悪夢から目覚めたわたしは、気付かないふりをやめることにしました。

ふまさ

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 制服に着替え、登校の準備を終えたオリヴィアは、一階の食堂に向かった。扉を上げるとき、オリヴィアはどきりとした。中から、楽しそうな会話が漏れ聞こえてきたからだ。

 それでも覚悟を決め、扉を開けた。そこには予想通り、デイルとグレースの二人がいた。

「おはよう、オリヴィア」

「おはようございます、お義姉様!」

 顔が引き攣りそうになりながらも、オリヴィアは二人に、おはよう、と返した。

 いつもの席。デイルの正面に、オリヴィアが腰を落とす。隣には、グレース。

「でね、デイル様。あたし、今度のお休みはお洋服を買いに行きたくて」

「いいね」

(……ああ、また三人ででかけるのね。最後に二人でデートに行けたのは、いつだったかしら)

 ふと思い、デイルを見た。デイルはグレースだけを見ていて、オリヴィアの視線には気付いていない。

(……悪夢、か)

 デイルがグレースを好きになるわけがない。頭で言い聞かせようとしても、心のどこかで否定する自分がいる。

 ──そんなわけないじゃない、と。

 たまには二人きりになりたい。思い切ってそう伝えたオリヴィアに、デイルはこう言い捨てたことがある。

 冷たい姉だね、と。

 それ以来、デイルに対しても、オリヴィアはやりたいことなどを口にできなくなった。休日の予定も、グレースが希望するところに行くのがもはや当たり前になってしまっていた。

 たまに希望を聞かれることはあっても、それはデイルではなく、グレースにだった。お義姉様は、どこか行きたいところはありますかと。しかしそれは、たまたまグレースが行きたいところを思いつかなかったときだけだ。

(……駄目よ。考えたら駄目。気付いてしまったら、もう戻れなくなる……っ)

 グレースを見る、デイルの視線。それはもう、婚約者の妹に向けるものではない。

 わかっている。違うと必死に言い聞かせてきただけで。

 しかし、いくらなんでも夢のようなことは起こらないだろう──とは、オリヴィアには言い切れなかった。

 あり得ると、思ってしまった。

 これから起こる、言わば正夢ではないか。そんな考えが頭から離れない。

 デイルにとって大切なのは、オリヴィアよりグレースで。たとえオリヴィアが命を落とそうと、心配するのはグレースの心。

(……駄目だってばっ)

「──お義姉様? どうかされたのですか?」

 グレースの声に、オリヴィアは現実に引き戻された。顔を上げれば、こちらを見るデイルとグレースの二人の姿があり、ぎくりとした。

「……な、んでもないわ。少し、夢見が悪かっただけで」

「そうなのですか。どんな夢を見たのですか? ほら、誰かに話すことで、心が軽くなるって言いますし」

「ありがとう。でも、あまり覚えていないの。ただ、嫌な夢を見たなって感覚だけが残っていて」

「わかります! あたしもそういうこと、ありますから」

「そうなの?」

 意識して、笑みをつくる。悪意がないのはわかる。しかしオリヴィアは、あなたになにがわかるのと、心で毒づくのが止められなかった。

「そういえば、顔色が少し悪いね。大丈夫?」

 デイルに、ええ、と笑う。心配なんてしていないくせに。同時に、そう思ってしまった。

(……ああ、もう無理かもしれない)

 おさえていたものが、溢れ出す。思ってはいけないと必死におさえてつけていた思いが。
 
 あと一年と数ヶ月我慢すれば、マケラ子爵家から離れられる。あの両親からも、義妹からも。未来に希望があるから、オリヴィアは耐えられた。

 なのに。

 でも。

 ──あれが正夢だったら、そんな未来なんてこないんだ。

 そもそも、デイルがグレースを愛しているのなら、たとえ結婚できたとしても、デイルは父親と同じことをするのではないだろうか。オリヴィアもオリヴィアとの子も愛さず、グレースの子だけを愛するのではないか。

 自分の考えに、オリヴィアは全身の毛が逆立った。

(……そうだ。デイルの想いに気付かないふりをして、結婚したとしても、幸せになれるとは限らないんだ)

 どうしてこんな簡単な考えに思い至らなかったのか。

(わたしにはデイルしかいないから……?)

 しかし縋ったところで、本当にデイルがグレースを愛しているのなら、未来は──

 オリヴィアはそのとき、とある決意をした。




 その夜。

 オリヴィアは一人、デイルの自室に向かった。扉をノックし、話したいことがあると、部屋に入れてもらった。

「どうしたの? ぼく、そろそろ寝るところだったんだけど」

 少々不機嫌なデイルに、オリヴィアは少しだけ怯みそうになった。でも、あの悪夢の日はもうすぐそこまで迫っていて。

 迷っている時間が惜しく、また、決意が揺らぐ前にどうしても決着をつけておきたかったので、なんとか心を奮い立たせた。

「ごめんなさい、どうしても二人だけで話したいことがあって」

 デイルが、はあとあからさまなため息をついた。

「またそれ? グレースを邪魔者扱いするのはやめようよ。可哀想だ」

 それは決して珍しい台詞ではなかったのに、オリヴィアの片眉がぴくりと動いた。そして自然と、口が動いていた。

「そうよね。あなたはわたしの気持ちより、グレースの気持ちの方が大事だものね」

 そんな言い方をしたのははじめてだったので、デイルは驚いたように目を丸くしていた。

「い、いや。そんなつもりはないよ。ただ、きみも知っているだろ? グレースは元平民だからという理由で、友だちもつくれずにいるんだ。ぼくたちが支えてあげないと」

 この言い訳は何度目だろう。オリヴィアも思わず、ため息をつきそうになった。

「──そのグレースについて、あなたに聞きたいことがあって来たの。それにさえ答えてくれたら、すぐに出て行くから安心して」

 淡々と話すオリヴィアに、デイルは若干焦ったようだった。

「違うよ。きみが来てくれて、ぼくも本当は嬉しかったんだ。でも少し疲れていて……きつい言い方に聞こえていたら、ごめん。そうだよね。最近、二人での会話も減っていたから、寂しかったよね。ゆっくり話そう」

 少し強気に出ただけで、この態度。その変化に、これまでどれだけ舐められていたのだろうと、オリヴィアは妙な達観視ができてしまっていた。

 だからだろうか。デイルに対して、はじめて怒りが沸いてきた。これまではただ、哀しかっただけなのに。

「いらないわ。ただ、あなたがわたしとグレース、どちらのことを愛しているのか聞きたいだけよ」

 言い切ったオリヴィアのこぶしは震えていた。言った。ちゃんと聞けた。あとはもう、答えを待つだけ。

 心臓の鼓動は、デイルの部屋を訪れる前から早鐘を打ち続けている。

 しかしオリヴィアは、デイルにどう答えてほしいのか、自分でもよくわかっていなかった。

 もしすべてが勘違いで、デイルがグレースを特別視しているのは、愛情ではなく、言葉通り、元平民のグレースに同情しているからだとしたら。

(だとしても、わたしよりグレースを優先しているのは事実)

 デイルはどう答えるのだろう。真っ直ぐにデイルを見据える。

 デイルがゆっくり、小さく口を開いた。

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