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「──レイラ。お願いだ。もう、ぼくを解放してくれ」
「あたしからも、お願いします。バートを、自由にしてあげて」
バートと、バートの愛する女が、悲痛な声色で、頭を下げる。さらに十歳の男の子が、レイラをきつく睨み付けてきた。
「お父さんとお母さんを虐めるな!」
レイラはもう、どうしたらいいのかわからなかった。
子爵令嬢のレイラと、子爵令息のバートが出会ったのは、共に十二歳のとき。親の紹介からだった。
ある日。父親の知り合いだというロマーノ子爵と、その息子──バート・ロマーノが屋敷を訪ねてきて、レイラは父親と共に、四人でのお茶会に出席していた。
「レイラは少し、身体が弱くてね」
優しい父親は、いつもレイラのことを気にかけてくれていた。母親も、兄も、みんな優しかった。
「といっても、日常生活にはなんら問題はないんだ。ただ、貴族夫人となると、なにかと責任がのしかかってくるのでね」
「確かに。領主の妻ともなれば、使用人たちへの指示に、他の貴族との、お茶会という名の交流、情報収集など。神経をつかいますからな」
父親とロマーノ子爵が、レイラのことを語る。父親の隣で、レイラが気まずそうにカップを握る。事前に聞いていたのは、知人と知人の息子が訪ねてくるから、お前も挨拶をしなさいと言われていただけだったので、ひどく戸惑っていた。
伏せていた目をふっと上げると、向かいの席に座るバートと視線が合った。同じ年の彼が優しく微笑み返してくれたので、レイラは少しだけ、肩の力を抜くことができた。
バートは、ロマーノ子爵家の三男。とても優秀な彼は、文官を目指しているとのことだった。話しの流れから、レイラの父親は、レイラとバートの婚約を望んでいるようだった。
(……わたしを心配してくれるのはとてもありがたいのだけど)
レイラにとって、体力もなく、体調をよく崩し、風邪など頻繁に引いてしまう自分の身体は、コンプレックス以外のなにものでもなかった。それをはじめて会う人に、ペラペラと話す父親。しかも、そんな娘を、婚約者にと勧めている。
「レイラは見ての通り、器量も良くて、とても優しい子なのだよ。勉学も作法も、人一倍頑張っていてね」
褒められているのに、恥ずかしくて、惨めで、仕方なかった。好きになったあとならともかく、誰だって、選べるなら、健康な人がいいに決まっている。
「あ、あの。お父様」
たまらず口を挟もうとしたレイラに重ねるように、バートは「本当に、綺麗な人ですね」と、父親に言った。
父親が、そうだろう、と上機嫌になる。ロマーノ子爵も嬉しそうで、雰囲気的に、レイラは口を閉じるしかなかった。
初対面でのバートの印象は、悪くはなかった。どころか、穏やかで、終始笑顔の優しい彼に好意を抱いた。
二人が帰ったあと「もう察しているかもしれんが」と、父親は応接室の椅子に座り直し、レイラに切り出した。
「お前には、信用のおける知人の息子であるバートと一緒になってもらいたいと考えている」
「……だと、思いました」
「うん。では、どうだった? バートという男は。率直な意見を聞かせてくれ」
「……悪い方ではないと」
父親が、そうかと目を輝かせたので、レイラは慌てた。
「で、ですが。わたしがよくても、相手はどう感じたか……身体が弱いわたしとわざわざ一緒になりたいなんて思うわけありませんし。わたしと結婚しても、爵位も継げない。彼にはなんのメリットもないではありませんか」
「お前は、自分を卑下し過ぎだよ。見目も性格も申し分ない、私の自慢の娘なのだから、もっと胸を張りなさい」
「ですが……」
「それにメリットというなら、彼には他にも充分にあるさ」
レイラが「それはいったい……?」と、首を傾げた。
「結婚したあかつきには、お前には、多額の持参金を持たせてやる。あやつは三男だ。独立したあとは、財産もなにもないところからのスタートとなる。これがどれほどの助けになるか」
