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第2章 淡い芽吹き
4話 もう一度、人の間に
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城下町に程近い町の埃っぽい大通りに、午後の白い日差しがじわりと暖かさを運んでくる。人が忙しなく行き交い、活気のある掛け声や笑い声がさざめいている。
「蘇芳、それが終わったら、今度はこっちの二つを頼むよ」
「はい、旦那様」
通りに面した薬屋に、よく通る声が響いた。間口は狭いが、一歩中へと踏み込めば壁にずらりと薬箪笥が並んでいて、店主の腕前が窺える。
後継がいないとこぼしていたここの主人に蘇芳が出会ったのは、蘇芳がミソラの屋敷を後にしてから三月ほど経った頃のことだった。
あてもなく飛び出して幾日も歩く中で、蘇芳に込み上げてきたのは、もう一度人の中で暮らしたい、という切ないくらいの願いだった。
そう願う反面、あの恐怖を忘れてはいなかった。
ミソラに学んだ力の使い方でなんとか見た目を化かすことはできるようになったから、すぐには気付かれない。でもまたあの時のように、いつ力が暴走しないとも限らない。そうなったら、今度こそ命が無事では済まないかもしれない。
でも、例えばあまり人と関わらず、危なくなったら身を隠せるように距離を保っていれば、どうだろうか、と蘇芳は必死に考えた。
あれきり、どれだけ頑張っても一度もあんな恐ろしい幻影のようなものを出すことはできていないのだ。あの時のような恐ろしい目に遭いさえしなければ、ごく普通に生きていけるのではないだろうか。そして、あやかしたちとのことも、あるいはやがて記憶の中に埋もれ、夢を見ていたのだと思えるようになるのではないか、そう希望を抱いていた。
何度も立ち止まっては、やっぱり戻るべきではないかと考え、数歩引き返し、いや、だめだ、と思い直してまた前を向いた。気を抜くと泣き言を言いたくなるから、後悔はしないように、押さえつけていた。
人の住む里にたどり着いたのは、ミソラの屋敷を出てから三日三晩歩いた、あくる朝のことだった。
不思議と眠くもならず、あまり腹も減らなかった。こんなところにばかり、自分の人ではないところが浮き彫りになるようで、やり場のない気持ちを抱えたまま蘇芳は足を動かした。
鮮やかな赤や黄色に彩られた山の中腹にぽつんと建っている稲荷神社の社殿の裏側が見え、表へ回って鳥居を潜った途端、空気が変わるのが分かった。
——人の、世界だ……出られた!
例えるなら、濃く甘い空気だったのが、薄くなって埃っぽくなったような。そういえば村の空気はこんな感じだった、と蘇芳はずっと忘れていたものを思い出した。
そう意識した途端に、ミソラの元にいた頃は感じなかった人恋しさが胸の内に溢れ出した。くだらなくて、忙しなくて、温かい人の喧騒を感じたくて、蘇芳は我知らず早足で山を下った。
「蘇芳、それが終わったら、今度はこっちの二つを頼むよ」
「はい、旦那様」
通りに面した薬屋に、よく通る声が響いた。間口は狭いが、一歩中へと踏み込めば壁にずらりと薬箪笥が並んでいて、店主の腕前が窺える。
後継がいないとこぼしていたここの主人に蘇芳が出会ったのは、蘇芳がミソラの屋敷を後にしてから三月ほど経った頃のことだった。
あてもなく飛び出して幾日も歩く中で、蘇芳に込み上げてきたのは、もう一度人の中で暮らしたい、という切ないくらいの願いだった。
そう願う反面、あの恐怖を忘れてはいなかった。
ミソラに学んだ力の使い方でなんとか見た目を化かすことはできるようになったから、すぐには気付かれない。でもまたあの時のように、いつ力が暴走しないとも限らない。そうなったら、今度こそ命が無事では済まないかもしれない。
でも、例えばあまり人と関わらず、危なくなったら身を隠せるように距離を保っていれば、どうだろうか、と蘇芳は必死に考えた。
あれきり、どれだけ頑張っても一度もあんな恐ろしい幻影のようなものを出すことはできていないのだ。あの時のような恐ろしい目に遭いさえしなければ、ごく普通に生きていけるのではないだろうか。そして、あやかしたちとのことも、あるいはやがて記憶の中に埋もれ、夢を見ていたのだと思えるようになるのではないか、そう希望を抱いていた。
何度も立ち止まっては、やっぱり戻るべきではないかと考え、数歩引き返し、いや、だめだ、と思い直してまた前を向いた。気を抜くと泣き言を言いたくなるから、後悔はしないように、押さえつけていた。
人の住む里にたどり着いたのは、ミソラの屋敷を出てから三日三晩歩いた、あくる朝のことだった。
不思議と眠くもならず、あまり腹も減らなかった。こんなところにばかり、自分の人ではないところが浮き彫りになるようで、やり場のない気持ちを抱えたまま蘇芳は足を動かした。
鮮やかな赤や黄色に彩られた山の中腹にぽつんと建っている稲荷神社の社殿の裏側が見え、表へ回って鳥居を潜った途端、空気が変わるのが分かった。
——人の、世界だ……出られた!
例えるなら、濃く甘い空気だったのが、薄くなって埃っぽくなったような。そういえば村の空気はこんな感じだった、と蘇芳はずっと忘れていたものを思い出した。
そう意識した途端に、ミソラの元にいた頃は感じなかった人恋しさが胸の内に溢れ出した。くだらなくて、忙しなくて、温かい人の喧騒を感じたくて、蘇芳は我知らず早足で山を下った。
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