悪役令嬢なので最初から愛されないことはわかっていましたが、これはさすがに想定外でした。

ふまさ

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「クライブ殿下は大丈夫なのですか? あれからもう半月が経とうとしていますが」

 翌朝。クラスメイトの女子生徒たちに囲まれたフェリシアは、大丈夫ですよ、と微笑んでみせた。クライブが落馬したことは、学園中の者が知っていたが、記憶喪失のことはまだ、ごく一部の者にしか知らされていない状況だった。

「大丈夫ですよ。ただ、大事を取って、もうしばらくは学園をお休みするそうです」

 まだあのお姿を拝見できませんのね、と。安心しながらも、残念そうにする女子生徒たち。

「フェリシア様も、ご心配でしょう」

 気遣いに、はい、と答えるフェリシア。みんなの中では、まだわたしはクライブ殿下の婚約者なのねと、なんともいえない気持ちになった。

 友であるリンダも、クライブの記憶喪失のことは知らない。国王がよしとするまで、外部にはもらせないのだ。国民を不安にさせないようにとの判断なのだろうが、嘘をつき続けるしかないこの状況は、素直に辛かった。




「どうしたの?」

 放課後。クラスのみんなが帰り支度をはじめる中、席をついたままぼんやりしているフェリシアの顔を、リンダが覗き込んできた。心配そうな声色に、つい、話してはいけないことを口に出しそうになった。

「な、んでもない」

 リンダが、はあ、とため息をつく。

「私にも話せないことがあるのね」

「……うん」

「未来の王妃だもんね。秘密にしなければならないこともたくさんあるだろうから……辛いね」

 フェリシアはもう一度、うん、と頷いた。リンダはそれ以上は触れず「今日も王妃教育があるんでしょう? 校門のところまで一緒に行きましょう」と、小さく笑った。

「……ええ。でも、少し学園での用があって」

「そうなの? 手伝ってあげたいけど、私、今日は予定があって」

「ありがとう。その気持ちだけで充分よ」

「じゃあ、行くけど……無理はしないでね。また明日」

 手を振り、また明日と、バーサに微笑む。そんな中、クラスメイトたちが、一人一人、教室を去って行く。

 どのぐらい経っただろうか。気付けばフェリシアは、放課後の教室に一人、取り残されていた。

(前は、期限付きの王妃教育のお休みだった。でも、今回は違う)

 クライブとの婚約は、近い内に解消される。そんなフェリシアにはもう、王妃教育を受ける必要はないのだ。

 王妃になりたかったわけでも、クライブとの結婚を望んでいたわけでもない。それでも心が晴れないのは、デリアの望む結果になってしまったからだろう。

(……聖女デリアがゲームのままの人格者だったら、きっと祝福もできたのに)

 そんなことを悶々と考えていたフェリシアに、意外な人物が近付いてきた。

「……少しお時間、よろしいでしょうか」

 光のない双眸で見下ろしてきたのは、デリアの幼なじみの、テッドだった。

 デリアに水をかけた犯人として認識されてからは、話しかけられるどころか、睨まれる日々。テッドの様子がおかしくなってからは睨まれることすらなくなっていたこともあって、驚愕のあまり、フェリシアは数秒、固まってしまった。

「……クライブ殿下が、落馬したと噂で知りました」

 俯いたテッドが、絞り出すように掠れた声で、小さく呟いた。それがなに。思ったことそのままを、フェリシアは訝し気に口に出した。

「……それがなにか……?」

 テッドはぐっと拳を握ると「……それは本当に事故だったのですか?」と告げた。

 フェリシアの目が、大きく見開かれた。「どういう意味ですか?」と問えば、テッドは苦しそうに唇を噛んだ。

「……あなたはデリアのこと、どんな人物だと思っていますか」

 えもいわれぬ緊張感に、まだデリアが学園に通っていた頃のテッドが、フェリシアの脳裏を巡った。あんなに大切にしていたデリアを避け、心身共に弱っているように見えたテッド。そんな彼は、デリアが学園を辞めてからというもの、少しだけ顔色が良くなった気がする。

 デリアになにかされたのだろうか。デリアの本性を知っているがゆえ、そんな考えが過ったことは、一度だけではなかった。

 ──しかし、聖女となったデリアのことを、迂闊に悪く言うわけにはいかなかった。

 彼が味方だとは、限らないのだ。

「これは、なにかの罠でしょうか」

 毅然とするフェリシアに、テッドは慌てたように「ち、違いますっ」と、両手を左右に揺らした。

 少しして。

「……デリアが、あなたにナイフで切りつけられたと、ぼくに泣きついてきたことがありました」

 フェリシアは「──いつ」と、目を丸くした。その事件は、箝口令が敷かれていたから。

「デリアがしばらく学園を休んでから、登校してきたすぐの日です」

 王命をあっさり破っていたデリアに、フェリシアは呆れを通りこし、いっそ感心しそうになった。

(その時点では王家の影がついていたから、陛下はご存知だったはず。わたしの知らないところでなにか罰を受けていたりしたのかしら……いいえ。もう、どうでもいいか。それにしても──)

 虚ろな目したテッドに視線を向ける。その双眸には、意外なことに、怒りなどの感情がないように見えて。フェリシアは疑問符を頭に浮かべた。

「──知っていたのなら、どうしてわたしになにも言ってこなかったのですか? わたしに水をかけられたと聖女デリアが訴えたとき、あなたはわたしに怒りの感情をぶつけてきましたよね?」

「……すみません」

「違います。怒っているわけではありません。よく知りもしないわたしなんかより、大事な幼なじみの言葉を信じるのは、ごく自然なことです。だからこそ、大事な人を切りつけたわたしに、なにも言ってこなかったことの方が、不自然に思えてならないのです」

「…………」

 五人の攻略対象者の中で、誰より優しく、太陽と笑顔が似合う男の子だったテッド。もはや見る影もなくなってしまった目の前の男の子に、フェリシアは我慢ができなくなった。

「テッドさん。いつの頃からか、顔色が悪く、やつれていきましたよね。それと同時に、聖女デリアを避けるようになった。それと、なにか関係があるのですか?」

 テッドは「……気付いていましたか」と、薄く笑った。

「誰もが気付いていましたよ。でも……ごめんなさい。気付かないふりをしていました」

「……いいえ。ぼくはあなたを、デリアを虐める人だと認識していたので……そうされて、当然です」

 消え入りそうな声量には、敵意などまったくなく。彼がなにを話したいのか。この時点では、予想がつかなかった。

「……フェリシア様。あなたは、デリアを傷付けましたか?」

 これにフェリシアはぴくりと片眉を動かしてから、いいえ、とはっきり答えた。

「信じてもらえないかもしれませんが、聖女デリアはわたしと二人きりになったとたん、自身の腕をナイフで傷付け、悲鳴を上げました。駆けつけた者たちに、わたしにやられたと泣きながら訴えて……どうやら、わたしに罪をきせたかったようです」

 テッドは予想外にも、やはり、と呟いた。フェリシアの目が、大きく見開く。

「わたしの言い分の方を信じてくれるのですか? でも、やはりとは……その可能性もあると予想していたということなのですか?」

「……していました。クライブ殿下をフェリシア様から奪うためなら、やりかねないと」

 フェリシアが「……なにがあったのですか」と、掠れた声を出した。


 テッドから語られたのは、ゲームでのストーリーには決してなかったであろう、それこそ予想だにしないことだった。


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