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第8章 桜吹雪の下で
2話 一番聴きたかった声
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——どうか、お前にそんな価値があるとでも思っていたのか、と笑い飛ばされませんように。晴弥と引き換えにするだけの利用価値が、俺にありますように……。
ミソラがかつて自分にかけてくれた言葉、眼差しを思い出し、そこに感じたものに、蘇芳は賭ける。
「だから、この人を解放してください。確かにここに縛り付けておけばもうこの人には何もできないかもしれない。でも、そんなの、酷すぎる……!」
「蘇芳!」
そこへ、はっきりと力のこもった、一番聴きたかった声が割って入った。名を呼ばれ、蘇芳はびくりと身体を震わせる。
上半身を無理やり起こした晴弥が、凄まじい形相で蘇芳を睨みつけていた。力を奪われ続けている中で身体を動かす苦痛に、額に汗が浮かんでいる。
「やめろ……っ、お前は、何を言って、」
「分かっています。でも俺は考えて、覚悟の上で、ここにいます。勢いでも軽はずみなわけでもない。そりゃ、怖くないなんて言ったら嘘になるし、余計なお世話だと言われるのだって分かってます。でも、」
晴弥を思うと、感情が昂って、うまく声が出ない。じわりと目の奥が熱くなるのを感じた。
「俺は、あなたに笑っていてほしい。それだけです。確かにしたことは許されないかもしれないけど、あなたはあんなことをしたくてする人じゃない。……あなたは俺にもいずれ分かると言っていた。ミソラさまも、俺に全く同じことを言いました」
それを聞いた晴弥は思い切り眉をしかめ、ミソラは笑っているのか困っているのか分からない顔になる。その対照的な光景が場違いにおかしくて、蘇芳は口元が緩むのを感じながら続けた。
「あなたがたびたび起こしていた騒ぎの意味を、俺はずっと考えていました。なんでそんなことをするのかって……考えて、俺は、あなたが諦めようとして忘れきれない苦しみを、誰かに伝えたがっているように感じたんです」
誰も、何も言わなかった。重たい沈黙を押し返すように、蘇芳はずっと伝えたかったことを、口から押し出すように声にする。
「俺が考えたことが合っているのか分からないけど、どうしてもあなたに伝えたいと思っていました。居場所を誰もくれないなら、自分が作ればいいんです。信じて欲しいなら、まず自分が信じなきゃいけない。自分がそうされたいと願うように、大切に思う人を自分から求めて、大事にする……そういう、今までしたことのないことをしたら、これまで変わらなかったものだって、変わるかもしれない。あなたはかつて俺を笑いました。でも現に、俺はあなたに出会って、世界が変わったんです。その証が、今の俺自身だって、あなたに伝わるか分からないけど、俺はそのつもりで今日ここに来ました。同じことがあなたにだって起きるかもしれない。俺は、それを、見たいんです」
自分がどんな扱いを受けるか分からない以上、見届けられないのかもしれない。でも、どこかで晴弥が笑える日が来るなら、それで十分自分のしたことに意味はある。この身一つで晴弥を救えるなら、喜んで投げ出したいと思った。
まるで、そうすることが定まっていたように、自然に言葉が口から出た。
「俺は、あなたを、」
「言うな!」
ミソラがかつて自分にかけてくれた言葉、眼差しを思い出し、そこに感じたものに、蘇芳は賭ける。
「だから、この人を解放してください。確かにここに縛り付けておけばもうこの人には何もできないかもしれない。でも、そんなの、酷すぎる……!」
「蘇芳!」
そこへ、はっきりと力のこもった、一番聴きたかった声が割って入った。名を呼ばれ、蘇芳はびくりと身体を震わせる。
上半身を無理やり起こした晴弥が、凄まじい形相で蘇芳を睨みつけていた。力を奪われ続けている中で身体を動かす苦痛に、額に汗が浮かんでいる。
「やめろ……っ、お前は、何を言って、」
「分かっています。でも俺は考えて、覚悟の上で、ここにいます。勢いでも軽はずみなわけでもない。そりゃ、怖くないなんて言ったら嘘になるし、余計なお世話だと言われるのだって分かってます。でも、」
晴弥を思うと、感情が昂って、うまく声が出ない。じわりと目の奥が熱くなるのを感じた。
「俺は、あなたに笑っていてほしい。それだけです。確かにしたことは許されないかもしれないけど、あなたはあんなことをしたくてする人じゃない。……あなたは俺にもいずれ分かると言っていた。ミソラさまも、俺に全く同じことを言いました」
それを聞いた晴弥は思い切り眉をしかめ、ミソラは笑っているのか困っているのか分からない顔になる。その対照的な光景が場違いにおかしくて、蘇芳は口元が緩むのを感じながら続けた。
「あなたがたびたび起こしていた騒ぎの意味を、俺はずっと考えていました。なんでそんなことをするのかって……考えて、俺は、あなたが諦めようとして忘れきれない苦しみを、誰かに伝えたがっているように感じたんです」
誰も、何も言わなかった。重たい沈黙を押し返すように、蘇芳はずっと伝えたかったことを、口から押し出すように声にする。
「俺が考えたことが合っているのか分からないけど、どうしてもあなたに伝えたいと思っていました。居場所を誰もくれないなら、自分が作ればいいんです。信じて欲しいなら、まず自分が信じなきゃいけない。自分がそうされたいと願うように、大切に思う人を自分から求めて、大事にする……そういう、今までしたことのないことをしたら、これまで変わらなかったものだって、変わるかもしれない。あなたはかつて俺を笑いました。でも現に、俺はあなたに出会って、世界が変わったんです。その証が、今の俺自身だって、あなたに伝わるか分からないけど、俺はそのつもりで今日ここに来ました。同じことがあなたにだって起きるかもしれない。俺は、それを、見たいんです」
自分がどんな扱いを受けるか分からない以上、見届けられないのかもしれない。でも、どこかで晴弥が笑える日が来るなら、それで十分自分のしたことに意味はある。この身一つで晴弥を救えるなら、喜んで投げ出したいと思った。
まるで、そうすることが定まっていたように、自然に言葉が口から出た。
「俺は、あなたを、」
「言うな!」
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