姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。

ふまさ

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「マイラ様のお付きの方を置いてきてしまってよかったのでしょうか」

 兵士の一人が不安そうにホレスに問いかける。マイラと使用人の女性との会話を聞ける距離にいたのは、ライナスとホレスだけ。マイラがもう、公爵令嬢ではないことも、あの女性が付き人でないことも、彼らは知らない。だが、こうしてライナスとマイラが馬車の中で二人きりになることを承知してもらえたのは、マイラが公爵令嬢であると彼らが信じているからこそだ。

「大丈夫ですよ。話しが終われば、我らがお屋敷までマイラ様を送り届ければよいのですから──みなさまには主のわがままでご迷惑をおかけすることになって、本当に申し訳なく思っております」

 ホレスが腰を折る。兵士たちは「とんでもありません」と焦りながらも、笑ってくれた。

「確かにあの音色は、素晴らしかったですから」

「それにしても、あんなに必死になるなんて。ライナス殿下は、よほど音楽が好きなのですね」

 ホレスは「ええ。ですが」と頬を緩めた。

「ここだけの話し。何事も器用にこなすお方ですが、バイオリンを弾く才能はなかったらしく」

「そうなのですか?」

「はい。ですからバイオリンを弾く才能に恵まれた方を、ことに尊敬していました」

「なるほど。だからなのですね」

 ──まあ、それだけはないのですがね。

 ホレスは心の中で、こっそりと呟いた。



「ええと。確認なのだけれど……記憶喪失になったっていうのは」

「あ、はい。嘘です」

 ライナスの問いに、マイラが何故か、目を輝かせながらはっきり答える。

「そ、そう。では、わたしのことも覚えてくれて──」

 マイラが食いぎみに「もちろんです」と返答する。マイラは単純に、ライナスにもう一度逢えたことが嬉しくてテンションがあがっていたのだが、ライナスは衝撃的な数々の事実に理解も気持ちもまだ追い付いておらず、どう反応したらいいのか。どのような言葉をかけるべきか。戸惑っている状態だった。

「……四度目の奇跡が起こるとは、思っていませんでした」

 ぽつりともらされたマイラの科白に、ライナスが「奇跡?」と視線を向けた。

「はい。ライナス殿下に逢えることは、わたしにとって全て奇跡でしたから」

 マイラは嬉しそうに「わたし、ヘイデン殿下と婚約解消したんですよ」と目を細めた。

「……うん。ごめんね。聞いてた」

「そうですか。では」

 マイラは小さく息を吸い「ライナス殿下。お慕いしておりました」と言った。

 ライナスが目を丸くする。マイラは少し頬を赤く染めながら、ほうっと息を吐いた。

「聞いてもらえて、ありがとうございました。これでもう、何も思い残すことはありません」

「……何を」

「おかげでこれからのわたしの一生を、心から神に捧げることができます」


 涙ぐみながら、マイラは微笑んだ。
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