視線

のらねことすていぬ

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熱い視線に、肌が炙られているようだと思った。

気にしないつもりでいたのに、いつの間にかその視線は私をじりじりと焦がし、今は血液すら沸騰しそうだ。

その熱さを気持ちいいとすら思ってしまった私は…………いつからか視線だけでは足りなくなってしまった。







視線






「ヴェロス、今日の新人歓迎の飲み会、お前も行くんだって?」

「ぐ、ぇ……放せ、馬鹿力が……」



明るい声と共に、後ろから長くて太い腕が俺の首に回された。
苦しいから放せと腕をたたきつつ、声の主……騎士になる前からの幼馴染で腐れ縁の男、シュー・セプテムをにらみつける。
私より頭が一つ分大きい男は、あっさりと腕を解くとにやけた面で見下ろしてきた。
豊かな濃い茶髪に、男臭く整えられた髭。
黙っていればなかなかの色男で、最近もどこぞの酒場の歌姫と恋仲だと噂だ。
だというのに、こいつはいつまでたっても子供のような顔をして屈託なく笑う。


私……ヴェロス・フレーチャーは、この目の前の幼馴染と共に、国の騎士団とは名ばかりの軍隊の中隊長をしている。
それぞれ任された中隊はなかなかの規模で、年齢の割には着実に出世していると我ながら思う。
5年ほど前になかなか大きな規模で敵国からの侵攻があり、その時にシューは切り込み隊として武功を。
私は後衛隊として戦略の指揮を執り成功をおさめ、この地位を勝ち取ったのだ。

残念ながら私は肉体的には恵まれているとは言い難く、あまりこれ以上の出世は望めなさそうだが。
癖のないさらさらの髪も、どれだけ日に当たっても白い肌も、太くならない腕も、騎士をまとめる身としては頼りない。
せめて見目麗しかったらよかったのだが、残念ながら顔立ちは地味の一言に尽きる。
騎士は求心力も実力のうちだ。
今だって、王宮の回廊の中を二人して歩いているのに、注目されるのはシューの方ばかりだ。

静かにしろ、と小声で注意しつつ、騎士団の練兵場へ歩みを進める。


「なんだ、シュー。私が行ったらおかしいか?」

「いや、珍しいと思ってなあ」


にまにまと笑う顔に、嫌な予感がする。
こういう顔をするときは、以外に鋭いこの男が良からぬことを考えている時の顔だ。
この男は、明るく快活そうな見た目に反して敵兵でも友人でも、じわじわと甚振るのが好きなんだ。


「……新人で、誰か話してみたい奴でもできたのか?」

「別にそういうわけじゃない。」

「じゃあなんだ?あ、さては今回の飲み会の会場、アルクスの店だからだな……あそこ、線の細い綺麗な面した給仕が多いもんな。お目当てはどの男だ?」

「違う」

「いいだろ、教えろよ。誰にも言わないからさ。お前が幸せになるの、いっつも願ってるのよ俺」


はぁぁ、と大きなため息が聞こえた。
確かに幼馴染のこの男には今までさんざん世話になってきた。

私は、はっきり言って仕事以外のことがまったくできない。
朝はなんとか起きられるが、部屋の掃除も飯の用意も、洗濯だってまるでダメだ。

人間関係も下手くそで、騎士学校時代は上級生からどころか下級生からもさんざん呼び出しを食らっていた。
シューがいなければ、今頃五体満足で騎士なんてできていなかったかもしれない。

趣味もなくて友と呼べるのはこのシューだけだ。

今の仕事は中隊長とは名ばかりで、部下の育成は副隊長に任せてっぱなしで、戦略をひたすら上層部と練ればいい。
その今の恵まれた立ち位置も、シューが色々と手を回してくれた結果だというのは良く分かっている。


「…………それは知ってるし、いつも感謝してる」

「じゃあ教えろよ」


太い腕が、今度は肩に回される。
重さによろけそうになると、今度は逆にシューの胸元へ引っ張られた。


その瞬間。
チリリ、と肌を焼くような感覚がして。
思わず視線を上げると鍛錬場から若い騎士たちが連れ立って歩いてくるのが見えた。

訓練が終わった後なんだろう。
どの者も、額に汗を光らせ、隊服は土埃にまみれている。


「セプテム中隊長、フレーチャー中隊長、お疲れ様です!」

「おー、お疲れ。なに、自主練? 偉いねぇ」


明るい声が回廊に響き、シューは私から腕を解いた。
一瞬感じた肌を焼くような視線は、もう感じない。


「今から昼食に行くんですが、お二人もいかがですか?」


若い騎士たちは純粋そうな眼差しでシューを見て、ニコニコと笑う。
そんな眼差しをシューは当たり前のように受け止め、鷹揚に頷いている。
おそらく私は「ついで」だな。
邪魔者は退散しよう。


「私は遠慮しよう。午後には出さないといけない書類が溜まっているんだ。」

「ヴェロスは俺と違って、書類が多いからなぁ。……じゃあ、今夜は遅れんなよ!」



『分かった』とにこりと作り笑いを張り付けて言い、シューを置いて歩みを進める。



その途端。

背筋に、首筋に。

気のせいなんかじゃない、強い視線を感じた。

ダメだと分かっていながら思わず振り向いて……視線の主、リチ・イブリースと目が合った。






------------





リチ・イブリースは、半年前に私の隊に異動してきた騎士だ。
歳は私よりも5つ下で、異動前は厳しいと有名な北方の部隊に所属していた。

平民出の私と違って、どこぞの貴族の末子らしいが、そのことについて話したことも聞きまわることもできないので詳しくは知らない。
知っているのは、大柄揃いの騎士団のなかでも目立って背が高く、私とは比べ物にならないほど逞しく、ストイックで精悍な顔立ちでまさに騎士然としているということ。
寡黙で真面目で責任感が強い好青年であること。

それから時折、私を強い視線で見ているということだけだ。


はじめてその視線に気が付いたときは、なにか恨まれてでもいるのかと思った。
それくらいに強い視線だった。
私が気が付いていることを知っているのか、無遠慮とすら言えるほどだ。
幸い誰にも気が付かれてはいないようだが……いつバレるかと、こちらが肝を冷やすくらいだ。


彼は私に悪感情を持っているとは思えない、常に真摯で礼儀正しく、真面目だった。
北方から王都へ移動してきた騎士は、それまでの抑圧の反動か羽目を外すものが多い。
酒や女に溺れて規律違反をする若者は多い。
だが彼はそんなことはまったくなく、北方帰りには頼りないであろう私の指示にもきっちりと従っている。
それどころか仕事を詰めすぎる私を『僭越ながら』と言いつつも心配すらする。

男らしい顔立ちに均整の取れた体、そして柔らかな内面。
そんな男に熱い視線で見られて……私はあっさりと陥落してしまった。

視線を感じる以外はまったく普通の部下である男に、恋をしてしまったのだ。




私は女には興味がなく……昔から目を惹かれるのは男の体ばかりだった。
初めて気が付いた時には大分悩んだが、5年前の戦で『命を落とすかもしれない』という感覚を味わってからは、自分の性に素直に生きている。
その性的趣向を周囲に言いまわることはないが、シューにだけはあっさりとバレてしまっている。

戦が終わり王都に戻ってからは、地味で若くなくても騎士であればそれなりに需要はあったようで、何人かの男と付き合ってきた。
その誰もが私を真剣に好きだったなんてことはなく、お互いに体ばかりの都合のいい関係で、そのことに初心だった私は少し心を痛めていたが……今となっては良かったと思う。

男と経験がなければ、私の作戦は、実行に移すことができなかったのだから。


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