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最初の恋
2-1. 残業と恋心
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それから、なし崩し的に毎晩残業に付き合ってもらうことになった。
俺よりも多く仕事を抱えているはずなのに、ゼンは定時を過ぎた後は毎日俺の作業に付き合ってくれた。
彼の要領の良さと意外と細かい性格が彼のこなす仕事から透けて見えてきて、その手際の良さに俺は舌を巻いた。
亜人は大雑把で体力勝負、なんて言った奴の顔が見てみたい。
彼は疲れをまったく見せないまま、毎日終電の1時間前程まで文句も言わずパソコンに向かい、俺一人だったらどれだけかかっていたか分からない作業を押し進めた。
ずっと『ゼンを好きにならないように』と距離を取っていたはずなのに、ゼンは俺の心に入るのが上手かった。
もとから好みの顔の男に、あれこれと口を出されて時にはプライベートの話までさりげなくされて、絆されないわけがない。
そうして月曜から始めた二人での残業は、なんとか次の週の木曜日には終了した。
ようやく迎えた金曜日は、……お返しにもならないとは分かっていたがゼンを飲みに誘った。
誘ったのは俺のほうなのに、ゼンがいつのまにか予約を取ってくれていた店で、俺はゼンの巨体と差し向いに座っていた。
きっとここは亜人向けの店なんだろう。入るためのドアも、腰掛けたテーブルも椅子も全てが人間には大きすぎるサイズだ。俺たちを席に案内した店員も亜人だ。もちろん人間お断りなんていう前時代的な種族差別は百年前に廃止されているから、俺が店に足を踏み込んだのを見た店員は顔色を変えることもなく笑顔でいらっしゃいませと叫んでいた。店の中は亜人8割り、人間2割というところだろうか。亜人の方がはるかに人口が少ないが、集まるところには集まっているらしい。
そんな店は週末らしくがやがやと煩いが、テーブルごとの間仕切りが分厚いのでそれほど気にならなかった。
手早く何品か注文を終えたゼンは、ネクタイを取り払うと胸元のボタンをはずす。
胸元から発達した胸筋がちらりと覗いて目の毒だけど、きっと彼はそれを意識もしていないんだろう。
あっという間に運ばれてきたビールで乾杯をすると、それを一気に飲み干したゼンはにやりと笑った。
「なんだ、差山。顔に似合わず酒に強いのか?」
「違う……お前につられたんだよ。っていうか、なんだよ顔に似合わずって」
ゼンと違って、俺の手元のビールはまだ半分ほどは残っている。
だと言うのにからかうように笑われて、俺はわざと怒ったように眉毛を吊り上げた。
「そのままの意味だよ。分かってるだろ?」
「うるさい。貧弱なのは人間だからしょうがないだろ」
たしかに俺はゼンと比べるとモヤシのようだ。
それどころか普通の人間の男に比べても貧弱な部類だ。
亜人が好きだと自覚した段階で、彼らに近づこうと体を鍛えたこともあったけど……どうにも太れないし筋肉も増えない。
遺伝子レベルで亜人好みにはなれないのかと絶望したのは、苦い記憶だ。
今さらそのことに傷つきなんてしないけど、好みど真ん中の亜人であるゼンにそれをからかわれるように言われて、俺は心の中で悪態をついて残りの酒を喉に流し込む。
ゼンが目配せするとすぐに追加の飲み物が再び席に届けられて、しばらく無言で酒と肴を喉の奥へ放り込む。
彼と過ごす無言の空間を嫌いなわけじゃないけど、これではゼンが気まずいだろう。
そう思って当たり障りのない話題を口にしようとすると、俺より一瞬早いタイミングでゼンが口を開いた。
「……差山、お前、俺のことが嫌いだっただろう」
ストレートな言葉に、思わず飲みかけた酒を吹きそうになる。
まさかこいつ酔ったのか。
だけど半笑いでゼンを見ると、アルコールの匂いなんて全く感じさせない、落ち着き払った瞳がこちらを見据えていた。
「そうだろ?」
「嫌いじゃ、ない」
「嘘つけ。俺が来ると休憩室からもすぐ逃げるし、他の人と雑談していても居なくなる。飲み会でも絶対近くに来ようとしなかったな」
口の端は吊り上げているが、彼の目元は俺のことを探るかのように細められている。
苛立っているというよりも、ただただ俺の中を見透かそうとしているみたいだ。
俺が彼を避けていたのは嫌いだったからではなくて、好きになりそうだったからだけれど、不快だったのだろうかと俺は頭を下げた。
