あなたがわたしを捨てた理由。

ふまさ

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 王立学園の廊下。元婚約者のクラレンスと、クラレンスの婚約者、侯爵令嬢のグロリアが、並んで歩いている。

 楽しそうに、微笑み合っている。アーリンはごくりと唾を呑み込み、すれ違いざま、ご機嫌よう、と小さく会釈をした。

 そんなアーリンを、クラレンスがあからさまに無視する。気まずそうにグロリアが「よいのですか?」と、問いかけるが、クラレンスは、いいんだよ、と笑った。

「未練は、断ち切ってもらわないとね」

 俯いたアーリンの目は、光を失っていた。



 ♢♢♢♢♢



 貴族は、生まれる前から婚約者が決められていることも少なくはない。伯爵令嬢のアーリンと、伯爵令息のクラレンスも例外ではなく、物心つく前から、二人の婚約は決められていた。

 だが、互いに不満はなかった。気付けば傍にいたし、政略ではあったが、愛はあった。恋愛小説のように、二人は恋をしていた。

「クラレンスのお嫁さんになるの、楽しみにしてるね」

「うん」

 小さな頃の、約束。破られることなど、決してないと思っていた。


「──一目惚れをした人がいます」

 それは、アーリンとクラレンスが王立学園に入学してから、まだひと月も経っていないとき。みなに、大事な話しがある。そう言って、互いの家の当主と、アーリンに集まってもらったクラレンスは、開口一番にそう告げた。

「告白をしたら、相手も、僕のことを好きだと言ってくれました」

 唐突過ぎる展開に、その場にいる全員が呆然とする。構わず、クラレンスは続ける。

「これに、正当な理由がないことはわかっております。ですが、相手の令嬢は、婚約破棄されたときに請求されるであろう慰謝料を、半分持つとまで申し出てくれました」

 クラレンスの父──マース伯爵が、その令嬢とは、誰だと掠れた声を出した。

「その人の名は、グロリア・クロメント。クロメント侯爵の令嬢です」

「クロメント、侯爵……」

 マース伯爵が、知らず繰り返す。クロメント侯爵家と言えば、国でも有数の資産家だ。確かにあそこなら、慰謝料を半分持つぐらい、なんの痛手もないだろう。

「確かに、我が家に比べて、爵位も上だし、資産もあるな」

 アーリンの父、バートランド伯爵が怒気を含んだ声音で吐き捨てる。クラレンスは臆することなく、はい、と頷いた。

「加えて、容姿端麗で、とてもお優しいのです。彼女に好意を抱く男は、きっと星の数ほどいるでしょう」

 アーリンの指が、ぴくりと動いた。そして、目を見開いたまま、一筋の涙を流した。

 バートランド伯爵はもちろん、マース伯爵も、アーリンの涙に心が痛んだ。アーリンの正面に座るクラレンスを見る。クラレンスの表情は、動かない。

「──貴様っ!!」

 我慢ができなくなったのか、バートランド伯爵が、席を立ち、声を荒げた。

「僕を打って、アーリンとの婚約を破棄してくださるなら、いくらでもどうぞ」

 目を閉じ、クラレンスが呟く。隣に座るマース伯爵が、お前、と目を瞠る。

「父上。アーリンには、とても申し訳なく思っております。ですが、クロメント侯爵家との繋がりができることは、我がマース伯爵家にとって、とても有益なのではないでしょうか」

「……それは、そうかもしれんが」

 マース伯爵は、ちらっとアーリンに視線を移した。俯き、涙を流すアーリンを。

「……なぜだ。お前たちは、あんなに仲が良かったではないか。互いを想い合っていたのは、誰の目にもあきらかだった。ひと月も経たないうちに心変わりしてしまうような、そんな軽いものだったとは、私にはとても思えん」

「それは、グロリア嬢に出会う前の話しでしょう?」

 呆れからか。怒りからか。応接室が一瞬、静まり返った。はじめにそれを破ったのは、これまで黙していた、アーリンだった。

「……グロリア様が、あなたの運命の相手だったということですか……?」

 クラレンスは、ふっと鼻で笑った。

「運命の相手か。いかにも恋愛小説が好きな、きみらしい言葉だ」

「貴様! 娘を愚弄するつもりか?!」

「とんでもありません、バートランド伯爵。ただ、グロリア嬢と比べて、少々幼稚だなと思っただけです」

「! クラレンス! 無礼が過ぎるぞ」

「そうですね、父上。バートランド伯爵、失礼しました。だが、僕になにかしようとしているなら、止めた方がよいですよ」

「……どういう意味だ」

「グロリア嬢が、ひいてはクロメント侯爵家が、黙ってはいないでしょうからね」

 見下すように、クラレンスが吐き捨てる。アーリンは、縋るような双眸で、クラレンスを見詰めた。

「……クラレンス。あなたは、グロリア様に脅されているのではないですか?」

「…………」

「だからわたしを、バートランド伯爵家を守るために、そんなことを……」

 クラレンスは「──そうだと言ったら?」と、薄く笑った。

「婚約破棄ではなく、婚約解消に同意してくれるの? 僕としては、愛しいグロリア嬢に迷惑をかけたくないから、願ったり叶ったりだけど……」

 でもね。クラレンスは、口調を強めた。

「グロリア嬢は、そんなことはしない。僕の恋人を悪く言うのは止めてくれ。気分が悪い」

 鋭い視線を向けられ、アーリンは、びくっと肩を揺らした。

 それでも。

「……もう、可能性はない? どうしようもないの?」

「なにが」

「わたしは、クラレンスが好き。どうしようもなく。わたしがグロリア様みたいになれば、もう一度、好きになってくれる……?」

 アーリンは自分でも、愚かなことを言っている自覚はあった。でも、突然過ぎて、心が諦めてくれない。ほんの少しの可能性を見いだしたくて、縋る。

 涙ながらに必死に訴えるアーリンに、クラレンスは冷たく、こう言い放った。


 ──気持ちが悪い、と。

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