悪役令嬢として、愛し合う二人の邪魔をしてきた報いは受けましょう──ですが、少々しつこすぎやしませんか。

ふまさ

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 二人に二度と近付かない。

 たったそれだけで、許されるとは思っていなかった。でも、ローランドとリリアンは、もうわたしの顔など見たくないのでは、とも考えていたので、二人が一緒に、時には一人ずつ、マイナの前に現れるのが、少し不思議ではあった。

「ねえ、謝罪して。少しでも悪いと思っているなら、早く」

 学園内。生徒たちが大勢いる中、もう何度目かわからない謝罪を、マイナに要求するリリアン。

「もっとちゃんと! 誠心誠意、頭を深く下げて! もっとよ、もっと!」

 文句一つ言わず、従うマイナの姿が心地良いのか。こんな風に謝罪を要求する日もあれば、容姿を貶してくる日もあった。

「その顔で、よくローランド様にアプローチできたわよね。あたしなら恥ずかしくて、そんなことできないわ」

 最近は、砕けた口調が当たり前になってきていたが、マイナは別にかまわなかったので、何も言わず、望まれるまま謝罪し、暴言を受け入れていた。ローランドが吐く内容も、リリアンと似たり寄ったりだった。

 少し困ったのが、それ以外のこと。

 ──例えば。

 学園の食堂で、一人でランチを食べていると、後ろからやってきたローランドに、頭の真上で、水の入ったコップを逆さにされた。マイナの頭上から、顔に向かって、水が滴ってくる。

「やあだ、ローランド様ったら」

「今日は少し暑いからな。冷やしてやろうと思って」

「まあ、お優しいこと」

 ローランドとリリアンが、愉快そうに去って行く。暑い、といっても季節は秋なので、少なくとも水を浴びる暑さではない。まあ、そういう問題ではないのだか。

(……制服も濡れてしまったわ)

 はあ。ため息をつき、ポケットから取り出したハンカチで、髪や顔を拭く。

(よっぽどストレスをためていたのね……申し訳ない)

 最初これをされたときは驚いたが、もう慣れたもので、冷静に垂れてきた水を拭う。

「……あの」

 小さな声でマイナに話しかけてきた女子生徒が、そっと横からハンカチを差し出してきた。マイナが驚いたように、その女子生徒と視線を合わせる。

 マイナには、友人と呼べる存在がいなかった。それはそうだろう。婚約者がいる第一王子に言い寄る女など、誰が友人にしたいものか。

「……ええと、これは?」

「ハンカチ一枚では、拭いきれないと思いまして……」

 困惑するマイナに、女子生徒は呟いた。なんて優しい人なのだろうと思わずじんとしてしまったが、マイナは差し出されたものを受け取ろうとはしなかった。

「ありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ。もう慣れたものですから、ハンカチを数枚持ち歩いているのです。それに、わたしなんかと一緒にいるところを見られたら、ろくなことになりませんよ。さあ、早くお戻りになってください」

 ローランドとリリアンは、ここより離れた窓際にある、王族専用の席にいる。衝立もあるので、二人がこの現場を目撃している可能性は低いが、他の生徒たちにも、嫌われ者と話しているところは見られない方がいいだろう。

 良い子なら、なおさら。

 女子生徒は何か言いたげにしていたが、やがてハンカチを引っ込め、背を向けて行ってしまった。

 家族以外に優しくされたのは、この学園にきてからはじめてだったので、マイナの頬が思わず緩んでしまった。

 他にもローランドとリリアンには、教科書を破かれたり、持ち物を学園内にある池に捨てたりなど、あらゆる仕返しをされた。しかし、幸いにも親には溺愛されていたので、教科書も持ち物も、申し訳ないと思いつつも、頼めばすぐに代わりを用意してくれた。だからマイナはなんの不便もなく、これも自業自得と、それらも黙って受け入れた。

 物を頻繁に紛失するようになってしまったことを心配してくれる家族には、心苦しいことこの上なかったが、誰のせいかは、どんなに問われても言うつもりはなかった。

 ただ、泣きも喚きもしないマイナの態度に、ローランドとリリアンの怒りは収まらず。嫌がらせは日を追うごとに加速していき、止む気配はなかった。

 ひと月経つ頃には、自業自得だと、マイナと同様に考え、傍観していた生徒たちの中にも、少しやりすぎではという意見もちらほら聞こえてるくるようになっていた。けれど表立ってマイナを庇う者はいなかったため、ローランドとリリアンは、生徒たちはみなこれらの嫌がらせに納得していると思い込んでいた。だからこそ、人前で堂々とこのような行いを繰り返していた。

 ──そんなある日。

「……その顔を見ているだけで、吐き気がするわ」

 休み時間。廊下でマイナと鉢合わせしたリリアンは顔を歪め、つかつかと近付いてきたかと思えば、持っていた分厚い本を振り上げた。

 マイナの右肩を上から打ち、それから右腕、左腕と、分厚い本でマイナの身体のあちこちを打ちはじめた。

 暴力を振るわれたのは、これがはじめてだった。これには恐怖を覚えたマイナが、止めてください、と言った。ようやっとマイナに苦痛を与えられたことが嬉しかったのか、リリアンの口角がにやりと上がる。

 ひっ。

 声を上げたのは、この騒ぎを遠巻きにみていた令嬢の誰かのもの。それと同時に、マイナとリリアンのあいだに誰かが割って入ってきた。

「リリアン様。いくらなんでも暴力はっ」

 リリアンは、マイナを庇うように立ち塞がった男子生徒を、鋭く睨み付けた。

「こいつが何をしてきたか、あなたも知っているのでしょう? なのにこいつを庇うの? ローランド様に言いつけるわよ!?」

 誰より慌てたのは、マイナだった。

「待ってください! 彼があなたを止めたのは、あなたを想ってのことです」

「でたらめ言わないで!」

「いいえ。暴力を振るえば、アザとなり、跡か残ります。もしこれをお父様たちに見られてしまったら? わたしは誰にやられたのか、話してしまうかもしれませんよ?」

 リリアンは「あたしを脅迫するつもり?!」と、怒声を張り上げた。

「証拠が残ってしまうということです。それは、あなたのためになりません。だからその方は、リリアンさんを止めたのです。決して、わたしのためではありません」

 ふん。
 リリアンが鼻を鳴らす。

「そうよね。男好きで品のないあなたの味方なんて、いるわけないものねぇ」

「その通りです。ですが、本当に、暴力は止めてください。アザができれば、着替えや湯浴みを手伝ってくれる侍女に、確実に見られてしまいます」

「転んだとでも言い訳しなさいよ」

「打つのは、これで最後ということですか? なら、そうします。何度も通用するとは思えませんので」

「うるさいわね。少しはその馬鹿な頭を使ったら?」

「では、あなたが言い訳を考えてください」

 リリアンは、言い訳さえ考えれば暴力を振るってもいいのかと思ったようだが、あいにく、うまい言い訳を思いつかなかったようで。

「もういいわよ、ブス!」

 捨て台詞を残し、踵を返してその場から離れていった。
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