父親の台詞に、レイラは少なからずショックを受けた。バートがレイラに優しく接してくれていたのは、それが原因だと考えたからだ。肩を落とすレイラに、父親が、どうしたと声をかける。
「……いえ。バート様が終始笑顔だったのは、そのせいだったのですね」
「ん? いや、違うぞ。持参金のことは、まだロマーノ子爵にも、バートにも話してはいないからな」
「そう、だったのですか……?」
あきらかに嬉しそうにするレイラに、父親は、おお、と声を弾ませた。
「一度目の顔合わせは、どうやら成功したようだな」
父親が陽気に笑う。あとで知ったことだが、バートをレイラに勧めたのは、父親の独断だったらしい。母親と兄は、レイラ同様、バートのことをなにも聞かされていなかったらしく、買い物から帰宅した母親と、婚約者とのデートを終えて帰ってきた兄が、父親に詰め寄っていた。
「あなた! ひと言、わたくしに相談してくれてもよかったのではないのですか?」
「そうですよ、父上。大事な妹の婚約者になるかもしれない男なら、僕もきちんと見極めたかったです」
はは。父親は悪びれることなく白い歯を見せた。
「なに。これから知る機会はいくらでもあるさ。初対面で三人も保護者がいれば、相手も緊張すると思ってね。それと直接会話をしてみて、性格に難があれば、すぐにこの話をなかったことにしたくてな」
母親が、まあ、と頬を緩めた。
「では、第一関門はクリアしたと?」
「品のある、穏やかな少年だったぞ。レイラも、どうやら少し気があるみたいで」
「お、お父様!」
あらあら。
母親は嬉しそうに。兄は少し複雑そうにしていた。そして、二回目にバートが屋敷を訪れたとき、母親と兄も交えて、顔合わせという名のお茶会をした。
そうして。
三回、四回、とバートが屋敷を訪ねてくるようになって三ヶ月後。
両家同意のもと、レイラとバートは、正式に婚約した。
「あたしからも、お願いします。バートを、自由にしてあげて」
バートと、バートの愛する女が、悲痛な声色で、頭を下げる。さらに十歳の男の子が、レイラをきつく睨み付けてきた。
「お父さんとお母さんを虐めるな!」
レイラはもう、どうしたらいいのかわからなかった。
子爵令嬢のレイラと、子爵令息のバートが出会ったのは、共に十二歳のとき。親の紹介からだった。
ある日。父親の知り合いだというロマーノ子爵と、その息子──バート・ロマーノが屋敷を訪ねてきて、レイラは父親と共に、四人でのお茶会に出席していた。
「レイラは少し、身体が弱くてね」
優しい父親は、いつもレイラのことを気にかけてくれていた。母親も、兄も、みんな優しかった。
「といっても、日常生活にはなんら問題はないんだ。ただ、貴族夫人となると、なにかと責任がのしかかってくるのでね」
「確かに。領主の妻ともなれば、使用人たちへの指示に、他の貴族との、お茶会という名の交流、情報収集など。神経をつかいますからな」
父親とロマーノ子爵が、レイラのことを語る。父親の隣で、レイラが気まずそうにカップを握る。事前に聞いていたのは、知人と知人の息子が訪ねてくるから、お前も挨拶をしなさいと言われていただけだったので、ひどく戸惑っていた。
伏せていた目をふっと上げると、向かいの席に座るバートと視線が合った。同じ年の彼が優しく微笑み返してくれたので、レイラは少しだけ、肩の力を抜くことができた。
バートは、ロマーノ子爵家の三男。とても優秀な彼は、文官を目指しているとのことだった。話しの流れから、レイラの父親は、レイラとバートの婚約を望んでいるようだった。
(……わたしを心配してくれるのはとてもありがたいのだけど)
レイラにとって、体力もなく、体調をよく崩し、風邪など頻繁に引いてしまう自分の身体は、コンプレックス以外のなにものでもなかった。それをはじめて会う人に、ペラペラと話す父親。しかも、そんな娘を、婚約者にと勧めている。
