死にたがり令嬢が笑う日まで。

ふまさ

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「オールディス伯爵家の嫡男で、文武両道、人当たりもよく、誰からも信頼され、愛されていた。そんな兄から、わたしは陰湿な虐め──いや。わたしからすれば、虐めなんて生易しい言葉ではすまされないことを、誰の目にも触れないところで、されていた。階段から突き落とされたりして、命の危険を感じたこともあった。虫を食べさせるというあの行為も、兄に何度か強要されたことがある」

 前を向きながら、アラスターが淡々と語る。ニアの眉が、僅かながらにぴくりと動いた。

「でも、両親も、屋敷の者も、どれだけ訴えても、誰も信じてくれなかった。兄がそんなことをするはずがないとね。わたしはそれがなにより辛くて、ある日、屋敷を飛び出した。そこで、カイラに出会ったんだ……カイラだけが話を聞いてくれて……わたしの話を、信じてくれた。それからわたしは街に行くたびにカイラと会うようになって、兄からされたことをその度、話て……」

 アラスターは足を止めることなく、続ける。

「兄が憎い。けれどわたしは、わたしの言葉を信じなかった両親のことも、憎んでいる。なのにわたしは、両親と同じことをしていた。最低だな」

 同じ、なのだろうか。ニアは少し首を捻ったが、どう表現すればいいのかわからなかった。

「兄が流行病で呆気なく逝って、カイラとの結婚が叶わなくなって、ふざけるなと幾度も嘆いたが……まさか、こんな結末が待っていたとは思わなかったよ」

 ぽつりと呟き、アラスターは、本当にすまない、と掠れた声で謝罪してきた。泣いているのだろうか。前を向いているので、ニアからはその表情は見えない。

 アラスターはそれきり何も言わず、歩みを進めた。ほどなく、オールディス伯爵が住む屋敷に着き、ニアはアラスターと共に、屋敷内に足を踏み入れた。



「! まあ、アラスター。休日に訪ねてきてくれるなんて、嬉しいわ。あら、そのお嬢様は」

 廊下を歩いていると、四十代と見られる女性が、小走りでこちらに向かってきた。嬉しそうなその女性とは対称的に、アラスターの顔は、曇ったまま。

「母上。こちらは、ニア・フラトン。子爵令嬢です」
 
「え、婚約者候補の?」

「はい」

「あ、あら! 顔合わせは正式に婚約すると決めたあとでと言っていたけれど……そう。そうなの」

 安堵したような様子のアラスターの母親──オールディス伯爵夫人に、けれどアラスターは「父上は屋敷におられますか?」と、表情を変えず、問いかける。

「ええ。いま、呼んでくるわね。顔合わせは応接室でいいかしら」

 明るく、オールディス伯爵夫人が笑う。アラスターが、はい、と答えると、オールディス伯爵夫人は近くにいた使用人にお茶と菓子の用意を命じると、オールディス伯爵の部屋へと急いで駆けていった。

「行こう。応接室はこちらだ」
  
 アラスターに促され、一階にある応接室へと向かう。今度は前ではなく、隣を歩くアラスター。なんとなくどんな表情をしているのか気になって、ちらりとアラスターに目線を向ける。そんなニアに、アラスターが「どうした?」と、静かに声をかけてきた。

『なに見てるの? 不快だから止めてよ』

 過ったのは、義姉の声。

「すみません。不快でしたね」

 さっと目を逸らすニアに、アラスターが、いや、と答える。

「むしろいまは、きみ以外の視線を不快に感じるよ」

 目を丸くし、アラスターと視線を交差させるニア。アラスターは、ふっと小さく笑った。

「なんでもいい。話したいことがあるなら、話してくれ。罵倒でもなんでもいい。なんの償いにもならないが、いまはそれぐらいしか思いつかないんだ」

 フラトン子爵の屋敷の者。カイラたち。その誰より罪を背負ったような顔をするアラスターが、ニアには不思議で仕方がなかった。

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