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第6章 自我の目覚め

4話 追いかけて、それから

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「何か、似たような話を聞いていませんか」
 あまり余計な詮索をして回ると怪しまれるので、さりげなく、蘇芳は町の男たちを中心に聞いて回った。
「いやあ、この辺りでは聞かないねえ。案外どこかで捕まったのかもしれんよ。……どうした、そんな青い顔しなさって」
「……いえ、大丈夫です。なるほど、ありがとうございました」
 晴弥が、捕まる。そんなこと、想像すらしていなかった。
 けれど、晴弥にも、自分と同じ人の血が流れている。自分よりも遥かに強い力を持っていても、何かの拍子に、そうなることがないとは言い切れないのかもしれない、という恐ろしい想像が蘇芳の心をかき乱した。
 そんなことになったら、どうしたらいいのだろう。自分には、何ができるのだろう。
 ‪—‬—そんなの、考えたこともなかった……。
 とことん、おめでたい頭をしてんだな。
 あの時の醒めた声が、頭の中に響いて、ずきりと胸に痛みが走る。
 蘇芳にはまだ、その声に言い返す言葉が見つかっていなかった。

 それから月が満ちて、また欠けて、細く線のようになった。
「ああ、山の向こうからの物売りに聞いたんだよ。どうも同じ奴じゃねえかなあ。やり方も、盗られてるものも似たようだったしな。大したことじゃねえんだが、どうにもタチが悪い」
 何気なく話すその商人に、蘇芳は表情を変えずにいるのに苦心した。
 ‪—‬—よかった……!
 近隣の住人という立場では厄介なことがまた起きたという話なのだから、密かな安堵を悟られないよう蘇芳は神妙に頷いてみせる。
 晴弥の無事を知るまでの間、蘇芳にはずっと考えていたことがあった。
「……」
 日が暮れるまで、蘇芳は無心に身の回りのものを片付けていた。
 ちょうど、今夜は月がない。いつかのように、自分が先へ進もうとする日の夜には、月がないことが符号のように感じられる。
 ‪—‬—行くなら、今夜。
 そう思っているのに、あとは引き戸を開けて、外へ踏み出すだけなのに、蘇芳は部屋の中で立ったまま動けずにいた。
 晴弥を追いたい一心で、晴弥のことだけを考えてきた。けれどそれは、この町で蘇芳が何に困ることなく、皆の信頼と好意の中で暮らせていたからだ。何も心配することなく、ただ薬を作って、売って、代金を貰って。その金銭で暮らしをまかない、人々の日々の営みに笑ったり困ったり、寂しく思ったり憤ったりする。
 それはかつてあれほどに焦がれた「普通の暮らし」だった。いつの間にか、蘇芳は手に入れていた。だから、気に掛かっていることだけを考えていられた。
 ‪—‬—晴弥を追うってことの、意味……。今まで、考えてこなかった。
 ここを出て晴弥を追うとして、なんとかして現場に居合わせて、自分と話をしてもらえるように強引にでも追いかけて。
 ‪—‬—それから、どうする……?
 ここへきて、はたと壁にぶつかっている。
 晴弥をあのまま行かせてはいけなかった気がして、もう一度会ってちゃんと話がしたくて、でもそこまでしか頭になかった。
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