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発端
「……あ」
ボチャン。
僕の手から滑り落ちた薬は、なかなか派手な音を立てて、淹れたばかりのお茶の中へダイブしていった。
このカノビアーナ国の王都で、僕、王宮魔導師ネモル・ドゥルカを知らない人間は少ない。別にそれは大魔導師だからとか極悪人だからとかではなくて、僕がほんのちょっぴり……いや、かなり間抜けだからだ。
使い魔を召喚しようとしたら間違えて大天使を呼んじゃったり。魔術学校の学生に魔術を教えたらそれが危険すぎて大昔に禁断とされた魔術だったり。研究所で何回ボヤ騒ぎをおこしたかなんてもう分からない。
幸い有能な上司と同僚のフォローのお陰で魔導師団をクビにはなっていなけれど、『この国で一番使えない魔導師』として有名なのだ。
そんなドジで間抜けでどうしようもない僕だったけれど、魔導師団へ入って1年。
生まれて初めて恋をした。
ほぼ一目惚れだったその相手は、王直属の騎士団に所属するアディーノ・ドニゼッティ。光に照らされると赤く見える美しい濃い赤茶色の髪をもつ美丈夫で、入団してまだ3年目だっていうのにもう中隊長を任されている有能な人。
出会ったのは、僕が王都に住み始めてから3ヶ月ほど経った頃だった。仕事でミスして、研究所の裏の草むしりをしている僕を、笑うことなく手伝ってくれた。めちゃくちゃ暑い日だったって言うのに『罰も2人だったら楽しいだろう』と言ってくれたその男らしい横顔に、僕は今までの人生で初めて、他人を好きになるという意味を知ったんだ。
それから9ヶ月。僕と違って彼は全く人見知りしない性格らしく、僕を見かけるたびに声をかけてくれた。僕も、ない勇気を振り絞って、彼と接点を持ち続ける努力をして。今では宮廷内での身分の差こそあれ、『友』と呼び合える仲にまでなったのだ。
「ネモル。今なにか言っただろう。大丈夫か?」
アディーノがひょいと居間からキッチンへ顔を出した。急に現れた端正な顔立ちに僕は今更ながらドキリと鼓動を高鳴らせた。
「な、何でもないよ。大丈夫だから座ってて」
僕があわてて両手を大きく振ると、彼はその髪と同じ濃い茶色の瞳を楽しそうに細めた。
「そうか?何か手伝えることあったら、すぐ呼んでくれ」
そう。
努力の甲斐あって、今では彼とはお互いの家を気軽に行き来するほどの仲だ。今までの人生のなかで、友達らしい友達なんていなかった僕にしてはかなりの成長ぶりだ。
だが。人間とは欲深くできているらしい。出会ったばかりの頃は、話せるだけでも幸せだったのに。
最近では、彼と親しいという噂の女性が居れば胸がキリキリと痛み、彼が結婚するかもしれないという話を聞いては悲嘆に明け暮れる。ただの友人としてだけでは、満足できなくなってしまったのだ。
しかしながら、騎士団のなかでも格好良くて人気のある彼に、根暗な僕が正面切って告白できるはずもない。
大体かっこよくて強くて、あっちこっちの女の子から好意を寄せられてるアディーノに告白して、僕の想いが通じるはずがない。
僕が少女と見まごうような美貌の持ち主だったらまだ希望はあったのかもしれないけれど、あいにく容姿に恵まれていないのは自分でも理解している。青白い肌にパサパサの艶のない黒髪。とんでもない不細工じゃないと思うけど、ぱっとしない地味な顔。体だって細身と言えば聞こえがいいけれど、家に引きこもってばかりでヒョロヒョロだ。好かれるような魅力なんて欠片もない。
だいたい男色なんて気持ちが悪いって、嫌われるのが関の山だ。そうしたらせっかく手に入れた友人としての立場すら失ってしまう。僕はそれだけは避けたかった。
でも僕は日に日に大きくなる気持ちを持て余していった。寝てもさめても脳裏に彼の顔がちらついて、できない仕事が更にできない。そしてついに、僕はいかにも魔導師らしい卑怯な手を思いついたんだ。それは、惚れ薬。
