悪役令嬢なので最初から愛されないことはわかっていましたが、これはさすがに想定外でした。

ふまさ

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「クライブ殿下……っ!」

 真っ青な顔をしたイアンが、クライブの右手首を掴んだ。フェリシアの視界の端に、嬉しそうに口元を歪めるデリアがいた。

(……なんだかもう、どうでもよくなってきたわ)

 デリアの思い通りに事が運ぼうが、クライブがデリアに騙されていようが、もうどうでもいいかと、フェリシアの心が急激に冷めていった。

「──よく、わかりました。クライブ殿下」

 フェリシアがクライブに、綺麗に微笑む。その場にいた全員がギョッとしたように口をつぐんだが、フェリシアは気にせず、デリアに向き直った。

「聖女デリア」

「な、なによ」

「わたし、もう二度とあなたとクライブ殿下に近付きません。ここで神に誓います」

 それがあなたの願いなのでしょう。暗に込められた意味に、デリアが鼻で笑う。

「そんなことであたしたちを誤魔化せると思ってんの?」

 いいじゃないか。口を挟んできたのは、クライブだった。

「きみは彼女を苦手としていたし、これでもう、安心だろう?」

 完全に落ちたと感じたデリアは満足したのか。クライブ殿下がそう言うならと、クライブに腕を絡ませた。

「早くお部屋に戻りましょう」

 ああ。薄く笑いながらクライブが振り向く。そこには、どうぞお幸せにと、笑顔のフェリシアと、嫌悪の眼差しを向けるイアンがいた。

「クライブ殿下?」

「……な、んでもないよ」

 デリアに笑いかけてから、クライブはまだじんと痛む自身の右手を見た。

(……デリアのためとはいえ、女性に手をあげてしまった)

 強く叩き過ぎてしまった。今更ながらの、後悔。その罪悪感からなのだろうか。

 憎いはずのフェリシアの笑みに、なぜか取り返しのつかないことをしてしまったような気がして、心臓の鼓動が早くなっていくのを感じた。

(側近であるはずのイアンも、わたしにあんな目を向けてくるなんて……)

 振り返ってみれば、イアンとまともに会話したことがないことに気付いた。イアンだけでなく。記憶喪失となってから、デリア以外の人と会話したことが、数えるほどしかないことも。

 デリアは朝から晩まで、クライブの傍にいる。もう頭痛はしないから、その必要性はないのに。

 ──いや。これはわたしが望んだせいだ。

 早く記憶を取り戻してほしい。第一王子という立場も相まって、一層のプレッシャーに押しつぶされそうになり、そう願う人たちから距離をとった結果が、これだ。唯一、それを願わない相手がデリアだった。だからデリアとの二人の空間は、居心地が良かった。

 理由は、もう一つ。

 机の引き出しに隠すようにしてあったロケットペンダントの中にあった写真には、幼いデリアが写っていた。婚約者であるフェリシアに遠慮して外していたのだろうが、記憶をなくす前の自分はきっと、デリアを愛していたのだろう。

 クライブは、そう理解した。だからデリアを信じた。フェリシアがクライブの秘めた想いに気付いてしまったため、デリアを憎むようになり、それから虐めがはじまったという言葉を。

(考えてみれば、悪いのはわたしではないか……?)

 政略とはいえ、婚約者以外を愛し、それを相手に悟られていたなんて。虐めはよくないが、相手を不快にさせた罪はある。

(……やはり、叩いたのはやり過ぎたかもしれない)

 脳裏に浮かぶ、ガラス玉のような空色の瞳。しばらくそれは、クライブの瞼の裏に焼き付いて離れなかった。

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