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最初の恋
8-1. 初恋
「……昔のことだから良く覚えてない」
頼りなさげな声でそう呟くと、差山は体を反転させて俺から遠ざかろうとする。
だけど力強く俺に抱きしめられているせいで逃げることはできず、彼は苦い顔をしてそれから瞳を伏せた。
「ふーん……覚えてないのか」
「いつのことだと思ってるんだ。小学生の時だぞ」
俺の声に反応して、視線を逸らしたまま彼はそう応えた。
いつもだったらそれほど深くは追及しない。
俺が嫉妬を抑えられなくなって、今まで何度も浮気していないかとか俺よりも好きな相手がいるんじゃないかとか尋ねたことはある。
そんな俺に差山はいつでも少し困った顔をして、それから『ゼンが一番好きだ』と言ってくれた。
それだけで満足していたし彼は俺のものだと感じることができた。
だけど今夜は、なぜだろうか。
未だに彼の心に巣食っているであろう初恋の相手が酷く気に障る。
俺と差山はもう付き合って暫く経つ。
お互いの家の合鍵は交換したし、今日のように泊まりにくることだってしょっちゅうだ。
そろそろ一緒に住むことができたら、とさえ最近は思う。
それほど俺は差山に嵌っているし、彼は俺の生活に深く入り込んでいる。
今までに付き合った相手は何人もいるけど嫉妬に駆られることなんてなかったし、もし今彼がいなくなったら狂ってしまう。
本当はこんなこと聞かないほうがいいって分かってるのに。
だけど昔、他の亜人の腕の中にいた彼を思い出したら口が止まらなかった。
亜人なら誰でもいい、というわけじゃないだろうけど、彼の性的志向に深く影響を及ぼした『初恋の相手』。
嫉妬するのも張り合うのも愚かなことだって分かっている。
分かってるのにどうしても気になった。
「だけど前に俺に言っただろ?名前も知らないけど忘れられないって。顔の特徴とか雰囲気も何も覚えていないのか?」
小学生だった相手のことを聞いてどうするつもりだ。
自分で自分を馬鹿だと内心嘲笑う。
顔や雰囲気を聞いて、その相手に合わせようとでも?
そう思うのに俺はその言葉を吐き出して、差山が何と答えるのかじっと薄闇の中で彼を見つめていた。
すると、差山は俯けていた視線をさらに下に落とし、ほとんど顔が見えないくらいの位置でなにやらぶつぶつと呟いた。
「なんだ?」
聞き取れなくて彼の顎を指先で押して上向かせると。
予想外に強い、だが膜を張ったように涙に潤んだ視線が俺に向けられた。
「それ、聞いてどうするんだ?」
「どうするって……いや、ただ、」
睨みつけられて、しかも彼の泣き出しそうな雰囲気に思わずしどろもどろになりながら答える。
どうすると言われると、ただ不安で聞きたかったとしか言いようがない。
誰にでも穏やかで優しい差山。
それだけじゃなくて彼は綺麗で可愛くて、それでいて隙だらけで危なっかしい。
そんな美しい男が俺を好きなのは……ただ初恋の相手と同じ、亜人だからってだけじゃないかっていう不安がいつも俺に付きまとっていた。
だからその男のことを知りたかった。
そんな奴よりも俺の方がいいだろう、俺の方が差山のことを愛していると心の奥で気持ちが渦巻いて、行き場をなくして下らないことを繰り返し聞いてしまっていたのだ。
だがそれを真っすぐに告げるのも自分の幼稚さを露わにしているようで戸惑っていると、差山は掠れた声を発した。
「……ゼンは亜人でも人間でも恋愛できるんだろ? 今までだって亜人の子と付き合ってきてたし、誰かと別れてもまた次に好きな人ができて付き合ってきたよな」
「あ、ああ」
確かにそうだ。
俺の初恋はたぶん人間だけど、それ以外に亜人とも接してきたから亜人も恋愛対象として見ることはできる。
だから今まで亜人の恋人は何人かいた。
人間と付き合うのは差山が初めてだけど、それまでは亜人とごく普通に付き合って別れてを繰り返す恋愛をしてきた。
差山ほど心が惹かれたのは初めてだけど、それは今は関係ないかと濁った声で応える。
すると差山は俺の声に頷いて。
それから悲しそうに眉を寄せた。
「俺にはゼンしかいない。もしゼンに振られたら多分、一生一人だ。それは俺のことを好きになる亜人が他にいないからっていう意味じゃなくて、俺、ゼンと別れることになったらもう恋愛はしないと思う。それくらいゼンが好きだよ」
そう言うと差山は小さく震える息を吐き出した。
「初恋の相手は恩人だから忘れられない。でも、俺はお前のことが本当に好きなんだ。初恋の相手じゃなくってもいいって思えるくらいに好きになったのは、ゼンが初めてで…………でもそれじゃ、ダメだよな。やっぱり裏切りだって思うよな」
裏切り。
彼の口から滑り出てきた強い言葉に、思わず目を見開く。
だが『そんなことは思っていない』と俺が口にする前に差山は苦し気に言葉を続けた。
「いつまでも初恋の相手を引き摺ってる奴なんか面倒だって分かってる。いつまでも安心できないような相手じゃ、いつかお前に嫌われるって鈍い俺でも気が付いたよ。浮気するんじゃないかって不安にさせる恋人なんてゼンは嫌なんだろ? だけど……もう忘れたって言えないんだ。忘れたふりもできなくて……ごめん。お前と別れたくないのに……」
言いながら差山はどんどん涙声になっていく。
呆然と彼の言葉を聞いていると、彼は小さく鼻をすすってそしてベッドから起き上がった。
「俺、今日は帰るよ。ちょっと頭冷やしてくる」
「は? いや、ちょっと待て」
「悪い……こんなこと言うつもりじゃなかった。面倒だから別れたいとか思わないでほしい。本当、ごめん」
自己完結しているのかまだ震えている声でそう言うと差山はさっさとベッドから降りようとする。
大きすぎる俺の部屋着を脱ごうとしている姿に、本当に彼がこの部屋を出て行こうとしているのだと理解して俺は慌ててその腕を掴んだ。
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