ある不条理な出来事と、呪いの獣

雫川サラ

文字の大きさ
13 / 13

13. エピローグ:ある森に伝わる話

しおりを挟む
「そっちへ行っちゃだめだよ! 戻っておいで」

 明るい日の差す森の中で、籠を背負った男が息子に呼びかける。

「えー、大丈夫だよ、すぐ戻ってくるって!」

 まだ10になるかならないかといった年頃の男の子が、父親に不服そうな声で叫び返した。

「だーめだ。いつも言っているだろう。森の奥には……」
「魔物が出る、だろ? そんなの大人が作った嘘に決まってら!」
「あっこら、待ちなさい!」

 駆け出そうとした子供はあっという間に父親に追いつかれ、首根っこを掴まれてようやく大人しくなる。

「魔物だけじゃない」
「え……?」
「父さんは昔、森の奥に迷い込んだことがあるんだ。まだお前が生まれていない頃のことだよ」

 子供をなだめるための単なる作り話ではないとわかる父親の表情と声に、男の子は、「えっ」と小さく声を発したまま、驚きと恐怖でその場に固まった。

「道に迷って歩いているうちに、いつの間にか、明らかに踏み込んではいけない場所に入ってしまったのが分かった。そして……今でも忘れられない。金色のたてがみに、金の目をした獣が……それが、父さんの目の前に、ゆっくりと現れた。そして、そのそばには……」
「そばには?」

 先ほどまでの威勢も何処へやら、息子は父の話の続きを固唾を飲んで待つ。

「男が立っていた」
「人間が……?」
「人間かどうかは分からない。ものすごく年老いているようにも、まだ若者のようにも見えた。腰を抜かした父さんの前を、獣と男は悠々と通り過ぎていった」
「それで?」

 誰かに聞かれてはいけないかのように、子供が声をひそめて聞く。

「父さんはその場で気を失った。気づいたら、森の外れ、この辺りに倒れていたんだ」
「……」
「あの時、一歩間違っていたら、父さんはここにはいない。だから、お前も近づいちゃだめだ」
「分かった……」

 子供が神妙な顔つきで頷いた。

 父親から解放された後、子供は少し離れたところで、今にもその獣と男が出てきやしないかと森の奥を透かすように見つめる。
だが、あたりにはどこまでも、長閑な鳥の声と風の音が響いているだけだった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

幸せな復讐

志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。 明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。 だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。 でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。 君に捨てられた僕の恋の行方は…… それぞれの新生活を意識して書きました。 よろしくお願いします。 fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

藤吉めぐみ
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

処理中です...