった。
いつものようにラングレンは、アルーシャが前の日に精製した薬と宛先や金額の書いてある冊子を持って、元気に家を出て行った。
そして、太陽が真上から少し西へずれ出す頃。
そろそろ休憩するか、とアルーシャが作業机から顔を上げたのと、ほぼ同時だった。
表のドアに何か重たいものがぶつかるような、鈍い音がした。
何か予定外のことがあって、ラングレンが戻ってきたのかとアルーシャが玄関に向かおうとしたその時、ドアが軋むような音を立てて開いた。
その隙間から、まるで中身の詰まった重い麻袋がせり出してくるように、ラングレンの身体が玄関の床に崩れ落ちる。
駆け寄ってラングレンを抱き起こしたアルーシャは、触れた肌の熱さにぎょっとした。
——なんてひどい熱……!
意識を失ったままのラングレンの身体はずしりと重たく、アルーシャ1人で運ぶのはかなり骨が折れた。だが、万一感染症にかかっている可能性も考えると、不用意に応援を呼ぶわけにはいかない。
寝床に横たえて、服を脱がせ、外傷などがないか確認する。だが、ラングレンの身体にはこれというアザや咬傷は見当たらない。
太陽に当たりすぎて一時的に体温が異常上昇した可能性も考えたが、それならば皮膚表面は熱く乾いていて汗をほとんどかかないはずで、ダラダラと汗を流しているラングレンの現状は当てはまらない。
——ということは、身体の内部のどこかに炎症を起こしているか、あるいは、一番考えたくないが、なにか良くないものに感染したか……
アルーシャの頭が、考えられる可能性を追って忙しく回転する。どちらにせよ、アルーシャの手に負えるものではない可能性が大きい。そうなれば、医師を呼ぶしかない。
レッキアには常駐する医師はおらず、1番近くて隣町で小さな診療所を構えているラモ医師がいるが、もう高齢でその診断にあまり信頼がおけるとは言い難い。一番確実なのは首都から呼んでくることだった。
首都の医師は腕利きが揃っているが、その分多忙であり、高名な者となれば何ヶ月も予約待ちになることも珍しくない。
だが幸い、アルーシャにはつてがあった。学生時代の恩師と呼べる一人であり、首都有数の名医と名高いマルロ医師である。本職は医師だが、中級レベルの治癒魔術も扱うことができる異色の凄腕だ。
ここ数年は直接会う機会こそなかったが、日頃滅多に使わない魔術による緊急通信を行ったのが功を奏したか、マルロ医師はアルーシャからのたっての要請を快諾してくれた。
だが、多忙を極めるマルロ医師に無理を言い、最短で予定を調整してもらって取り付けた約束は、12日後。それまでに熱が下がってくれれば……と一縷の望みを抱いて毎日さまざまな種類・配合で薬を処方していたアルーシャだが、ラングレンは日に日に衰えていくばかりだった。
「だめだ……さっぱりわからない……」
専門ではないものの、アルーシャも大学で基礎的な医学の知識はひととおり学んでいた。
だが、考えられそうな感染症や炎症など片っ端から当てはめてみても、それに効くはずの薬は全く効果を表さず、容態も徐々に悪化していく一方だ。
昨日から、とうとうラングレンは固形のものを食べるのを嫌がるようになってしまった。
それは、噛んで飲み込むという動作をするだけの力まで、失われつつあるということを示していた。
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