生まれた頃から間抜けな僕を神様が哀れに思ったのか、僕にも一つだけ特技があった。薬の調合だ。中級程度の攻撃魔法すらダメダメな僕も、調合に関してだけは人並み以上。とは言っても大魔導師たちのような画期的な薬の調合はできないんだけど、それでも同い年の同僚のなかでは優秀なほうだ。ちなみに王宮魔導師団に入れたのもこの薬の調合の実績によるものが大きい。勿論、うっかり実験中にくしゃみをしちゃって全てを台無しにすることも多いんだけど。
そんな僕がない知恵を絞って考え付いた案は、惚れ薬を作ることだった。実際使えなくてもいい。ただ、お守り代わりにしたい。いや、本当は彼とは両想いになりたいけど。だけど惚れ薬は特殊薬中の特殊薬で、超一流の魔術師ですら作れるかどうか。正しい作り方を記した魔導書はないとすら言われている。
だがそんなレアな薬だからこそ、作って身に着けておけば効く気がする。たとえ使わなくても、匂いを嗅ぐだけでクラッときたりとか。そう思ってここ一ヶ月。寝る間を惜しんで薬の勉強に明け暮れた。そうしてなんとか『惚れ薬まがい』の物を作り上げた。
それくらい僕はこの恋に真剣で彼に夢中なんだ。それこそ藁にも縋りたいくらいに。まだ実験段階で効果のほどは分からないし、もしかしたら副作用なんかもあるかもしれない。だから使う気なんてぜんぜんなかった。ただちょっと、彼のために淹れた紅茶の香りつけをしようとしただけなんだ。魔術師の端くれの僕のキッチンには、ハーブや薬草だけは豊富だから。
……なのに僕の手から滑り落ちたのは、惚れ薬。それはティーポットの中で見事に一瞬で溶け去って、今は跡形もない。
「……ど、どうしよう」
どうしよう、じゃない。早く新しいお茶を淹れて、何事もなかったかのように彼に持っていくしかない。今日は彼は『話したいことがある』って言ってただろう。待たせちゃいけないのは僕にだって分る。ああ、でも新しく入れなおしたらまたあと10分はかかる。ただでさえ僕はいつも鈍くてトロくて彼に迷惑を掛けてるのに。彼ら騎士団は忙しいのに、わざわざ僕の家まで来てくれた。彼の貴重な休日を僕のために無駄になんてできないのに。
「ネモル?本当に大丈夫か?いつもより時間かかってるじゃないか。」
僕が右往左往していたら、アディーノが再びキッチンに顔を突っ込んできた。彼は身長が高いから、どこの部屋に入るにもちょっと屈まないと頭がつっかえるみたいだ。
「ご、ごめ、」
「ああ、べつに急かしてるわけじゃないんだ。ただ、ちょっと心配になって……ってお茶もうできてるじゃないか。これ、もう持ってっていいだろ?」
そう言って、アディーノは惚れ薬入りのティーポットを持って、さっさと居間へ戻ってしまった。どうしよう、とか、早く取り戻さなくちゃ、って言葉が頭の中を踊るけど、どうしたらいいのか一向に分らない。
『惚れ薬が入ってるんです』って言ったら、きっと僕らはもう友達ではいられない。それはそうだろう。友達に惚れ薬入りのお茶を飲ませようとするなんて、そんな奴の友達僕だってやめる。それだけは、困る。それだけは、嫌だ。
「ネモル、どうした?」
もぞもぞ居間へ入ってきた僕の顔を、アディーノが不審そうに覗き込む。僕はそれにあいまいな笑顔でこたえる。幸いアディーノは深く突っ込まずに、『疲れてるのか?』と優しい笑顔で言ってくれた。
「ネモルは最近忙しかったみたいだからな。誘っても研究研究で、ちっとも遊んでくれなかっただろ。仕事熱心なのもいいけど、たまには休めよ」
すいません。違うんです。
あなたを落とすために、惚れ薬作ってました。なんて言ったら、引くだろうな。
「そ、そういえば、何か話があるんじゃなかったの?」
ごまかす様に、僕はちょっと早口で尋ねる。そうすると彼は『ああ』とちょっと緊張した面持ちで答えた。
「大事なことなんだ」
真剣な表情の彼に、僕も椅子の上で居住まいを正す。
そしてつられるように彼は、テーブルの上に置かれたお茶を一口ごくりと飲んでしまった。
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