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28.喧嘩のあとのなんとやら

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「そう言えばさ」
「ふ……ぁ、なに……?」

 ベッドへ移動して、正面から抱きしめ合った体勢のまま、啄むようなキスを何度も何度も、飽きもせず繰り返す中で、絢也がふと思い出したように士郎に聞いた。

「お前、なんであの時、俺の居場所がわかったの」
 
そう言ったら、士郎が、ちょっと気まずそうに目線を泳がせるから、絢也は気になって、続きを促すように首筋を甘噛みした。

「ッん! あれ、あれは……」
「うん?」

「絢也が逃げ出したあと、俺も紗栄子をすぐに帰らせて追いかけたんだけど」

 甘えるように絢也の頭に頬を寄せながら、士郎がぽつぽつと話し出す。

「絢也の車見つかんないし、家まで行ったけど電気ついてないし、インターホン鳴らしても、何度電話しても出ねえし……俺、死ぬほど焦って、知り合い中に電話かけまくったんだよ」
「うそ……」
「マジ。絢也のことだから絶対なんかとんでもない勘違いして、何やらかすかわかんねえって必死で探して、誰でもいいから絢也見かけたら連絡くれって」

 そんなに心配されていたなんて、思いもしなかった。
 士郎の必死に自分を探す様を想像して、絢也は項垂れる。

「そしたら、礼司から、絢也っぽいやつがめちゃくちゃ思い詰めた顔してバーに入ってったって、聞いて。フードかぶってたから顔はちらっとしか見てないけど、歩き方から絢也で間違いないと思うって」

 礼司は、絢也たちと同じレーベルに所属する後輩バンドのボーカルだ。
 士郎や絢也とも仲が良く、たまに飲みに行く仲だった。
 あの日、礼司もあの辺にいたのか、と絢也は記憶を辿る。
 ゲイタウンといっても、すぐ隣のブロックは普通の飲み屋が軒を連ねる繁華街だから、いてもおかしくはない。
 だが、すれ違っていたのだとしても、絢也は気づいていなかった。
 それほどに、何も見えていなかった。
 士郎から逃げ出すことしか、考えていなかった。

「お前のいた場所を聞いたときの俺の気持ち、想像できる? 手当たり次第ものをぶっ壊したいくらいだったよ」

 そんな物騒なことを言っていても、士郎が絢也を見つめる目は優しい。

「……悪かったって」
「ん、分かればいい」

 誤解の解けた今、2人がすべきことは言い争うことでも、謝り合うことでもなかった。

「あ……ァ」

 士郎の着ているTシャツの裾から手を滑り込ませ、汗にしっとりと濡れた肌の感触を味わいながら、シャツを捲り上げてゆく。

「ちょ、このまま、すんの……? 俺、汗かいて」
「ん、いい。士郎の匂い、俺は好き」
「って、お前は言うけど、ッぁ、あ……!」

 さっさとシャツを頭から抜き、絢也はあらわになった士郎の素肌に口付けた。
 少し、塩辛い。

「やッん、あ、ああッ」

 ツンと尖って絢也の愛撫を待つ胸の飾りに口づければ、士郎から素直に甘い声が上がった。
 カリ、と甘噛みすると、高らかに啼いて、赤くしこったそこを見せつけるように背中をしならせる。
 その姿はいやらしくて、蠱惑的で、絢也は抗う術を持たなかった。

「あ、絢也ぁッ、はぁ、んッ」
「士郎、今日はいつもより感じてる」

 とろんと蕩けた目に涙を溜めて絢也を見つめながら、士郎は絢也の動きひとつひとつにビク、ビクッと身体を震わせて善がった。
 絢也が指摘すると、耳まで朱に染めて恥ずかしがる。
 その様が一層そそる、なんて言えば怒りそうだから、絢也はやめておいた。

「だって、ッん、 向こうでは全然できなかったし、あッ」

 絢也も、同じだった。早くその肌に触れたくて、だけどあんなことがあって、すっかり萎れていた熱が、今になって、もう我慢できない、早く、と急かしてくる。

「あッあ、ああッ」

 濡れて尖った胸の飾りのすぐ横に、赤い花を散らした。
 この花が、消えずにずっとここに咲き続けていればいいのに。
 そんなことを絢也は思った。

「濡れて、咲く、紅い花のように……」

 突然口ずさみ出した絢也に、士郎が目を開く。
 今度の武道館単独公演で初披露となる新曲の歌詞だ。
 この曲は、絢也が作詞も手がけた。
 その歌詞の意味を、今しがた自身につけられた痕と絢也を交互に見て理解した士郎が、真っ赤になる。

「おま、それ……」
「そうだよ。お前のこと。真っ赤な花が咲いたみたいになる」
「な……!」

 つけた痕に舌を寄せながら平然と言い放つ絢也に、士郎が固まった。
 絢也にしては珍しく色事をテーマにした歌詞だったが、士郎はまさか自分のことだとは思いもよらなかったようで、言葉を失ったまま、あー、とか、うー、とか唸っている。
 そんな士郎の反応にこっそり笑みを浮かべながら、絢也はさっさと士郎の下半身も脱がせにかかった。

