【BL】初恋はこじらせると怖い

のらねことすていぬ

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最初の恋

1-2. 亜人


 だが恋人を作ることは諦めたけど、残念なことに恋心っていうものは勝手に育ってしまう。


 俺は職場の同じフロアに残っている仏頂面の亜人……ゼンを、気づかれないように盗み見ながら内心ため息をついた。


 本当になぜ人の心とはままならないものなのだろうか。
 同性の亜人しか好きになれない性癖なのを何度も直そうとして失敗して。
 それでようやく、恋人を作るという悪足掻きもやめようと覚悟を決めたのに。

 ……なんでよりによって職場でこんなにもタイプの亜人と出会ってしまうんだ。



 ゼンは飲料メーカーに勤める俺と同期入社の亜人だ。

 亜人らしい浅黒い肌に、野性的な赤い瞳。
 上背があり、スーツの腕ははち切れそうな程に太く逞しい。
 ともすれば凄みのある美形なのに、口元は常に穏やかな笑みを浮かべていて包容力を感じさせ、人を引き寄せるオーラがある。

 入社してすぐは海外支店で勤務していたらしいが、30間近になって東京オフィスに呼び戻された出世頭だ。
 もともと亜人がこの職場にいることは珍しくない。
 だが体力面で人間よりもはるかに優れている彼らは営業職に回されることが多く、俺がいるマーケティング部門では稀な存在だった。

 部長に引き連れられて彼がこのフロアに初めて足を踏み入れた日を、いまだに覚えている。
 人間ばかりのこの部署なら比較的心穏やかに仕事に集中できると思ったのに、なんでドストライクの亜人が来るんだと思わず恨めしく思ってしまったほどだった。


 亜人相手の片思いなんて時間の無駄だ。
 どれだけ気持ちを募らせても努力しても、報われることはない。
 どうせ亜人のこいつにとっては、俺は弱っちい人間で眼中に入っていない。
 それを何度も経験してきた。
 好きになって辛いのは自分だと何度も言い聞かせる。






「差山、お前まだ残ってるのか?」


 パソコンの画面越しに盗み見ていた男から急に話しかけられて、俺は内心どきりと飛び上がる。
 だけど今まで仕事に集中していましたと装って口を開いた。


「あー……あと、ちょっと、かな」

「嘘つけ。お前最近ずっと残業しているだろ。何か困っているのか?」


 この会社ではそれほど多くない亜人ではあるけれど、俺と同い年で同期。
 そのせいかゼンは何かにつけて親し気に話しかけたり、気にかけたりしてくれる。

 それがいつも嬉しくて、同時に、最近消えない俺の眉間の皺の原因だ。


「いや、そうじゃないんだけど……」

「じゃあどうしたっていうんだ。お前は無駄に残業するタイプじゃないだろう」

「ちょっとデータ見直しているだけだよ」

「何の資料だ。何か困っているなら言え、マズいことでも、俺は上にチクったりしないぞ」


 大きい体が椅子から立ち上がり、俺の傍まで寄ってくる。
 威圧感すら感じるその体躯に、俺はやや逃げ腰になりながらパソコンの画面を指さした。


「……これ、去年辞めてった先輩が残していたデータなんだけど、……数字が全部おかしいんだよ」


 ちょっとした怠惰が招いたことだろう。
 大きく商談に関わる類いの数字じゃなくて、せいぜいサンプルデータだ。
 だから後から綺麗に訂正しようとおそらく先輩も思って、それですっかり忘れて辞めてしまったのだろう。
 思わず憎くてコツコツと指先で画面を叩く。


「急ぎでの訂正は必要ないけど、年度末までには綺麗にしないと、次の人に引き継げないから。少しずつ直しているんだよ」


 面倒だけど、そうしなければ次に引き継いだ時に俺の仕事が疑われる。
 幸いにして作業自体はそれほど難解なことじゃない。
 ただデータ量が膨大で、ひとつずつ過去のデータを拾うから時間を喰うだけだ。
 単純作業だ、とアシスタントにでも振ってしまいたいが、そうすると上席の許可が必要になる。
 するとこれを隠蔽していった先輩の顔に泥を塗るし、今まで気が付かなかった俺の鈍さもあまり心証がよろしくない。
 だったら自力でなんとかしてしまいたい。

 だから大丈夫だ、とゼンを振り仰ごうとして……思ったより彼が近くに立っていることに驚いた。
 やや仏頂面で彼は口を開いた。


「手伝う」

「……はぁ? いや、いいよ!」

「同じ部署だろう。水臭いこと言うな」

「いやいや、俺なんかよりそっちのが忙しいだろ!?」

「もう終わった。月末の出張までは急ぎの案件も入らない」


 彼はそう言い切ると、高い位置から俺の顔を見降ろしてくる。
 椅子に座った状態の俺だと、身長が2mほどはあるゼンの顔を見ると首が痛くなりそうだ。
 俺の瞳をじっと見たゼンは、ふと目を眇めた。


「それとも差山は、俺が亜人だからデータの整理もできないと思っているのか? 人間ほどの知性はないと?」

「まさか。そんなわけないって! ゼンが優秀なのは良く知ってる」


 条件反射のように俺は告げる。
 その言葉にゼンがにやりと笑うのを見て、俺はしまったと顔を歪めた。


「だったら問題ないな。で、俺はどこから取り掛かればいい?」


 悠然とした態度で、ゼンが体を大きく屈めて俺のパソコンを覗き込んでくる。
 それに俺は跳ねる心臓をなんとか宥めながら、データの入ったフォルダに視線をずらした。



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