「レイラは見ての通り、器量も良くて、とても優しい子なのだよ。勉学も作法も、人一倍頑張っていてね」
褒められているのに、恥ずかしくて、惨めで、仕方なかった。好きになったあとならともかく、誰だって、選べるなら、健康な人がいいに決まっている。
「あ、あの。お父様」
たまらず口を挟もうとしたレイラに重ねるように、バートは「本当に、綺麗な人ですね」と、父親に言った。
父親が、そうだろう、と上機嫌になる。ロマーノ子爵も嬉しそうで、雰囲気的に、レイラは口を閉じるしかなかった。
初対面でのバートの印象は、悪くはなかった。どころか、穏やかで、終始笑顔の優しい彼に好意を抱いた。
二人が帰ったあと「もう察しているかもしれんが」と、父親は応接室の椅子に座り直し、レイラに切り出した。
「お前には、信用のおける知人の息子であるバートと一緒になってもらいたいと考えている」
「……だと、思いました」
「うん。では、どうだった? バートという男は。率直な意見を聞かせてくれ」
「……悪い方ではないと」
父親が、そうかと目を輝かせたので、レイラは慌てた。
「で、ですが。わたしがよくても、相手はどう感じたか……身体が弱いわたしとわざわざ一緒になりたいなんて思うわけありませんし。わたしと結婚しても、爵位も継げない。彼にはなんのメリットもないではありませんか」
「お前は、自分を卑下し過ぎだよ。見目も性格も申し分ない、私の自慢の娘なのだから、もっと胸を張りなさい」
「ですが……」
「それにメリットというなら、彼には他にも充分にあるさ」
レイラが「それはいったい……?」と、首を傾げた。
「結婚したあかつきには、お前には、多額の持参金を持たせてやる。あやつは三男だ。独立したあとは、財産もなにもないところからのスタートとなる。これがどれほどの助けになるか」
父親の台詞に、レイラは少なからずショックを受けた。バートがレイラに優しく接してくれていたのは、それが原因だと考えたからだ。肩を落とすレイラに、父親が、どうしたと声をかける。
「……いえ。バート様が終始笑顔だったのは、そのせいだったのですね」
「ん? いや、違うぞ。持参金のことは、まだロマーノ子爵にも、バートにも話してはいないからな」
「そう、だったのですか……?」
あきらかに嬉しそうにするレイラに、父親は、おお、と声を弾ませた。
「一度目の顔合わせは、どうやら成功したようだな」
父親が陽気に笑う。あとで知ったことだが、バートをレイラに勧めたのは、父親の独断だったらしい。母親と兄は、レイラ同様、バートのことをなにも聞かされていなかったらしく、買い物から帰宅した母親と、婚約者とのデートを終えて帰ってきた兄が、父親に詰め寄っていた。
「あなた! ひと言、わたくしに相談してくれてもよかったのではないのですか?」
「そうですよ、父上。大事な妹の婚約者になるかもしれない男なら、僕もきちんと見極めたかったです」
はは。父親は悪びれることなく白い歯を見せた。
「なに。これから知る機会はいくらでもあるさ。初対面で三人も保護者がいれば、相手も緊張すると思ってね。それと直接会話をしてみて、性格に難があれば、すぐにこの話をなかったことにしたくてな」
母親が、まあ、と頬を緩めた。
「では、第一関門はクリアしたと?」
「品のある、穏やかな少年だったぞ。レイラも、どうやら少し気があるみたいで」
「お、お父様!」
あらあら。
母親は嬉しそうに。兄は少し複雑そうにしていた。そして、二回目にバートが屋敷を訪れたとき、母親と兄も交えて、顔合わせという名のお茶会をした。
そうして。
三回、四回、とバートが屋敷を訪ねてくるようになって三ヶ月後。
両家同意のもと、レイラとバートは、正式に婚約した。
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