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第7章 本当の気持ち
5話 気配を追って
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——あの頃は、何も言えなかった。でも今は違う。今は、町の人たちがどんなことを思って生きているか分かる。動物や木や草と違って、例えば俺が話すことで何かを変えることだって、できない話じゃないかもしれない。
具体的にどうしようと考えがあるわけではなかった。もしそんなことをした理由がわかったとして、それを自分が町の人たちに話したところで、信じてもらえる確信があるわけではない。だからといって、知らぬ存ぜぬを決め込むこともできなかった。
自分がしたいと思うことを誰かに拒絶される、見捨てられる、居場所を失う、そうした恐怖が全くなくなったわけではない。しかし、それより他の誰でもない自分として、この出来事の真相を知りたい、そしてそれをやめてほしいと訴えたいという思いが上回った。
山に向かって、風のように駆ける。町を抜けてからは、普段押さえ込んでいる力を全部解き放ち、速度を上げた。
この街に一番近い、稲荷神社の祠。そこにあることは知っていたけれど、町から近すぎるために今まで近寄ったことがなかった。
息を荒げながら、蘇芳は色褪せた鳥居を迷いなく潜る。
「……ミソラさま! どちらにいらっしゃいますか!」
前とは違い、潜った先には誰もいない。日はとうに沈み、不気味なほど静まり返った闇だけが広がっている。誰の気配すらないのはむしろ不自然なほどだ。
ミソラにとって、自分の気配を感じることなど朝飯前のはず。そう考えれば、ミソラが意図的に自分の前から姿を消しているのだという結論におのずと導かれた。
意識を研ぎ澄ませ、集中する。そこまでの力は自分にないと分かっているが、ミソラが、あやかしがするように、空気に漂う生命の気配を感じ取ろうと必死になった。
「……!!」
なんともいえない嫌な気配が這い登って、蘇芳は身体を小さく震わせた。
何のどんな、とも形容し難いけれど、本能的に身のすくむような、逃げ出したくなるような、不快感と恐怖の入り混じったそれに、蘇芳は足を踏ん張って耐える。
「あっちだ……」
異様なまでの不穏な空気は、蘇芳が暮らしていた頃には感じたことのないものだ。そこへ向かっていくには何度も自分を奮い立たせなければ、膝を折ってしまいそうだった。
よろよろと走りながら、蘇芳には今自分がどのあたりを駆けているのか、さっぱり分からなかった。ミソラの元にいた頃にはあたりを知ろうともしなかったから、ミソラの治める土地がどのくらい広いのかさえも分かっていないことが情けない。
——あれ……?
気のせいかもしれない。しかし蘇芳は、寒気のするような嫌な気配の中に混ざって、一瞬だけ胸が締め付けられるような、馴染みのある何かを感じた気がした。
「っ……!」
木の枝にぶつかろうが、草の棘に足を引っ掻かれようが、構うことなく蘇芳は走り続けた。やがて、目指すものが、行手に見えてきた。
具体的にどうしようと考えがあるわけではなかった。もしそんなことをした理由がわかったとして、それを自分が町の人たちに話したところで、信じてもらえる確信があるわけではない。だからといって、知らぬ存ぜぬを決め込むこともできなかった。
自分がしたいと思うことを誰かに拒絶される、見捨てられる、居場所を失う、そうした恐怖が全くなくなったわけではない。しかし、それより他の誰でもない自分として、この出来事の真相を知りたい、そしてそれをやめてほしいと訴えたいという思いが上回った。
山に向かって、風のように駆ける。町を抜けてからは、普段押さえ込んでいる力を全部解き放ち、速度を上げた。
この街に一番近い、稲荷神社の祠。そこにあることは知っていたけれど、町から近すぎるために今まで近寄ったことがなかった。
息を荒げながら、蘇芳は色褪せた鳥居を迷いなく潜る。
「……ミソラさま! どちらにいらっしゃいますか!」
前とは違い、潜った先には誰もいない。日はとうに沈み、不気味なほど静まり返った闇だけが広がっている。誰の気配すらないのはむしろ不自然なほどだ。
ミソラにとって、自分の気配を感じることなど朝飯前のはず。そう考えれば、ミソラが意図的に自分の前から姿を消しているのだという結論におのずと導かれた。
意識を研ぎ澄ませ、集中する。そこまでの力は自分にないと分かっているが、ミソラが、あやかしがするように、空気に漂う生命の気配を感じ取ろうと必死になった。
「……!!」
なんともいえない嫌な気配が這い登って、蘇芳は身体を小さく震わせた。
何のどんな、とも形容し難いけれど、本能的に身のすくむような、逃げ出したくなるような、不快感と恐怖の入り混じったそれに、蘇芳は足を踏ん張って耐える。
「あっちだ……」
異様なまでの不穏な空気は、蘇芳が暮らしていた頃には感じたことのないものだ。そこへ向かっていくには何度も自分を奮い立たせなければ、膝を折ってしまいそうだった。
よろよろと走りながら、蘇芳には今自分がどのあたりを駆けているのか、さっぱり分からなかった。ミソラの元にいた頃にはあたりを知ろうともしなかったから、ミソラの治める土地がどのくらい広いのかさえも分かっていないことが情けない。
——あれ……?
気のせいかもしれない。しかし蘇芳は、寒気のするような嫌な気配の中に混ざって、一瞬だけ胸が締め付けられるような、馴染みのある何かを感じた気がした。
「っ……!」
木の枝にぶつかろうが、草の棘に足を引っ掻かれようが、構うことなく蘇芳は走り続けた。やがて、目指すものが、行手に見えてきた。
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