「……ごめん」
それから、なし崩し的に毎晩残業に付き合ってもらうことになった。
俺よりも多く仕事を抱えているはずなのに、ゼンは定時を過ぎた後は毎日俺の作業に付き合ってくれた。
彼の要領の良さと意外と細かい性格が彼のこなす仕事から透けて見えてきて、その手際の良さに俺は舌を巻いた。
亜人は大雑把で体力勝負、なんて言った奴の顔が見てみたい。
彼は疲れをまったく見せないまま、毎日終電の1時間前程まで文句も言わずパソコンに向かい、俺一人だったらどれだけかかっていたか分からない作業を押し進めた。
ずっと『ゼンを好きにならないように』と距離を取っていたはずなのに、ゼンは俺の心に入るのが上手かった。
もとから好みの顔の男に、あれこれと口を出されて時にはプライベートの話までさりげなくされて、絆されないわけがない。
そうして月曜から始めた二人での残業は、なんとか次の週の木曜日には終了した。
ようやく迎えた金曜日は、……お返しにもならないとは分かっていたがゼンを飲みに誘った。
誘ったのは俺のほうなのに、ゼンがいつのまにか予約を取ってくれていた店で、俺はゼンの巨体と差し向いに座っていた。
きっとここは亜人向けの店なんだろう。入るためのドアも、腰掛けたテーブルも椅子も全てが人間には大きすぎるサイズだ。俺たちを席に案内した店員も亜人だ。もちろん人間お断りなんていう前時代的な種族差別は百年前に廃止されているから、俺が店に足を踏み込んだのを見た店員は顔色を変えることもなく笑顔でいらっしゃいませと叫んでいた。店の中は亜人8割り、人間2割というところだろうか。亜人の方がはるかに人口が少ないが、集まるところには集まっているらしい。
そんな店は週末らしくがやがやと煩いが、テーブルごとの間仕切りが分厚いのでそれほど気にならなかった。
手早く何品か注文を終えたゼンは、ネクタイを取り払うと胸元のボタンをはずす。
胸元から発達した胸筋がちらりと覗いて目の毒だけど、きっと彼はそれを意識もしていないんだろう。
あっという間に運ばれてきたビールで乾杯をすると、それを一気に飲み干したゼンはにやりと笑った。
「なんだ、差山。顔に似合わず酒に強いのか?」
「違う……お前につられたんだよ。っていうか、なんだよ顔に似合わずって」
ゼンと違って、俺の手元のビールはまだ半分ほどは残っている。
だと言うのにからかうように笑われて、俺はわざと怒ったように眉毛を吊り上げた。
「そのままの意味だよ。分かってるだろ?」
「うるさい。貧弱なのは人間だからしょうがないだろ」
たしかに俺はゼンと比べるとモヤシのようだ。
それどころか普通の人間の男に比べても貧弱な部類だ。
亜人が好きだと自覚した段階で、彼らに近づこうと体を鍛えたこともあったけど……どうにも太れないし筋肉も増えない。
遺伝子レベルで亜人好みにはなれないのかと絶望したのは、苦い記憶だ。
今さらそのことに傷つきなんてしないけど、好みど真ん中の亜人であるゼンにそれをからかわれるように言われて、俺は心の中で悪態をついて残りの酒を喉に流し込む。
ゼンが目配せするとすぐに追加の飲み物が再び席に届けられて、しばらく無言で酒と肴を喉の奥へ放り込む。
彼と過ごす無言の空間を嫌いなわけじゃないけど、これではゼンが気まずいだろう。
そう思って当たり障りのない話題を口にしようとすると、俺より一瞬早いタイミングでゼンが口を開いた。
「……差山、お前、俺のことが嫌いだっただろう」
ストレートな言葉に、思わず飲みかけた酒を吹きそうになる。
まさかこいつ酔ったのか。
だけど半笑いでゼンを見ると、アルコールの匂いなんて全く感じさせない、落ち着き払った瞳がこちらを見据えていた。
「そうだろ?」
「嫌いじゃ、ない」
「嘘つけ。俺が来ると休憩室からもすぐ逃げるし、他の人と雑談していても居なくなる。飲み会でも絶対近くに来ようとしなかったな」
口の端は吊り上げているが、彼の目元は俺のことを探るかのように細められている。
苛立っているというよりも、ただただ俺の中を見透かそうとしているみたいだ。
俺が彼を避けていたのは嫌いだったからではなくて、好きになりそうだったからだけれど、不快だったのだろうかと俺は頭を下げた。
「……ごめん」
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