【完結】半端なあやかしの探しもの

雫川サラ

文字の大きさ
62 / 74
第7章 本当の気持ち

8話 人として、あやかしとして

しおりを挟む
「!!」
 晴弥、そして蘇芳の双方が言葉を失い、しばし場に沈黙が降りた。
 ‪—‬—癸……って、俺のこと……?
 いや、もしかして、ここに大勢詰めかけている中にも癸はいるかもしれない。はやる鼓動を懸命に堪え、蘇芳は固唾を飲んでことの成り行きを見守る。
 ミソラが歌うように続けた。
「気づいていないと思っていたのかい? この子が現れた瞬間からお前の威嚇で四方の獣たちまで逃げていったほどだと言うのに」
 この子、と言うのがここにいるあやかしの中の誰かを指しているのではないのはさすがに蘇芳にも分かった。改めて、その意味を反芻すると、顔から火が出そうになる。
 ‪—‬—そんな……俺の、って……。
 場違いな感情を抱きそうになり、蘇芳は慌てて深呼吸した。
 ミソラはむっすりと黙ったままの晴弥にくつくつと笑い、しかしその顔はどこか寂しそうにも見える。
「おおかた、そんな話じゃないかとは思っていたけれどね……わたしにも、思うところはあるよ」
 ミソラの声色がほんの少し変わったような気がして、蘇芳は顔をあげた。
「お前の思っているだろうことは大凡分かっている。お前はお前自身が思っているよりも、ずっと私に似ているよ……苦々しいほどにね」
 ミソラが、そしてその言葉を聞いた晴弥が、同時に顔をしかめる。その表情は、確かにハッとするほどよく似ていた。
「お前がわたしに釘を刺しにきたことがあったね。この子を……蘇芳をどうするつもりだと」
 蘇芳は息を飲んだ。ミソラの屋敷で暮らしていた時、庭からそっと覗き見た、ミソラの客人。あれはやはり晴弥だった。
「その時はまだお前の真意が読めていたわけではなかったし、お前自身わかっていなかったのだろうね……あの時からすでにお前はわたしを牽制していた。しかし、血は争えないものだな」
 苦笑いして、ミソラが足元を見下ろす。
「わたしはこれでいて情緒を重んじるたちでね。力で従えることは簡単だが、それでは味気がない。わたしは蘇芳が自らの意思で選ぶものを尊重した。お前の時にもそうしたように」
「……黙って聞いてりゃ適当なこと言いやがって」
 晴弥が唸り声を上げる。身体を起こそうとしたが、力が入らないのかうまくいかないようで、転がされたまま身体を捻り、ミソラを睨みつける。
「綺麗事抜かしてんじゃねえ。てめえは結局最後のところ自分の欲が満たされればあとのことはどうなろうが知らぬ顔だ。おおかたこいつにだって私の唯一だとかなんとか囁いてその気にさせようとしたんだろ? 俺はあんたとは違う。目先の欲を美化して不幸な命を生み出すことも、すべての生き物の支配者ヅラをして自分の匙加減一つで命を容赦なく切り捨てるような真似もしない!」
 その叫びこそ、ずっと蘇芳が晴弥の口から聞きたかったことだった。心臓が握り潰されるように痛い。晴弥の抱えていたもの、自分より遥かに強く濃いあやかしの力を引く合いの子の、存在する苦しみに共鳴する痛みだ。この痛みを癒すために、ここに来たのだと蘇芳は改めて思い出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

処理中です...