「ひゃ、ぁあッ、や、絢也、そこッ」
「んー」

 前と後ろ、同時に与えられる快楽に士郎の長い指がシーツを引っ掻く。
 じゅぽじゅぽと音を立てて屹立を口に含まれ、後孔には絢也の指をすでに2本、咥え込んでいる。
 イイところを指で掠められて、士郎の腰が浮いた。

「あッ、あッ、絢也ぁ、ッん、気持ち、い……」

 蕩けた声で、士郎が快感を訴える。
 その声をもっと聞きたくて、絢也は舌でも指でも士郎の感じるところばかりを可愛がった。

「や、ッだ、も、絢也、指、いいから、ッ」

 とうとう士郎が音を上げた。
 ローションと唾液でドロドロに濡れた下半身になおも顔を埋めようとする絢也の肩を、力の入らない手で士郎が押す。

「早く、絢也の、入れて……」

 士郎が自ら身体を開いて、絢也を誘う。
 とろとろに濡れて解けたそこを目の前に晒して、縋るような眼差しで請われたら、もう抗えない。
 だが、手早く衣服を脱ぎ去って裸になった絢也がゴムを取ろうと伸ばした腕に、遮るように士郎の手が触れた。

「ゴム、いいから……」
「え」
「今日は、そのまま、して」
「だけど」
「いいんだ。絢也を、生で感じたいから……」

 一瞬、その言葉だけで達してしまうのではないかと思った。
 腹の奥がカッと熱くなる。
 絢也の顎から、汗がひとしずく、ぽたりと士郎の肌に滴った。

「分かった……」

 掠れた声で、絢也が返事をした。
 先端を士郎の後孔にキスさせて、浅く出し入れしたあと、グッと腰を進める。

「は、ぁッ、絢也、の、熱いッ……!」

 薄く開いた目からすうっと涙を流しながら、士郎がうわごとのように、そう口にする。

「ん、士郎、の、中も、すげー、あちい……」

 その熱に、酔いしれてしまいそうだった。
 こんなのは、知らない。
 経験したことがない。
 熱くて、柔らかくて、狭くて、ねっとりと吸い付いてくるようで。
 それは、言葉にならないほどに絢也を狂わせた。

「あ、ああッ、絢也、や、ッすごい、ッ」

 身体の繋ぎ目から、はしたなく濡れた音が聞こえてくる。
 絢也は、もう士郎に何を言われても止まれなかった。
 ただひたすらに、士郎が愛おしくて、その熱に身体中が燃えるようだ。

「やべ、お前ん中、よすぎる、」
「ああッ、絢也の、すご、デカい、硬い……ッ」
「煽んなって、イきそーんなるから、ッ」

 カリで士郎が乱れてしまうしこりを擦って、奥を突き上げる。
 その度に、士郎の中が悦んで、絢也にきゅうきゅうとしゃぶりついてくるのだ。
 一番奥まで嵌めたまま、小刻みに突いてやれば、士郎の声が涙混じりになる。

「やッ、あ、絢也ぁ、それ、すき、すきッ……」
「ここだろ?」
「ん、もっと、ぐちゃぐちゃにして、おれのこと、もっと、いっぱい」
「ッ」

 ——喧嘩の後のセックスは燃えるって、誰かが言っていたっけ。

 そんな言葉が絢也の脳裏を過ぎる。
 誰が言っていたのか思い出せないけれど、その言葉は正解だと思った。
 もう二度と触れられないと思っていたその肌に、己のものだというしるしを刻んで、奥の奥までいっぱいにして。
 士郎がこんなに乱れるのも、絢也は見たことがなかった。
 全身で絢也を欲しがるその様に、絢也はもっと啼かせたくて、もっとその花の咲くような艶姿を見ていたくて、必死に腰を振った。

「ぁ、絢也、絢也ぁ、ッすき、愛してる」

 揺さぶられながらの告白に、絢也は胸が熱くなった。

「ッおれも、愛してる……」

 士郎が、絢也の返事に泣き笑いの表情を浮かべて、また大粒の涙をこぼした。


 カーテンの隙間から入ってくる朝日に直撃され、絢也は目蓋の裏が眩しくて目を覚ました。

 ——今、何時だ……

 隣では、士郎がすうすうと寝息を立てている。
 狭いシングルベッドの上、掛け布団はほぼ全部士郎の方に持っていかれていた。

 ——手加減、してやれなかったしな……

 士郎は幾度も絶頂し、ほとんど出るものがなくなって、ドライでも達して。
 中に出してとせがまれて、ドロドロになるまで愛し合った。

 腰が立たなくなった士郎を抱えてシャワーを浴びるのも、一苦労だった。
 中に放ったものをかき出してやるだけでも色っぽい声をあげる士郎に、また身体は熱くなり。
 さすがにもうこれ以上は無理だろうと、自身をなだめるのに苦心した。
 シーツは取り替えて、洗濯機の中だ。
 幸い、帰国の翌日である今日は、全員オフだった。

 ——帰国当日に、何やってたんだ、俺ら……

 知り合いに電話しまくったと士郎は言っていた。
 後で、適当に事情をでっち上げて説明しなければならないだろう。
 そんなことを寝ぼけた頭で考えながら、絢也は胸に広がる暖かい幸せを感じていた。
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